GO TO キャンペーンの前倒し実施決定をめぐる初動報道モニター・メモ
2020年7月16日
感染拡大と逆向きの行動緩和
7月10日、政府はコロナ感染拡大抑止策として要請してきたイベントの入場制限を1000人から5000人に緩和した。これを受けて、10日、プロ野球やサッカー・リーグ戦はそれまでの無観客試合から観客入り試合に切り替えられた。
同じ日、赤羽国交大臣は記者会見で、新型コロナで苦境に立つ事業を支援する「GO TO トラベル」事業を、当初予定していた8月上旬開始を繰り上げて、7月22日から開始すると発表した。
しかし、その7月10日、東京都では感染者数が243人と過去最多を更新、二日連続で200人を超えた。この日、埼玉県では44人、神奈川県では32人の感染数が報告された。全国合計でも、7月10日には感染者数が400人を超え、2ケ月半ぶりの数になった。
このような感染拡大状況の中で、政府が行動制限緩和に踏み切ったことについて、7月13~14日になって、地方自治体の首長の中から、「この時期に全国一斉にスタートするのはいかがか。経済には資すると思うが手放しで喜べない」(吉村山形県知事)、「感染が拡大すれば人災以外の何物でもない。市民の我慢をぶち壊すのか」、「エリアを絞り、感染拡大を念頭に置いた上での部分実施が望ましい」(宮下青森県むつ市長)、「今まで我慢してきたことが全部水泡に帰す」(仲川元庸奈良市長)などと、批判や懸念の声が起こった。
では、メディアは、この問題をどのように伝え、解説したか?
このモニターでは、7月10日当日夜のテレビ報道と、翌11日の全国紙の報道をモニターした。
全国紙の7月11日朝刊は行動緩和をどう伝えたか
7月11日の各紙朝刊を調べると、次のとおりだった。
『読売新聞』
「『Go Toキャンペーン』大幅前倒し、22日から…既に予約の旅行も補助対象」
(『読売新聞オンライン』2020年7月11日、07:02)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200710-OYT1T50177/
「国交省はこれまで、『8月の早い時期』の開始を目指していたが、早期実施を求める声が業界関係者から多く寄せられたため、大幅に前倒しした。赤羽氏は、『安全安心が大前提。感染状況を踏まえながら準備を進める』と述べた。
運営を担う事務局は、日本旅行業協会やJTBなど旅行関係7団体で作る『ツーリズム産業共同提案体』を選定した。ホテルの業界団体など7団体も協力団体として加わる。委託費は1895億円で、公募時の上限2294億円より約400億円少なくなった。」
と伝え、事業の早期スタートを求める業界の声を伝えたが、懸念の声は伝え
ず、同紙としての解説もなかった。
『朝日新聞』
「感染拡大、進む緩和 東京243人、連日最多更新 新型コロナ」
(『朝日新聞』7月11日朝刊、1面トップ)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14545337.html?iref=pc_ss_date
この記事では、全国知事会、大野埼玉県知事、東京医師会の感染拡大への懸念を紹介したが、踏み込んだ解説はなかった。
他方、『朝日新聞』は同日朝刊の3面に、「経済再開進向けれど・・・感染拡大は大丈夫? 知事ら『対応、国が責任もって』」という見出しの大きな記事を掲載した。ただし、同紙独自の解説・論評はなかった。
『毎日新聞』
「感染拡大懸念でも…「Go Toトラベル」7月22日開始 観光庁」
(『毎日新聞デジタル』2020年7月10日、22時24分)
https://mainichi.jp/articles/20200710/k00/00m/010/277000c
↓
上の記事は、見出しを「東京 感染243人最多更新 感染増加も ステップ3で行動緩和」と改め、内容もかなり改められて、7月11日の一面トップ記事として掲載された。
ここでは、Go To キャンペーンが前倒しで実施されることになった経緯、クーポンの仕組みなどを解説した後、「東京都内の感染者数が相当増え、政府や都が対策を打てていない中での旅行キャンペーンは急ぎすぎだ」という、けいゆう病院(横浜市)の菅谷医師のコメントを掲載した。
『産経新聞』
「『Go To ラベル』7月22日から前倒し実施へ 半額相当を政府が支援」
(『産経ニュース』7月10日、17時35分)
https://www.sankei.com/economy/news/200710/ecn2007100022-n1.html
記事は、このキャンペーンのクーポンの仕組み、予約の仕方などの解説がほとんどで、「当面は旅行後に還付を申請する必要があるなど手続きは複雑で、混乱も予想される」と指摘するにとどまっている。
全体として、各紙はGo To キャンペーンの解説が主で、コロナ感染が拡大する中での行動緩和に対する一部の懸念を控えめに紹介するにとどまった。
7月10日夜のテレビ報道は行動緩和をどう伝えたか
NHKニュース7
折からの大雨による被害と被災地救援の状況の報道に半分近く(13分19秒)の時間を充て、中国における言論統制の実態レポートに4分07秒を充てた。
その間に挟む形で、「東京243人、神奈川32人」、「制限緩和の考え、変わらず」というタイトルでイベント人数制限の緩和、Go To キャンペーン前倒し実施の政府方針を6分06秒間で伝えた。
その中で、「直ちに緊急事態宣言を発出する状況に該当するとは考えておらず、感染防止策をしっかりした上で、イベントなどの制限緩和を実施する考えに変わりはない」という菅官房長官の発言、あるいは、「国民にはコロナ禍の影響を受けつつも、旅行への大変な熱い思い、熱い期待がある」という赤羽国交大臣の発言を伝えた。
しかし、こうした発言に対する番組としての解説はせず、外部の識者等にコメントを求めることもなかった。
そして、このコーナーは、次のようなナレーションで締めくくられた。
「夏休みシーズンを前に、打撃を受けた消費などを喚起する一方、感染拡大を防ぐ対策をどう図っていくのか、再び、むずかしい局面を迎えています。」
「むずかしいかじ取りを迫られています」というNHKがしばしば使う、安全運転の締め言葉と同類の無難さ第一の結びだった。
NHKニュース・ウォッチ9
菅官房長官の発言、行動緩和への期待と不安を語る街の声やスポーツイベント来場者の声を伝えた点は、ニュース7と同じだった。
ただし、ニュース7にはなかった、行動緩和を懸念するコメントも次のような形で伝えた。
街の声の一つとして:
「また増えたな。この時に5000人のイベントがオーケーになるのは、ちょっ
とおかしい」
東京医科大学・濱田篤郎教授へのインタビュー:
有馬「(緊急事態宣言を)再び出す事態ではないと、正しく怖れよと言いますが、私たちは243人という感染者数をどう怖れればいいのか?」
濱田「夜の街を差し引くとしても多いことは確か。どこでかかったかわからない方も多くなっている。夜の街から市中感染に移行してきている可能性がある。不要不急の外出はされない方がいいのではないか。」
有馬「感染予防に注意しないといけない一方で、経済活動は段階的にどんどん自粛が緩和されている。このちぐはぐな感じに不安を感じるわけですよね。」
慎重な言い回しながら、「ちぐはぐ感」を伝える気持ちをにじませた番組と思えた。
報道ステーション
この日、東京都の感染者が243人となったこと、それを受けて小池都知事が「新しい日常の徹底」、「新しい日常への協力」、「新しい日常を作っていく」と語ったことを紹介。
また、東京都医師会が、地域を限定した補償付きの休業要請を行うよう提言したこと、「感染は夜の街の外にも広がっている」という大田区大森区医師会長の見方を伝えた。
続いて、スタジオからの都医師尾崎会長へのインタビューは、「2つの対策(地域限定の補償付き休業要請、休業中のPCR検査の徹底)をとれば、人の流れを止めることはない、ということですね」という富川悠太アナの発言で締めくくった。
その後、スタジオからは野村修也氏が解説したが、国・都・区の総合調整の必要性を説いたもので、感染が再び広がる中での行動緩和について言及はなかった。
TBSニュース23
東京都ほか、全国的にコロナ感染者が拡大している状況とそれに関する解説を10分35秒にわたって伝えた。
まず、小池都知事が感染拡大について「さらに警戒が必要な段階にある」と語り、山中伸也、西浦博氏が感染拡大に強い警戒感を語ったことを紹介。
番組はこのあと、スタジオで、山本恵里伽アナが堤伸輔さん(BS-TBS「報道1930」コメンテ-ター)に聞くという形で進行した。
山本「全国的に感染が増えていく中でGo To キャンペーンが始まるんですよね。」
堤 「4月末の第一次補正予算の審議のさなかに、安倍首相が『将来の灯火となるよう政策もしっかり打っていく』という言葉、これに私は驚いたんです。なぜかと言うと、緊急事態宣言のさなかですよね。その頃は、たとえば、医療機関がみなひっ迫して、たとえば、エコモという人口心肺装置が足りないんじゃないかとか、OCUが不足するんじゃないかとか、そういう話をしている真っ只中に、将来の旅行やイベントなどに行くための補助を考える、しかも、1兆7000億円という巨額の予算をつぎこむということに、ある程度、収束のめどが立ったなら、それも、もちろん、やるべきだと思うんですけれども、まだ、全然、そういう状況でないなかで、そういう話を国会審議で総理大臣がしたことに私は、正直、ずっこけました。」
山本「さらに、このタイミングで前倒しということなんですよね。」
堤 「そうなんです。・・・感染がいま、全国でも都でも拡大しているなかで、いわば、リスク拡大の中で、リスクをさらに拡大させかねない政策を打ってしまう。そのことについて、なぜ、それをやってもいいのかという説明がまったくされないまま、発表した国交大臣は、専門家の意見も聞きながら、国の政策もみながら、前倒しするという、それだけしか言っていないわけですね。
これ、もし岩手県に今、感染者が出ていませんけれども、旅行会社は客を送り込めるんでしょうか? 迎える人たちは、どういう心境になるのか、そういうことについて何の説明もせずに、政策を前倒しするというのは、それこそ、『灯火』かずっと続く、何も考えていなさを感じますね。」
まとめの感想
今(7月15日)でこそ、かなりの自治体首長や専門家の間から、前倒しまでしてGo To キャンペーンをスタートさせようとする政府・国交省の方針に疑問、批判が広がっている。
しかし、7月10日の時点で、一日ごとの感染状況を見ながら、Go To キャンペーンの前倒し実施決定や、イベント開催の規制緩和の可否について、踏み込んだ評価をするのは難しいのが実情だったと言えなくはない。全国紙が強弱はあれ、政府方針に踏み込んだ論評を控えたのは、そのような事情によるものと考えられる。
しかし、東京都では、アラートを解除して以降、新規感染者がじわじわと増加し、小池都知事が、PCR検査を増やしたためとか、夜の街に限られたクラスター発生が主因と説明した7月10日の段階で、毎日の感染者数は100人台で推移し、市中感染に移りつつあるという見方が出ていた。また、それに引きずられるかのように、隣接する神奈川、埼玉、千葉県でも感染者が増加していた。
さらに、7月10日の時点で、感染は、大阪府をはじめ、地方にも拡散する状況になっていた。
しかし、政府は、こうした時期にも、「感染防止と経済活動の再開の両立」を触れ込みにしながら、緊急事態宣言を再度、発令するつもりはないと断言し、経済活動再開に軸足を移しつつあったことは、まぎれもない事実である。
7月10日の時点での状況を踏まえると、経済優先に向かいつつあった政府方針について、メディアは、もっと踏み込んだ論評や警鐘を掲げて然るべきだった。
この点で、7月10日のNHKニュース7や『産経新聞』が、Go To キャンペーンのPRとさえ思える解説にかなりの時間や紙面を割き、イベントの自粛緩和を待ちわびたファンの声を伝える一方で、行動緩和に警鐘を鳴らす専門家のコメントを全く紹介しなかったのは、不明のそしりを免れない。
これに対して、7月10日のニュース23、特にその中の堤伸輔コメンテーターの解説は、状況判断を誤った政府方針、前のめりのGo To キャンペーンが感染を拡散させる危険性に鋭い警鐘を鳴らしたものとして高く評価できると思えた。
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