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原爆投下の日 加害責任・戦禍拡大責任不問の祈りの日にしてはならない

2018817日 

長崎の被爆者の安倍首相への怒りの声を伝えた報道ステーション 
 
2週間ほど前
、幾人かの知人から、「報道ステーション」がおかしくなっている、という話を聞いた。その頃、私は「報道ステーション」を視ていなかったので、事実なら嘆かわしいと思って済ませていた。
 先日、テレビ・レコーダーを買い替え、多少、機能アップをしたことから、この1週間ほど各局の報道・ドキュメンタリー番組の録画を取って視てみたら、「報道ステーション」の中に大変、充実した特集報道あった。
 その一つが、89日の番組の中で「長崎73回目の原爆の日 『政府が先頭に立つべき』」というタイトルで放送された特集である。

  https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20180809-00000062-ann-soci 215秒~) 

 私が「充実した」と書いたのは、原爆の日の慰霊式典のあと、安倍首相と被爆者が面会した場面を詳しく、生々しく伝えた点である。

*安倍首相と向き合った田中重光さん(77才。4歳の時に被爆)の発言
 (抜粋)
 「総理、私たちは73年前、人間らしく生きることも人間らしく死ぬことも
     できない生き地獄を体験しました。」
 「広島、長崎のあいさつの中で核兵器禁止条約に一言も触れられていませ
  んが、その真意をまとめの発言で述べていただくようお願いします。」

 すぐ上の田中さんの発言は、被爆者代表が安倍首相に手渡した要望書の末尾に急遽、手書きで書き加えられた一文だった。「報道ステーション」のカメラはその部分を大写しした。大変、臨場感に富んだ場面だった。 

 さらに、番組では、安倍首相との面会の後で、面会に同席した被爆者にマイクを向け、生の怒りの声を伝えた。

 田中重光さん(上記)の発言
 「被爆者の願いは核兵器をなくすこと。そのことに触れないというのは、
  どんなつもりで来ているのかと思います。〔核兵器廃絶の先頭に立たな
  いんだったら〕言いなさんな 唯一の被爆国なんて」

 中島正徳さん(88才。15歳の時に被爆)の発言 
 「はっきり言えば、毎年似たようなことを言っている。・・・・ 要する
  に 適当に答えとけと」

安倍首相と被爆者の面会の模様を全国ニュースで伝えなかったNHK 
 NHK
9日夜7時、9時の全国ニュースで安倍首相と被爆者の面会の模様を伝えなかった。(選んで?)伝えた被爆者の声は、「兄に、しあわせで何とか食べているから安らに眠って下さいと伝えに来た」という言葉だった。それと長崎の爆心地で互いに繋いだ手を挙げて平和のバトンを受け取る高校生の姿だった。

生死を引き裂かれた家族の絆と愛情、平和の声を響かせ合う若い世代の動きも原爆投下後73年の被爆地の姿に違いはない。

 しかし、原爆投下は永井隆が意味ありげに唱えた「天災」ではないし、「神の啓示」でもない。アメリカが用意周到に実行した国家的犯罪行為である。

そうした犯罪としての原爆投下の認識、犯罪行為の主体を明示することなく、ただ、「平和を願う祈り」の姿を映すだけでよいのか? そうした映像を公共の電波で拡散することが、どのようなムード・メークになるのかを十分、読みこんだうえでの報道だとしたら、一種の「報道犯罪」と言っても過言ではない(この点、後で再論)。 

ただし、NHK長崎放送局は安倍首相と被爆者の面会の模様を伝えた。
 「首相に核禁条約賛同を求め要望書」
 (89日、1437分、NHK長崎NEWS WEB
 https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20180809/5030001613.html 

 「被爆者団体の代表が、核兵器禁止条約に署名・批准し、核兵器廃絶を推し進めるよう求めたのに対し、安倍総理大臣は『求められているのは核兵器国と非核兵器国の橋渡しをすることだ』と強調し、条約に署名・批准するつもりはないという考えを改めて示しました。」

 「長崎の5つの被爆者団体の代表は、・・・・『唯一の被爆国である日本の政府は、〔核禁条約に〕署名も批准もしないとしている。到底、理解できない』と述べ、政府の対応を批判しました。」
 「このあと、長崎県被爆者手帳友の会の井原東洋一会長は『去年の答と変わらず、1年間、前進がなかった。「橋渡し」と言うが、無理な話ではないか』と話していました。」 

 報道ステーションと比べれば、生々しい臨場感に欠けるが、安倍首相の応答を伝えたうえで、それに対する被爆者の反応(批判)を伝えたことは評価できる。
 逆に言うと、このようなやりとりがあった事実を全国ニュースで伝えなかったのは、「政権が知られたがらない事実は伏せる」NHKの体質を浮かび上がらせたといってよい。こうしたNHKに、いちばんくやしい思いをしたのは、ほかでもない長崎、広島の被爆者ではなかったかと思う。

核廃絶、プルトニウムを言うなら、なぜ日本の現実を直視し、報道しないのか?~NHKニュース・ウオッチ9を視て~
 89日、NHKニュース・ウオッチ9は安倍首相と長崎の被爆者代表との面会の模様を伝えない一方で、「被爆者が見た“核を生んだ町”」という特集報道を伝えた。
 http://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2018/08/0809.html 

 
番組は、有馬キャスターの「長崎に原爆が投下されて今日(9日)で73年。しかし、被爆者が訴えてきた『核なき世界』の道筋はいまだ不透明です。核の保有国と非保有国の認識が大きく隔たっているからです」という語りで始まった。

では、「不透明な道筋」、「認識の隔たり」の依って来る原因、『核なき世界』の実現を阻む壁に迫るのかと思いきや、話題は、一人の被爆者Mさんが核を生んだ町(アメリカ・ワシントン州のリッチランドを訪れ、そこで見たことを紹介するという企画だった。

 リッチランドでは、かつて長崎に投下された原爆に使われたプルトニウムが作られ、その後も核関連の産業が町の発展をけん引してきたという。番組は、レストランのメニューに原爆を誇示する「アトミック」の文字が使われ、町の高校の校章には原爆のキノコ雲が使われていることを伝えた。多くの住民が、原爆を生んだ町の歴史を「誇り」に思い、それに「栄光」を感じているという。
 同時に、番組は、この町で農業を営む男性の、核施設から拡散する放射能の被害に長年悩まされている、という声も紹介した。それを受けて、Mさんはこの男性に自分の家族の過酷な被爆体験を語り、2人は共感しあった。
 その後、場面はこの日の長崎原爆の慰霊式典に移り、「73年もたったが、核兵器廃絶への本当の、もっと力を込めて一歩を踏み出す。今年はそうではないかなと、私自身がそう思います」というMさんの言葉で締め括られた。

 アメリカの原発生産の地元住人の原発に関する今の意識を伝えたことは日本人にとっても意義のあることは確かだ。
 しかし、核兵器廃絶への本当の一歩というなら、はるかアメリカのリッチランドにではなく、抽象的な誓いの言葉でもなく、この日、核兵器禁止条約への参加をめぐって、長崎で交わされた安倍首相と被爆者のやりとりをなぜ伝えなかったのか?
 プルトニウムの今日的話題を取り上げるのなら、はるかアメリカのリッチランドに出かけなくても、日本の足もとの現実に焦点を充てるのが先ではないか?

 「英国にある約21トンは、現状では日本に持ち帰るのが難しい事情もある。英国のMOX燃料工場は2011年に閉鎖され、燃料に加工できない。加工する前のプルトニウムを日本に輸送すれば、核拡散への懸念から国際問題に発展しかねない。このまま『塩漬け』になれば多額の保管料を払い続けることになる。」

 保有プルトニウム、原子力委が削減方針 米などが要求」『朝日新聞DIGITAL, 20187311626分。)
 https://www.asahi.com/articles/ASL7Z7TNRL7ZULBJ01M.html

 メディアの報道の価値を左右する第一の最大のポイントはアジェンダ(焦点)設定の的確さ、先鋭さである。89日のNHKの「長崎原爆投下から73年」にちなんだ特集報道は、このポイントをたまたまではなく、それと意識して外したと思えた。

「被害者はいるが加害者がいない」 
 上の言葉は、今年の723日、山梨県牧丘町で開かれた金子文子の92回忌に出かけた時に来日された韓国の人が話した発言である。
 「加害者がいない」・・・・一瞬、意味を理解できなかったが、しばらくして、「被害を告発する者はいるが、加害責任を引き受ける者がいない」という意味だと理解した。
 戦後、アメリカに一度も原爆投下責任を問わないまま、オバマ大統領の広島訪問、安倍首相の真珠湾訪問で和解を演出しようとした日本。原爆投下の日を加害責任・戦禍拡大責任不問の「祈りと慰霊の日」にしてはならない、メディアが「祈りと慰霊の日」のムードメーカーになるのは、歴史に対する不忠であり、歴史の教訓に対する背信である。

碑文論争の混迷を克服することが思想的課題
 原爆投下に関して言うと、加害責任不在の「祈り・慰霊」への翼賛は広島での「碑文論争」に典型的に現われている。これについては、201194日にこのブログに投稿した記事に、自分なりに詳しく書いたので、その要旨を引用しておきたい。

碑文論争の今日的意味を考える~この夏も原爆の史跡めぐりに広島へ(Part2
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/part2-0e6a.html
 

 ここで「碑文」というのは広島平和公園に建てられた原爆慰霊碑(正式名称は広島平和都市記念碑)に刻まれた、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから」を指す。「論争」とは、この碑文の「主語」は誰を指すのか、誰れ彼れを指すものではないのか、という議論である。

 碑文批判論者は、
この碑文では誰のどういう過ちかを何も語っていない、これでは被爆の教訓を伝えることにならないし、犠牲者を弔うことにもならない、と主張した。
 対して、碑文擁護論者は、原爆投下は誰のせいかを詮索することよりも人類全体への警告・戒めとして碑文の意味を受け止めるべきだと主張した。
 論争の詳細は上のブログ記事で詳しい目に書いたので、繰り返しは控えるが、原爆の日を「祈り・平和への誓い・慰霊の日」にすることを是とする論調は、碑文擁護論を基調とするものであることは明らかである。
 
 それを承知で私が共鳴するのは、碑文論争の端緒となったの『朝日新聞』(1957810日)の「声」欄に掲載された投書の次の一節である。

 「・・・・後文については、私は大いに異議がある。『あやまちは繰り返しません』では『過誤は我にあり』ということになろう。これで犠牲者が、安らかに眠れようか。残虐きわまりない原爆を落としたのはたれだ。米国人は一様に『原爆投下は終戦を早め、無用の抵抗によるより大きい犠牲を防ぐために・・・・』との弁解をするが、それは決して原爆の残虐性を帳消しにする理由にはなるまい。ここでこの戦争の責任をとやかく論議しようとは思わぬが、日本の、広島の当局者がいまなおわけもなく卑屈にみえることを、実に遺憾に思うのである。・・・・後文はよろしく『過ちは再び繰返させませんから』と刻み直すべきであろう。」(中村良作=短期大学教授)

 私流に言い換えると、「過ち」と認めない当事者を不問にして「過ちを繰返さない」と誓うのは空語に等しい。「誰の」「どういう」誤りかを不問にし、誤りを犯した当事者(原爆投下を用意周到に準備し、実行したアメリカ政府、戦禍拡大を放置した日本の天皇・政府・軍部)が自らの過去の行為を今日なお「誤り」と認めていない足元の事実を直視せず、「皆さまの尊い犠牲の上に戦後の日本は繁栄を遂げました」などと歴史を偽造する言葉をシレッと語り続ける日本政府の無責任を質すことなく、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませぬから」とは欺瞞もいいところだ。

 安らかに過ちは繰り返へしません」という墓碑銘はウォール街に
 でんと建てよ                    増岡敏和(工員)
                       (『歌集広島』1954年、所収)

 総懺悔などと美辞もつ過去がありて原爆死すら言へざりき日本 
                           小山誉美(短歌長崎)
  (201091日に訪れた長崎県立図書館に配架されていた長崎歌人会
   編『原爆歌集ながさき』に収められた短歌より)

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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(下)

201888 

一世一元制と象徴天皇制・国民主権との関係をめぐって

坂本太郎(整合するという意見)
 「現憲法は、申し上げるまでもなく『天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。』と定められております。象徴というのは、大変含蓄ある言葉であります。かつて、この憲法制定のことを担当せられました金森国務大臣は、これをあこがれの中心というように敷衍しておられたことを思い起こすのであります。終戦直後におきまして大多数の国民は、天皇が政治上の権能を一切失われたことを認めましても、なおこれを景仰し、尊敬するにやぶさかではなかったのであります。今日におきましても、日本文化の中心、日本の道義の中心として天皇を仰ぐのが大多数の国民の心理であると存じます。その天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなは、いろいろな行事、たとえば新年の歌御会始めの行事であるとか、各地への御巡幸であるとか、いろいろとございますが、最も深い意義を持つ制度は、天皇の代のかわるごとに元号を改めるということであると存じます。
 元号は、新天皇が国家の繁栄、国民の幸福を祈念する心を体して定められるはずのものでありまして、新元号によって国民の耳目を一新する効果があるでありましょう。」

長谷川成安(矛盾するという意見) 
 「新憲法の施行とともに、天皇家の家法としての旧皇室典範が効力を失い、新しい法律としての皇室典範が施行されるようになったときに、元号制度を法制化しなかったのは、それが天皇家とかたく結びついた制度であったからだと思います。明治憲法のもとで、憲法、法律によって規定せず、皇室の家法である皇室典範、皇室令で規定していたものを、国民主権を原理とする新しい憲法のもとで、憲法、法律の内容に移し植えるということは明らかに民主主義に逆行するというふうに当時思われました。私たちは、新憲法の施行と同時に元号制度を支える法的支柱が一切取り払われたということだけではなくて、そのときあった法的支柱は天皇家の法であり、国家のものではなかったということの意味を現在もう一度考えてみる必要があると思います。」

 坂本氏の意見は天皇の象徴性の淵源を「国民にとってのあこがれの中心」「尊敬の念」といった国民の抽象的精神に求め、そうした象徴天皇制の性格に照らして元号(法案)の合憲性を主張(違憲性に反論)していると考えられる。
 しかし、国権の最高法規である日本国憲法の冒頭に置かれた象徴天皇制条項の立法事実をそのような不確定な概念に求めるのは憲法解釈としてあまりに稚拙な意見である。
 しかも、そのように元号を存続させる理由を、象徴天皇制の支柱たる国民の精神性に求める一方で、天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなを表す典型例として一世一元の改元を挙げるのは、根拠と結論をないまぜにする意味不通の議論である。

 私は長谷川氏が述べるように、現憲法下の象徴天皇制を前提にしても、元号は一ファミリーの家法に過ぎない。それを国法として法制化するのは公私の混同を免れない。

思想の心棒を捨てた政党の行方

 以上のように終戦後、ならびに昭和から平成への改元の時期に国会で交わされた参考人の意見を振り返るとき、戦前・戦中、天皇制と命がけで闘ったと自負する日本共産党の元号を巡る態度の変貌には、たんなる年数の表記の問題では済まない「思想の変質」を感じる。

 日本共産党は201741日から機関紙『しんぶん赤旗』の日付が、それまでは西暦のみだったのを改め、元号を併記し始めた。それから一週間後の同紙の「知りたい 聞きたい」という欄に、「『赤旗』が元号を併記したのは?」という見出しの記事が掲載された。そこでは次のように記されている。番号は議論の整理のため、筆者が追加したものである。

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 「①今回の措置は、『西暦だけでは不便。平成に換算するのが煩わしい』など読者の皆さんからの要望をうけた措置です。」
  ②「元号そのものについては、西暦か元号かどの紀元法を用いるかは、歴史と国民の選択にゆだねるべきで、法律による使用の強制には反対するというのが、日本共産党のかねてからの主張です。」
 ③「1979年の元号法制化に際しては、天皇の代替わりごとに改元する『一世一元』は、主権在民の憲法下ふさわしくないとして、その法制化。固定化に反対しました。」
 ④なお、『赤旗』は昭和天皇が死去した198917日付まで西暦に加え、『昭和』の元号を併記していました。」  

 しかし、こうした文章は、同党が機関紙上で201741日に至って、なぜ元号を西暦に併記することにしたのかを説明するには説得力がない。

 (1)まず、これまでから、読者より、元号を併記してほしいという要望が寄せられていたのなら、なぜ、この期になって「読者の要望に応えて」という理由で元号を併記することにしたのか不明である。
  戦後、『赤旗』が、198917日までは西暦に加え「昭和」の元号を併記していたのを、「平成」に改元されてから2017331日まで西暦のみを使っていた事実を考えれば、なぜ201741日から、併記に戻したのか、途中、なぜ西暦のみにしていたのかを説明しなければ説得力がない。

 (2)『赤旗』読者の意見・要望というなら、元号を併記してほしいという要望は読者全体の中でどの程度の割合だったのか? 某府の党委員長は「本日からから元号を併記」という赤旗の告知記事を見て、「うーん、エイプリルフールではないよね」と自身のツイッターに書き込んだ。こういう反響は党内や赤旗読者のなかで少数だったのか? 

  あるいは、昨今の共産党には、党内や支持者の意向よりも元号に親近感を持つ読者の意向を重視しようとする何かしらの動機があるのか? あるのならそれはどういう動機なのか、を率直に語るべきである。

 (3)元号の慣習的使用に反対せず、西暦と元号のどちらを使うかは、国民の間の慣行に委ねるという日本共産党の見解は、対社会関係における同党の立場である。そのことと、同党自身が機関紙上で西暦を採用するのか、元号を採用するのか、両者を併用するのかは、まったく別問題である。市民生活上は選択にゆだねるにしても、同党もそれに合わせる必要がある、合わせるのが望ましいと言えるわけではない。

 (4)天皇の代替わりに合わせて改元する「一世一元」は主権在民の憲法下でふさわしくないというのが日本共産党の本来の見解なら、読者の要望がどうか以前に、自党の政党活動の場では、元号は使わず西暦を使うのが首尾一貫した態度である。そうした公党としての自律的見地を棚上げして、「読者からの要望に応える」という名目で元号を併記するのは、姑息な態度か、そうでなければ同党自身が元号使用の根底にある「一世一元」の思想に同化する変節の道へ歩み出したことを意味する。

 最後に私の見解はというと、いたってシンプルである。
 1人の人間の̪死に合わせて、どうして万人が過ごす時間を区切らなければならないのか?  1人の人間が誕生した日をどうして国民全体の休日とし、そのファミリーの代替わりに伴って、休日を移動させるのか? 
 結局、元号が立脚する一世一元制は、主権在民、万人平等の原理と相容れない。

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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(上)

201888

憲法制定当時、元号の廃止を議論

 『東京新聞』201882日朝刊の二面に、「元号と政治(上)終戦後 国会で廃止議論」という記事が掲載された。その中で、天皇一代につき元号は一つとするのが一世一元制だと説明された後、次のように書いている。
Photo
 「その元号は戦後、廃止の可能性に直面する。占領下で旧皇室典範が廃止され、法的根拠を失ったためだ。1946年、吉田内閣は、元号に法的根拠を持たせ続けようと、元号法案を閣議決定したが、天皇主権の復活につながるとして連合軍総司令部(GHQ)が反対し、撤回。翌47年、現行憲法施行に合わせて旧皇室典範は廃止された。
 国際社会への復帰を目指していた当時の日本。独自の表示方法である元号をなくし、西暦に一本化すべきとの声は強かった。日本学術会議は50年の総会で元号廃止を決議し、政府や国会に申し入れた。元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている。」

日本学術会議の意見 

 日本学術会議の元号廃止を求める決議の全文は次のとおりである。
 「元号廃止 西暦採用について(申入)」昭和2556
 
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-57-m.pdf 

 日本学術会議は元号を廃止し、西暦を採用することを適当とする理由を4点にまとめて述べているが、そのうちの2つは次のとおりである。

 「1. 年を数える方法として元号は不合理であり、不便である。元号を用いるために、日本の歴史上の事実でも、今から何年前であるかを容易に知ることができず、世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当たるのかをほとんど知ることができない。」「したがって、能率の上からいつても、文化の交流の上からいつても、速やかに西暦を採用することが適当である。」
 「3. 天皇が主権を有し、統治者であってはじめて、天皇とともに元号を設け、天皇のかわるごとに元号を改めることは意味があった。新憲法の下に、天皇主権から人民主権にかわり、日本が新しく民主国家として発足した現在では、元号を維持することは意味がなく、民主国家の観念にもふさわしくない。」

 次に、『東京新聞』の記事に、「元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている」と書かれていたので、国会会議録を検索してみた。

国会での議論

 文科委員会の委員長・田中耕太郎は元号存廃問題の審議を始めるにあたって次のように発言している。

 「委員長(田中耕太郎君)元号に関する調査承認要求の件でございます。要求書の内容を申上げますと、一、事件の名称、『元号』に関する調査、一、調査の目的、新憲法の制定後『元号』に関する法的基礎が不明確となつており且つ、新憲法の精神から見ても、一世一元の制が果して妥当であるかという問題についても研究の必要が生じて来た。又講話会議を控え将来我が国が国際社会の一員となるべき立場からも、この際文明諸国共通の年号計算に従つてはどうかという問題が起つてくるというような見地から、元号に関する調査を行なつて、速かにその対策を講ずる。これが調査目的でございます。」(参議院文部委員会、1950221日)

 また、審議のなかで法務府法制意見長官(のちの法制局長官)、佐藤達夫は委員からの質問に答えて次のような意見を述べている。
 「元号につきまして今後別段の立法措置がなされません限りは、実際の問題としては現在の天皇の御一代限りということになるのではあるまいかというような感じを持つております。
 さような点から申しますと、仮にこの今の元号を廃止するのにはその時期はいつだろうかという、いつがいいかというような問題があるといたしますると、その手掛りとしては今申しましたところから言えば現在の天皇の御一代の終ということが、一つの手掛りとして考えられはしないか、併しその手掛かりは外にもいろいろ考え方がございます。
 例えば仮にこれをいわゆる西暦に切り換えるということであれば丁度来年が手頃であるというような意味の一つの手掛りもありましようし、或いは又講和條約でも成立して我国が真の独立国として出発するというような時期がいいのではないかというような考え方もあると思います。
 このようにこの元号を仮にやめるといたしました場合のその時期ということにつきましても、いろいろ考えようはあろうと思いますが、それは仮にこれを廃止するとして、代りに何を持つて来るかということになつて参りますと、大体勢のおもむくところというものは決つておるじやないかというような感じがいたします。即ちいわゆる西歴というようなことに落着くのではないだろうか。」
 (参議院文部委員会、昭和25228日、会議録)

元号法案制定時の議論

 しかし、政府は197966日に「元号法」を成立させ、「昭和」という元号に法的根拠を定めた。また、昭和天皇の死去の時は、198917日に「元号を定める政令」を公布し、「平成」への改元の法的根拠を整えた。

 このうち、1979年に「元号法案」を審議した衆参内閣委員会には各界15人が参考人として招致され、法案に関する賛否の意見を述べている。意見が分かれた主な論点は、①元号の伝統文化としての意味をどう見るか、②象徴天皇制のもとでの元号の一世一元制と国民主権の関係をどう見るか、③元号の法制化と思想・信条・信仰の自由との関係をどう見るか、だった。
 以下では、法的な強制力を付与するかどうかは別にして、そもそも論(思想)としての一世一元の「元号」を問題にするので、③の論点は取り上げないことにする。

元号の伝統文化性をめぐって

小川 泰(伝統文化性を高調する意見)
 「日本は現在独立国である、一つの国家、こういう立場に立ってみますると、国民の統合の象徴として元号というものは明確に位置づけなければならない、こういう前提に立ちます。多くの説明は必要ないかもしれませんが、一つの民族が国家を形成し、他の民族あるいは何人にも侵されないでその民族が独立して存続しようとするこの厳然たる歴史を私は大事にしていくのが本来の姿ではないか、こういう考え方に立ちます。」
 「千三百三十年以上続いておるということは、私はその間日本の民族が英知を集めて日本人自身のものとして守り育ててきた、こういう事実ではないのかなというふうに思いますので、むしろこの種のものは何物にもかえがたい文化であるということを誇りを持って私は確認すべきではないか。したがって、このようないい歴史と伝統というものは守り育てていかなければならないというふうに考えます。」

村上重良(伝統文化性を否定する意見)
 「日本では八世紀初めぐらいから中国にならって元号を採用したわけでございます。・・・・明治維新の際に、いま問題の一世一元制が、これも中国にならって採用されたわけでございます。
 これは言うまでもなく、元号はもともと天皇が定め、改めるものであったという関係にあったものを、今度は元号そのものを天皇その人と直結するという結果になったわけでございます。つまり、頻繁な改元を避けるという一種の合理化の要求もあったわけでありましょうけれども、同時に、それは天皇の存在というものと元号とが全く一体化する、そういう結果をもたらしたわけでございます。ですから、現在、問題になっております事実上の一世一元制というのは、比較的近い時代に日本の歴史にあらわれてくるわけでありまして、それをもって何か手を触れることもできないような伝統というようなことは全くないわけでございます。」

 元号の伝統文化性を重んじるか重んじないかの違いは、元号を「一世一元制」と結びつけて捉えるのか、それとも、より抽象的な伝統と見るのかの違いに起因しているように思える。
 しかし、どの論者も明治以降の元号が、天皇在位中に天変地異が起こるつど、頻繁に改号された明治以前とは違って、天皇の代替わりに改元される制度になっていることは否定しないはずである。であれば、元号の伝統文化性と言っても、せいぜい明治以降の制度ということになる。
 また、文化の伝統という点から内在的に考えても、断髪を例に挙げた松岡英夫の次のような意見に理があると思える。

松岡英夫(伝統文化性を否定する意見)
 「社会習慣というものは、いつでもこれは必要があれば変えてよろしいものであります。この習慣が昔からあるから、それを変えちゃいけないということはないのでありまして、一つの習慣を変えると、その変えたものがまた新しい習慣として定着していくということは、これはよくあることで、歴史的に非常に例の多いことであります。
 明治四年でしたか、日本で断髪令というものが出まして、日本人、男、男子はちょんまげをやっておったものを全部切って普通の長髪にしろということになったんですが、そのときは、この何百年かちょんまげになじんできた日本の男は、もう泣きの涙でちょんまげを切ったという話が伝わっておりますし、島津久光という薩摩の殿様などは一生涯死ぬまでちょんまげを乗っけておったというような話が伝わっております。しかしながら、一たんちょんまげを切ってしまいますと、それが、普通の長髪が新しい社会習慣となって定着して、ちょんまげなどをつけておる者はこれはもう時代おくれの旧弊人ということで軽べつされたということがあったわけであります。」
 

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NHKが政権におもねているのは政治報道だけではない

201881

NHK:「政治報道以外は優れている」は本当か?

 私も参加しているNHK問題に関わる各地の市民グループの間で、このところ、政権のマイナスイメージとなる話題(各場や与党国会議員の暴言・妄言など)は小さく扱う、あいは伝えないNHKの報道姿勢に「犯罪的」とさえ批判する意見が出ている。その意見には私も大いに賛同している。
 ただ、そのような評価と前後して、「NHKはその他の分野ではよい番組が多いのに」という感想や、「政治報道以外ではNHKは奮闘している」(NHKOB) という議論がある。同様の意見は、さまざまな市民運動に参加している人たちの間でも、これまでから見受けられた。
 しかし、私は根本的に違った見方をしている。腰を据えて書き出すと長くなるので、ここでは、私がそう考える理由を分野ごとに簡潔に述べることにする。

 

かなりの時間帯を占める「ゴゴナマ」はどうなのか?
 平日のNHKの午後の時間帯は、12時のニュース以降、15時のニュースまで、途中、1時間刻みのニュースを挟みながら、「ゴゴナマ」という番組が放送されている。それぞれの時間帯ごとにテーマが分けられているが、NHKの番組のなかで相当な時間帯を占めている。
 そこで、例えば、730日~83日の時間帯ごとの番組を抜粋すると次のとおりである。

 12時台:「特選女子旅、夏安美水族館」、「サラメシうなぎ特選」
 13時台:「おしゃべり日和(日替わりで歌手やタレントが出演)
 14時台:「夏を満喫する極め付きかき氷」、「苦み&ネバネバで夏を
     乗り切
れ!」、そーめんグレードアップ作戦」、「グルメ
     で楽しむ甲
子園」
15時台:「イケドク 夏のかゆみトラブル特集」、「東北・みちたん
       
ああ! すばらしきセカイ」

 
人によって受け止め方にばらつきがあることを承知の上で感想をまとめておく。


 *昨今、料理番組や健康番組はテレビに欠かせない話題になって
  いる。また、身近な話題も取りあげる趣旨はわかる。が、それ
  を他愛もないバラエティに仕立てて出演者が、しばしばアナウ
  ンサーも相乗りして、はしゃぐ番組が多すぎないか? 

 *多くの民放は、平日午後の時間帯に、横並びとはいえ、時事的
  な政治・社会問題をお茶の間の話題として、それなりに突っ込
  みを入れながら伝えている。しかし、
NHKの「ゴゴナマ」は時
  間帯ごとに、旅もの、料理もの、健康もの、タレントのトーク
  などに割り振り、時事的な政治・社会問題は定時のニュースで
  短かく、そそくさと伝えるだけだ。

 *しかし、たとえば、オウム事件犯人の死刑が次々と執行された
  ことについて、「国家が人を殺すライセンスを持つ(ある新聞
  投稿者が使った言葉)死刑制度が存続してよいのか? 死刑制
  度を廃止したり、執行を凍結したりする国が多いのはなぜなの
  か? という素朴な疑問を「ゴゴナマ」で取り上げてもよいの
  ではないか?

 

平日夜のゴールデンタイムの番組はどうなのか?
 同じく、730日~83日の19時~20時台の番組を調べると、こんな番組が出ている。

 「うたコン」「ガッテン」「大迫力 長岡の大花火」「夏の高校野球 特大スペシャル」(2夜連続、2045分頃まで)「サラメシ オシばん」「探検バクモンプラモデル工場売上げ躍進のひみつ」・・・ 

 *肩の凝らない娯楽番組があってもよい。しかし、「ゴゴナマ」に
  似て、お手軽なお笑い番組、視聴者受けを狙って社会問題を娯楽
  化し過ぎた番組が多すぎないか? 

  せめて週に2コマくらいは視聴者に、政治・社会・文化、国際問
  題などをじっくり考える材料を提供する番組、あるいは日本在住
  の外国人もまじえた市民参加型の討論番組、あるいは
NHK経営委
  員会の会合、放送番組審議会、視聴者と
NHK経営委員が語る会の
  録画中継を放送するといった企画があってもよいのではないか?

 

経済、社会問題をテーマにした番組はどうなのか?
 ワーキング・プアなど貧困問題を取り上げた優れた番組があったことは確かだ。しかし、国の社会保障政策が絡んでくると、腰が引け、国の財政事情を前に出して、市民の命、健康と国の財政難を天秤にかけ、社会保障抑制政策を陰に陽に肯定するパターンが多いのが実態である。
 (一例)「あなたはどう考えますか ~新薬高騰が医療を壊す?
     ~」
2016713日放送「クローズアップ現代+」)
        http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3838/1.html


 しかし、社会保障の財源難というなら、今の社会保障抑制策は、「生産性のない人間は国家として面倒をみない」という棄民政策を公式に掲げるならともかく(実態は非公式に棄民政策が実施されているのだけれど)、そうでなければ、貧困放置の国策は社会保障費の付け替えと悪循環(医療費→生活保護費など)を生む結果になっていること、新薬高騰は製薬メーカーが言う様に新薬の開発費がかさむからなのか? むしろ、研究開発費を控除した後の製薬企業の営業利益率が製造業平均の35倍になっていること、海外企業の買収で巨額の減損損失を出した武田薬品工業を除くと製薬企業の売上高上位4社の留保利益は2010年度末に26,209億円だったのが、2016年度末には37,395億円へと約1.4倍も膨らんでいる実態を見ると、薬価には製薬メーカーに入るかなりの利ザヤが含まれているのではないか、新薬が上市される際に見込まれる市場規模が相当過少に見積もられているのではないか? それらを適正化すれば、薬価は大幅に下がり、医療費の高騰をかなり抑制できるのではないかーーーこういった点を調査報道する努力を手掛けるべきではないのか? 

災害報道はどうなのか? 
 今回の西日本豪雨を題材にした検証番組が「NHKスペシャル」と「クローズアップ現代+」で放送された。
 しかし、どちらも、事実報道は別にすると、土木工学的な視点からの編集となっていて、スタジオ・ゲストもその分野の研究者だった。
 そのため、河川の氾濫が起こったメカニズムの解説、住民に自分の身を守るための心構えを説くのが基調だった。
 しかし、いかに予報・予防に力を入れても避けるのが至難なのが大半の災害である。であれば、災害が発生した時に被害を最小限にするための政府・自治体・消防庁・自衛隊など救助組織の対応(救助の初動)はどうだったのかという検証が欠かせない。
 ところが、NHKの検証番組ではそうした視点がまったく欠落していた。これでは、政府の初動対応を問う切り口は封印されたと考えざるを得ない。

 

大河ドラマはどうなのか? 
 以下は、大河ドラマの歴代のテーマを一覧したものである。
 https://www.nhk.or.jp/segodon/taiga/
 (出所:ウィキペディア)

 一見して分かるが、なぜ、戦国・江戸時代の武家もの、明治維新期の志士物語がほとんどなのか? 現代史に関わるテーマをなぜ扱わないのか? 高校の歴史で現代史を扱う時間が極端に少ないのと共通した問題と思える。
 が、そう言いながら、ネットを検索していると、偶然、「2019年の大河ドラマは、33年振りに近現代史に挑みます!」というNHK広報局の番宣に出会った。ただ、よく見ると、 

 「東京オリンピック開催を間近にした、2019年。オリンピックの歴史を題材に、宮藤官九郎オリジナル脚本で、痛快&壮大な大河ドラマを制作します」となっている。
 http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/257134.html 

 これでは、33年ぶりに現代史を取り上げたというより、2020年のオリンピックに翼賛する意図がありありのドラマである。

 雑駁ではあるが、以上のような検討から、NHKでは報道番組以外は優れている、政治報道以外ではNHKは奮闘している、とはとても言えないというのが私の結論的な意見である。
 では、良質の番組が多いと言われるNHKのドキュメンタリィ番組はどうなのか? 別の記事でこの点を考えてみたい。

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