2008年2月 8日 (金)

国歌斉唱の拒否を理由に再雇用せずは違法――東京地裁判決

 「早く教室に戻って生徒に教えたい」
 ―-嘱託教員としての職場復帰の可能性を開いた貴重な判決――

 昨日(
27日)、東京都が卒業式で国歌に向って起立して、斉唱しなかったことを理由に、定年退職の後、嘱託職員として再雇用しなかったことの違法性をめぐって争われた裁判で、東京地裁(中西茂裁判長)の判決が言い渡された。

判決要旨
http://www.news-pj.net/pdf/2008/hanketsu-20080207_1.pdf


 これを見ると東京地裁は、教職員に国歌を歌うよう命じても特定の思想を強制したとはいえないと判断している。しかし、それだけの理由で再雇用しないのは合理性や社会的相当性を著しく欠く、また、原告の教職員らは積極的に式典を妨害しておらず、東京都はこれら教職員の定年までの勤務成績を総合的に判断した形跡がない、と指摘して、これら教職員の再雇用を拒むのは「裁量を逸脱、乱用している」とみなし、東京都に原告1人あたり約
212万円の損害賠償を命じた。

 この判決を伝えたニュース中に、喜びをかみしめる原告の一人の次のような言葉を見つけた。

 「君が代を歌わず、たった40秒間座ったままでいただけで再雇用の機会を奪われ、憤りを感じていた。君が代の強制が憲法に違反しないとされたのは残念だが、再雇用を拒否したことが違法と認められたことはうれしい。早く教室に戻って生徒たちに教えたいので、都と再雇用の交渉をしたい。」

 この言葉が今回の東京地裁判決の意味を一番的確に表わしていると思えた。しかし、ここでは判決の限界と意義を門外漢なりにもう少し立ち入って吟味しておきたいと思う。


 判決の重大な限界
 東京地裁が、学校行事において教職員に対し、国歌に向って起立、斉唱を強制すること自体に違憲性はないと判断した点は判決の大きな限界である。私がそう考える理由は以下のとおりである。

1.国旗・国歌は強制しないという立法経緯を無視
 判決は「卒業式等に参列した教職員が、国歌斉唱時に国旗に向って起立して、国歌を斉唱するということは、国旗及び国歌に関する法律・・・・にかなうものである」という。しかし、今回の訴訟で問われたのは起立・斉唱しない教職員を不採用、停職等にまで及ぶ処分をしてまで強制することの違法性である。これについて、判決は国旗・国歌を法制化した前後の次のような立法経緯を全く顧みていない。

*「国務大臣(野中広務君) 国民に対しまして、例えば法律によって国旗の掲揚とか君が代の斉唱を義務づけるべきであるとか尊重責任を詳細に入れるべきであるとか、こういった御議論もあるわけでございますけれども、基本的には私、思想及び良心の自由、すなわち憲法十九条にあります関係等を十分踏まえて、そしてこれは対処をしていかなくてはならない問題であると思うわけでございます。」(1999312日、参議院総務委員会会議録より)

*「内閣総理大臣(小渕恵三君) <中略> 法制化に際し義務づけを行わなかったことに関する政府の見解について、お尋ねでありました。御指摘の政府の見解は、政府としては、今回の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている旨を明らかにしたものであります。」(1999629日、衆議院議院本会議会議録より)

 その他詳細は、このブログのサイドバー「資料集成」欄に掲載している「国旗・国歌の強制をめぐる国会審議録(抄録)」を参照いただけると幸いである。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kokkikokkasingirokushoroku.pdf

2
.思想・良心の自由が侵害されている現実を直視せず
 判決は国旗に向って起立して国歌を斉唱することを促した校長の「職務命令が原告らの思想及び良心の自由を制約するものであるなどということはできない」という。しかし、こうした職務命令に従わない教職員を次々と処分(停職、再雇用の拒否を含む)したり、再発防止の名目で呼び出し、長時間、個室に閉じ込めて「研修」を強要するのは、国旗・国歌に対する歴史観、思想・信条を問いつめ、精神的肉体的苦痛を加えて「思想の転向」を迫る残忍な行為にほかならない。これでも思想の自由を侵害したことにならない、と判断するのは現実に対するあまりにも無頓着な見識というほかない。
これでは法の番人たるべき裁判官としての資質、人権感覚が疑われてもやむを得ない。

 判決の重要な意義
 しかし、そのような限界があるにせよ、判決が、

 「原告らの不合格は、従前の再雇用制度における判断と大きく異なるものであり、本件職務命令違反をあまりにも過大視する一方で、原告らの勤務成績に関する他の事情をおよそ考慮した形跡がないのであって、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものといわざるを得ず、都教委はその裁量を逸脱、濫用したものと認めるのが相当である。」

と判断したことは、処分を見せしめにして国歌・国旗を強制する教育を強引に進めてきた東京都の違法行政を断罪した点できわめて大きな意義を持つ。

 判決を伝えなかった夜7時のNHKニュース
 昨夜7時のNHKニュースを最後まで見たが、放送された項目、それに当てられた時間(壁かけ時計でみた目分量なので、30秒程度の誤差はあり得るが)は次のとおりだった。

前時津風親方、逮捕間近     約11
中国制ギョウザ中毒問題     約  4
北京オリンピックの馬場馬術に
過去
最高齢の選手が出場     約  3
衆議院予算委の模様           2
米大統領予備選 民主党2人の
候補
の資金集めの状況                    2.5
米南部での竜巻                          2.5
JALでの個人情報流出に関する
訴訟
                                           1
奈良で最大級の石室発見       約  1
足を金具で挟まれた白鳥を保護    約  1
気象予報                                       約  2
                                     
 ニュース終了後、NHK視聴者センターへ電話をし、限られた時間枠のなかで、どのようなニュースにどれだけの時間を割り当てるのかの判断に関して大きな偏りがあったという意見を伝えた。
 最後になって、応対者は、
 「厳しいご意見があったことを担当に伝えます。」
と返答したので、
 「厳しい意見ではなく、普通のバランス感覚、見識を持った人間なら感じる意見です。」
と告げて10分ほどのやりとりを終えた。



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2007年8月16日 (木)

「これからの日本」(憲法9条をめぐるスタジオ討論)を視聴して

 昨夜(8月15日)、NH総合テレビで放送された「これからの日本」(憲法9条をめぐるスタジオ討論)を視た感想を番組のHPに設けられた感想・意見送信フォーマットを使って、番組担当宛にE・メールで送った。そのPDF版を掲載する。

 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/korekaranonippon20070815_heno_iken.pdf

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2007年5月 6日 (日)

安倍晋三氏の憲法改正論、集団的自衛権論を左サイドバーの「資料集成」に掲載

 安倍晋三氏の憲法改正に関する国会での発言(質問、答弁)、ならびに、集団的自衛権に関する国会での発言(質問、答弁)を国会会議録システムで調査・集成した。何かに活用していただければ幸いである。

 安倍晋三氏の憲法改正をめぐる国会での発言録
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/abe_kenpokaisei_ron.pdf

 安倍晋三氏の集団的自衛権をめぐる国会での発言録
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/abe_shudantekizieiken_ron.pdf

 これらは、左サイドバーの「資料集成」にもアップした。
 この後、「集団的自衛権と憲法」をめぐる国会での質疑を調査・集成中である。少し時間がかかりそうだが、完成次第、これも掲載する予定。

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2007年4月30日 (月)

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」を視聴して

 昨夜(4月29日、午後9時~10時14分)、NHKスペシャル「日本国憲法 誕生」を視聴した。さきほど、その感想をE・メールでNHKスペシャル担当へ送ったが、600字以内という字数制限のため、用意した原稿を大幅に削らざるを得なかった。そこで、元の原稿をこのブログに掲載することにした。

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 予告で番組を知り、視聴しました。全体を通して、豊富な資料を駆使し、関係者の肉声での証言も交えて、新憲法の制定過程を丹念に検証したドキュメンタリー番組であったと感じました。特に、天皇制の護持に執着する日本政府と日本の再軍備の脅威を根絶しようとするGHQの思惑、さらには天皇の戦犯と天皇制そのものの廃止まで迫ろうとした極東委員会の構成国の意思が絡み、戦争放棄と象徴天皇制が抱き合わせで盛り込まれた経緯が克明に描かれたのが印象的でした。

 しかし、こうした国際的な交渉の狭間で、日本の民間人あるいは各党代表者からなる憲法研究会、小委員会等の発案で生存権条項の追加、義務教育の年限の延長、戦争放棄の条項の補足等がなされた事実が史実に沿って明らかにされたことは貴重でした。こうした知見を提供するところにドキュメンタリー番組の真髄があると感じました。

 個別的なことをいいますと、「至高」か「主権」か、「前掲」か「前項」か、「輔弼」か「助言と同意」かなど、条文の一字一句をめぐる論議にも立ち入った場面は、解釈改憲が叫ばれる今日、示唆に富んだ編集であったと感じました。

 総じて、「押し付け」憲法論が喧伝されてきた中で、①日本人が自主的に新設・補足した条項が少なくなかった点を照射したのは貴重な知見の提供であったと思います。②他面、GHQや極東委員会の強い意思で制定された条項が少なくなかったことも事実として直視すべきと感じました。

 その上で、極東委員会の強い意向で主権在民が明文化されたこと、当時22歳だったベアテ女史の強い進言と起草で女性の地位向上を定めた条項が盛り込まれたこと等を「押し付け」、「戦後レジームからの脱却」などというレトリックで清算しようとしてよいのかという問いかけが重要と思われました。(ちなみに、安倍首相自身の思考回路について言えば、「戦後レジームからの脱却」ではなく、「戦前レジームからの脱却」が強く求められている。)

 
「押し付け」を言う前に、市民の総意を集約して自律的に新憲法を創造する基盤が成熟していなかった当時の日本社会における民主主義の成熟度こそ、現在・将来への反省を込めて、問いかけられるべきであった(ある)と思われてなりません。

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