自由の抑圧が人間道徳を崩壊に導く危機への警鐘~映画「懺悔」観賞記(2・完 批評)~

隠喩に託した現世界への警鐘
 法廷でのリアルタイムの場面と主人公ケテヴァンの8歳の頃の回想が交差し、さらに幻想の世界が挿入されたこともあって、この作品のメッセージ、余韻をどう読み取るかは、人によって様々ではないかと思う。それが制作者の意図だったのかも知れないが、旧ソ連邦下の厳しい検閲を経て完成されたという事情が絡んでいるようにも思える。
 たとえば、騒音が響き渡る聖堂の温室の中で教会の建物の保存を訴えた画家のサンドロに対し、強権市長ヴァルラムが恫喝まがいの言葉を吐いてその場を去った後、突然、聖堂内に“偉人シリーズ”の放送と称して、アインシュタインの言葉を朗読するアナウンサーの声が流れる。

 「現代の科学者の運命は悲惨だ。何よりも自由と明晰さを欲する彼の創り出したものが、自分の隷属や人類滅亡のための道具として使われてしまうからだ。彼はものを言う権利も奪われる。・・・・頭脳と研究の成果を、科学者が自由に活用し、世の中に貢献できた時代は既に終わったのか。研究に没頭するあまり科学者は、社会的責任も自尊心も忘れ果てたのか。現代の危機の規模を権力者達は知らない。」

 いささか唐突なシーンではあるが、幻想の世界で科学者の権威の力を借りることによって検閲をかいくぐり、自由を失った科学者の不幸、科学者の自由を奪う権力者の野望が全人類を不幸に追いやる危機への警鐘を隠喩に託して伝えようとしたのだろう。

国の命運を盾にした強権正当化への懐疑
 私がこの映画の中で特に印象に残るのは、ヴァルラムの遺体を掘り返した罪を問われたケテヴァンの法廷での証言を聴くうちに、事件の真相、背景を知ったトルニケが父親アベルに詰問する場面である。

 アベル「彼は悪人じゃなかった。難しい時代だったんだ。お前には分からないさ。」
 トルニケ「時代は関係ない。」
 アベル「大いに関係ある。国の命運がかかった時代だったんだよ。周りの国はすべて敵だ。そんな時は国内の敵をまずやっつけるんだ。」
 トルニケ「国の安定が先だなんて言うけど、言い訳じゃないか。」
 アベル「知った口をきくな。公務に就いている者は、社会の利益を真っ先に考えた。個人のことは後回しだ。」
 トルニケ「公務員だって結局は個人じゃないか。」
 アベル「お前は現実無視の理想論だ。オヤジは公益を優先してた。自分の意に反する事もやらざるをえなかった。」
 トルニケ「命令されたら皆殺しもやったわけだ。」

 こうしたやりとりは、ある時代、ある国、ある地方でたまたま見られる会話ではない。その後も、現在も少なからぬ国で、ある時は「国体の護持」、「公共の安寧の維持」と称して、ある時は「テロの脅威とのたたかい」と称して、繰り返されてきた会話である。この映画では、「国の安定」を訳知りに語る大人と、そうした言い回しにストレートに疑問を投げかける少年を向き合わせることによって、問題の本質を観賞者に突きつけたのだ。

人間を道徳崩壊の危機に追いやる自由の抑圧

 この映画を観る前、予備知識を持っておこうとネット上で紹介記事をいくつか読んでみた。しかし、あらすじと「懺悔」というタイトルの関係が今一つ理解できなかった。観終わってもしばらく、誰の、何に関する「懺悔」なのか、腑に落ちなかった。しかし、こうしてブログ用の記事を書き進むうちに、この映画の主題は自由を抑圧された人間の苦悶と絆を描くこともさることながら、それ以上に、自由の抑圧は抑圧した側の人間、そして抑圧を黙過した人間を道徳崩壊の危機に導くという悲劇を描くということだったのではないかと感じるようになった。ストーリ―をふりかえれば、これは平凡な感想なのかも知れない。それはある夜、アベルが燭台をかざして自宅の地下に降り、十字架に向かって次のように語りかける場面に隠喩されている。一部は紹介済みだが、改めてその前段から引用しておこう。

 アベル「神父様、懺悔に参りました。私の心は分裂しています。」
 アベル「私は良心の分裂に悩んでいるのです。無神論を唱えながら、宗教にすがり、迷っているのです。」
 男「無神論を宣伝した後に、教会で懺悔をするのは立派なことだ。」
 アベル「そんな事ではなくて、私の道徳の基準が崩れたのです。善と悪の区別がつきません。信念を無くしました。」
 男「どんな信念を?」
 アベル「私はすべてを許したい。密告、裏切り、欺瞞、嘘・・・・すべての卑劣な行為を許したい。」
 男「すべてを許せるなら、お前はキリストだ。本当にそうか。」
  <中略>
 アベル「確かに怖い。空しさの恐怖を、自分をだましながら耐えてきた。仕事に没頭した。自分と向き合う暇を作らないためだった。考えたくなかったのだ。」
 男「一体何を?」
 アベル「最も大切な何かを。自分は何者なのか。なぜ生きているのか。自分の存在価値は何か。」

 つまり、この映画は、アベルの上記のような苦悶、懺悔を赤裸々に描くことによって、自由の価値を、自由を抑圧された人間にとっての問題としてだけでなく、抑圧した側の人間、自由の抑圧を看過した人間にとっての問題――そうした人間を襲う道徳崩壊の危機の問題――として描こうとしたのではないだろうか? 
 さらにいえば、こうした道徳崩壊の危機は孫をも襲ったし、研究に没頭するあまり、社会的責任も自尊心も忘れ果てた科学者にも実は忍び寄っているのだ――この映画は自由への抑圧が襲う人間道徳崩壊の危機をこのように普遍化して描き、警鐘を発したのではないか? そして、自由の価値を限られた人間――先鋭な反政府主義者など――にとっての問題に局限せず、広く市井の人間にひとしなみ関わる問題として訴えようとしたのではないか思われる。

 この映画の主人公は誰かと問われれば、誰しも、独裁市長を「墓地で眠らせない」と言い放ち、実行したケテヴァンを挙げるにちがいない。また、ケテヴァン役を演じたゼイナブ・ボツヴァゼが法廷で悠然と語る回想談はこの映画の骨格を描くにふさわしい力強さを見せつけている。また、映画のポスターに登場する少女時代のケテヴァン役を演じたナト・オチガワがマフラーで顔をすっぽり包んだ姿で父親を探すあどけない光景にも魅せられる。
 と同時に、独裁市長ヴァルラム・アラヴィゼを演じたアフタンディル・マハラゼの、鎧の下に剣を隠したかのような陰湿な演技は、この映画が発するメッセージを引き立たせるのにひときわ貢献している。

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独裁政治下での人間の苦悶と絆を描いた作品~映画「懺悔」観賞記(1 あらすじ)~

グルジアのことをもっと知りたくて
 岩波ホールで上映中の『懺悔』を観てきた。4つ前の記事で書いたように、NHK教育テレビの「新日曜美術館」で放送された画家ピロスマニの伝記を通じてグルジアに関心を持ったのがきっかけだ。岩波ホールのホームページに掲載された紹介記事には、「グルジア映画の巨匠テンギス・アブラゼの『祈り』(68)、『希望の樹』(77)に続く、“懺悔三部作”の悼尾を飾る大作」と評され、「ペレストロイカ(改革)の象徴となった、ソビエト連邦崩壊前夜の伝説的映画」と記されている。198412月に完成したが、政治的理由で直には公開されなかった。19871月、ゴルバチョフ書記長がペレストロイカ(改革)を掲げ、グラスノスチ(情報公開)を打ち出したのを機にようやくモスクワで公開されるや、最初の10日間で70万人以上の観客がつめかけたという。
 さいわい、岩波ホールのロビーで買い求めたこの映画の小冊子に、春日いずみさん作の採録シナリオ(全編の脚本)が収録されているので、それを基にこの記事では映画のあらすじを紹介したい(ただし、以下のあらすじは採録シナリオの摘記である。表現も一部手直ししている)。そして、次の記事では自分なりの観賞記を書きとめることにする。ただ、その前に、スタッフとキャストを紹介しておきたい。それによって、この映画の輪郭を知っていただけると思う。

スタッフとキャスト
監督:テンギズ・アブラゼ
脚本: ナナ・ジャネリゼ/テンギズ・アブラゼ/レゾ・クヴェセラワ

ヴァルラム・アラヴィゼ(独裁市長):アフタンディル・マハラゼ
アベル・アラヴィゼ(ヴァルラムの息子):アフタンディル・マハラゼ
 <父子をアフタンディル・マハラゼが12役>
アベル・アラヴィゼ(子供時代):ダト・ケムハゼ
グリコ(アベルの妻):イア・ニニゼ
トルニケ(ヴァルラムの孫):メラブ・ニニゼ
サンドロ・バラテリ(画家、ケテヴァンの父親):ディシェル・ギオルゴビアニ
ニノ・バラテリ(ケテヴァンの母親):ケテヴァン・アブラゼ
ケテヴァン・バラテリ(サンドロの娘。墓を掘り起こした犯人):ゼイナブ・ボツヴァゼ
ケテヴァン・バラテリ(子供時代):ナト・オチガワ


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父親の消息を追う少女時代のケテヴァン・バラテリ


3たび
掘り掘り返された市長の遺体
 物語はある地方都市のケーキ店を営む1人の女性が、強権をほしいままにした独裁市長ヴァルラム・アラヴィゼの死亡を伝える新聞記事を客から知らされ、立ち止まる場面から始まる。アラヴィゼ家では市長の生前の功績を讃える弔問者とそれに応対する息子アベル夫婦でごった返す。葬儀は滞りなく終わり、アベル夫妻は床につく。翌朝、犬の鳴き声に気付いた妻のグリコが庭に出るや、大声で叫んでアベルを呼んだ。「ヴァルラムの死体よ」。近づくと、父ヴァルラムの遺体が庭の大木にもたれかかるように置かれていた。その夜、アベル一家は懐中電灯を照らしながら、ヴァルラムの遺体を墓地に運び、元の位置に埋めて帰る。しかし、翌朝、目を覚まして寝室の窓辺から庭を見下ろしたグリコはまたもや同じ木に寄りかけられたヴァルラムの遺体を発見する。アベル夫妻は向いの男の勧めるままに、今度はヴァルラムの墓地を柵で囲い、カギをかけて帰ったが、翌朝、またもや庭の木に寄りかかるヴァルラムの遺体を発見する。
 そこでアベル家は次の夜は警察官とともに墓地に潜んで犯人が現れるのを待つ。警察官が各々勝手な理由をつけて墓地を離れた深夜、一人の人間が墓地に近づくのを見とどけたヴァルラムの孫のトルニケはその人物をめがけて発砲した。飛びかかったトルニケが見届けたのは何と男性ではなく、ケテヴァンだった。

墓地で眠らせない
場面は法廷。パロディ風の衣装をまとった判事が正面中央に、その両サイドにコの字形に原告・被告双方の弁護士が着席するのは日本と同じだが、なぜか、被告のケテヴァンは弁護人の背後の最後列の椅子に悠然と座る。反対側の数列にはアラヴィゼ家の遺族や友人が着席している。

 裁判長「被告ケテヴァンは、3度にわたり遺体を掘り返し、遺族の家に運んだことを認め、自分を有罪と認めますか?」
 ケテヴァン「事実ですが、無罪です。掘り返したことが罪だとは考えません。私が生きている限り墓地で眠らせません。私が決めたことです。邪魔はさせません。こうなるのが私と彼の運命なのです。必要なら300回でも掘り返します。」

 ここで、彼女の弁護士は被告人に動機を詳細に語らせるよう求める。やがて、裁判長の許可を得たケテヴァンの長い回想の場面が始まる。


独裁市長との息詰まる会話
 ヴァルラムがその都市の市長に就任したのはケテヴァンが8歳の時だった。バラテリ家の向いの建物のテラスで市長就任の演説をするヴァルラム。見下ろす広場では大勢の市民が喝采を送る。ケテヴァンとニノがその様子を楽しそうに眺めていたところへサンドロが現れ、2人を促して窓を閉める。その様子をヴァルラムはしっかりと目撃していた。

 場面は変わって、老朽化した教会の中庭(?)の温室。何やらの実験による騒音が聖堂内に響き渡る。ヴァルラムと向き合った老人の傍らからサンドロは聖堂の保存を訴える。
 サンドロ「音の引きおこす振動でフレスコ画や壁全体がひび割れしています。この実験が続けば聖堂は崩壊します。」
 ヴァルラムはサンドロらの訴えに理解を示す素振りを見せるが、実験場所を移す研究所の建設には資金が足りないと、うやむやな返事をする傍ら、不気味な笑いを浮かべて、「他になにか? それでは皆さんの身元調査でもやりますか。私は何も見逃さない。だから、君たちも私には用心した方がいい」
と捨てゼリフを残す。

 場面はある夜のサンドロ家。親子3人がくつろいでいたところへベルが鳴る。駆け寄ったケテヴァンがドアをあけると、赤いチューリップの花束を持った2人の男。といきなり、2人の後ろから白いマントをまとったヴァルラムが踊り出る。そばには息子のアベルが立っていた。それから20分ほど、用件を告げるでもなく、部屋中をなめ回すように観察したり、陰湿に絡みついたりするヴァルラムとサンドロ夫妻の息苦しいやりとりが続く。その間、サンドロ夫妻の娘ケテヴァンとヴァルラムが連れてきたアベルは子供部屋でキリストについてあどけない会話をかわす。それから数十年後に、法廷で被告・原告の席に分かれて座るとは思いもよらない2人だったが。

暗い部屋で黒猫を捕まえることができる。たとえそこに猫がいなくても
 ヴァルラムがサンドロ家に押しかけてきてから、しばらく過ぎたある夜、ニノは鎧兜をまとった兵士に追われて逃げ惑う夫婦の夢をみた。その後、スクリーンには、地上に首だけを出して土に埋められてもがくサンドロ夫妻の姿が大写しされる。目が覚めたニナは泣きながらサンドロを抱きしめ、どこか遠くへ行こうと言いだす。しかし、サンドロはあきらめ顔で、どこへ行っても彼らは探し出すと答えるだけだった。とその時、玄関の鈴が鳴る。開けると槍をもった鎧兜の兵士たち。たちまち、サンドロは連れ出される。おまけに部屋に飾られた絵もごっそり持ち去られた。

 幻想の世界も交えながら展開する物語の途中で、市長ヴァルラムの演説が流れるが、その中に次のような一節がある。

 ヴァルラム「中国の孔子という哲学者は次のように言った。“暗い部屋では黒猫は捕まえにくい。いないなら尚更だ。”・・・・われわれの課題は確かに困難なものだ。だが、われわれは不屈だ。暗い部屋で黒猫を捕まえることができる。たとえそこに猫がいなくてもだ。」

 そんなある日、ヴァルラムの秘書がニノのもとを訪れ、今晩、あなたは逮捕される。急げば助かる、といってお金と切符をニノに手渡して足早に立ち去る。ニノとケティヴァンは家を離れる支度をするが、衣類を包んで出ようとしたところを兵士に踏み込まれ捕まってしまう。馬車で連行される途中でケテヴァンだけが降ろされ、戸を叩きながら泣き叫ぶケテヴァンを振り切ってニノを乗せた馬車は行ってしまう。
 
孫の反抗、そしてアベルの懺悔
 ここで、画面は法廷に戻る。ケテヴァンの回想談が終わるやアベルは立ち上って叫び、グリコも怒鳴り出す。しかし、ケテヴァンは動じる気配はなく、右ひじを椅子にかけて悠然と言い返す。

 アベル「異議ありだ。その女の話したことはすべて嘘だ。中傷だ。」
 グリコ「なぜ掘り返すの!」
 ケテヴァン「彼には墓に入る資格がないからよ。人並みに葬れば、彼の罪を許すことになる。・・・」

 こうしたやりとりに聴き入っていたアラヴィゼ家の遺族の中で激しく動揺した人物がいた。ヴァルラムの孫のトルニケである。
 その日からトルニケは、罪は叔父の市長にあったのだと父親に迫るが、アベルは息子の前では頑として聞き入れない。とはいっても、アベル自身も一人になると、自分の良心の分裂、道徳の基準の瓦解にさいなまれ、神にすがるのだが。しかし、神は、「お前は偽善者だ。心に分裂などない。お前は自分が手に入れた名誉と自分が築き上げた立派な家庭を失うのを恐れているだけだ」とアベルを突き放す。
 トルニケは留置場に出向き、ケテヴァンに会い、許しを乞う。ある日、アラヴィゼ家ではこの問題をめぐって激しい口論が起こる。トルニケはケテヴァンを精神鑑定と称して病院に強制収容しようとした父親に激しく詰め寄った。しかし、アベルは聞き入れる気配がない。絶望したトルニケはついに自分の部屋で銃で自殺を図る。妻の知らせでそれを知ったアベルは愕然とし、一挙に動揺が噴出する。自分の罪を何も知らない息子に負わせてしまった懺悔の意識にさいなまれた彼は自ら、スコップを持ってヴァルラムの遺体を掘り返し、絶壁から放り投げるのだった。

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映画「犬と私の10の約束」を観て考えたこと

 先日、近くのシネマ・ホールで松竹映画「犬と私の10の約束」を観てきた。NHK総合18時10分からの「首都圏ネットワーク」で紹介されているのを見たのがきっかけだった。映像の予告編であらすじをご覧いただくのが早いと思うので、ネットで知ったURLを貼り付けておく。
 http://www.inu10.jp/trailer/index.html

あらすじ
 両親と娘の3人家族の斎藤家が庭に迷い込んだ子犬のゴールデン・レトリバ-を飼い始めたことから物語は始まる。母親芙美子(高島礼子)が体調の急変で入院した病院へ子犬を連れて出かけ、家で飼いたいと言い出した娘のあかり(福田麻由子→田中麗奈)に向かって芙美子は「犬との10の約束」(ルーツはインターネットで広まった作者不詳の短編詩「犬の十戒」とのこと)を教える。
 
 子犬は前足の片方が靴下を履いたように白いことから「ソックス」と名付けられた。しかし、新しい家族を迎えた生活も束の間、母親はまもなく他界する。そのショックであかりは首が回らなくなるが、それを癒し治してくれたのは母親の形見のソックスだった。その後、父娘の2人暮らしが続いた。その間、大学病院に勤める父親祐市(豊川悦司)は仕事に多忙を極め、遅い帰宅が続く。あかりはそれに不満をもらしながらも、同級生でギタリストを目指す星進(佐藤翔太→加瀬亮)との楽しい語らいの時間を過ごした。しかし、その進は両親の強い勧めでロンドンへ留学に旅立つことになった。この別れを機に二人の間には強いきずなが芽生えた。ある日、街角で見かけた演奏会のポスターで進が帰国していたのを知ったあかりは進との再会を果たし、結婚へとストーリーは進行する。このあたりはありふれた展開である。

 話しは前後するが、父親の祐市はあかりと一緒の時間を増やしたいと大学病院を辞して開業医として再スタートする。しかし、それとすれ違うかのように、大学の獣医学部を卒業したあかりは旭川の動物園に就職し、獣医の仕事を始める。そして、今度は動物の世話に追われるあかりの方が帰省もままならず、帰宅した時も仕事のストレスからソックスを邪険にするようになる。しかし、ソックスの方はそんなあかりに対し、これまでと変わらないひたむきなまなざしを向ける。そんなある日、あかりの携帯電話に父親からソックス危篤の連絡が入る。仕事のために旭川にとどまろうとするあかりに対して上司の中野(ピエール瀧)は強い口調で帰宅を悟した。実家に駆けつけたあかりは居間に横たわったソックスを父親ととともに看取るのである。

犬との10の約束
 さて、母親があかりに教えた犬との10の約束とは次のとおりである。
 1.私と気長につきあってください。
 2.私を信じてください。それだけで私は幸せです。
 3.私にも心があることを忘れないでください。
 4.言うことを聞かないときは、理由があります。
 5.私にたくさん話しかけてください。人の言葉は話せ  ないけど、わかっています。
 6.私をたたかないで。本気になったら私の方が強いこ  とを忘れないで。
 7.私が年を取っても、仲良くしてください。
 8.あなたには学校もあるし友達もいます。でも、私に  はあなたしかいません。
 9.私は10年くらいしか生きられません。だから、でき  るだけ私と一緒にいてください。
 10.私が死ぬとき、お願いです。そばにいてください。  そして、どうか覚えていてください。私がずっとあな  たを愛していたことを。

犬への過剰で身勝手な感情移入の戒め
 上のあらすじからわかるように、この映画のストーリーはいたって平凡であり、安直さを覚える場面も少なくないが、ホームドラマと思えば、自然なことなのだろう。だから、私自身、犬との長いつきあいがなければ、さらに、今、わが家にいる犬(ウメ)も前足の両方がソックスどころか、「ストッキングを履いているみたい」と通りがかりの人に何度か言われた体験がなければ、この映画に関心を持たなかっただろう。

 しかし、それでも、この映画を見た多くの愛犬家は自分と犬の関わり方、自分にとっての犬の存在の大きさを改めて考えさせられたのではないか?
 犬がかくも人間と親密な間柄になれた理由は何かと考えると、それは、自分に対する人間の接し方がどう変わっても、犬は変わらぬまなざしで人間と接してくれるという安心感ないしは犬は人間と違って自分を裏切らないという深い信頼を犬に寄せるからではないか? 言い換えると、犬と人間の深い絆は、人間と人間の絆の希薄さ、はかなさの裏返しといえなくはない。そうだとすると、いつか人間は、人間という大きな身体の小心な動物から身勝手な精神的扶養を求められる犬から疎まれる日が来ないとも限らない。あるいは、今現在、犬から、<自分に依りかかってばかりいないで、人間同士の絆を回復するよう努めてはどうか>と諭されているのかも知れない。犬への過剰な感情移入を戒めながら、犬と静かに意思を通い合わせることができる共生の関係をどのように築けばよいのか――そんなことを感じさせられた映画だった。

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衛星映画評「ジュリア」――反戦の知性に裏打ちされた2人の女優の演技に魅せられる作品――

作品紹介
 昨夜220日)21時~2259分、BS2衛星映画劇場で放送されたアカデミー受賞作品特集「ジュリア」を観た。原作リリアン・ヘルマン、監督フレッド・ジンネマンの1977年作の知る人ぞ知る作品である。原作者のユダヤ人劇作家ヘルマンの回顧録を映画化したものといわれ、彼女の人生に大きな影響を与えた2人の人物――幼馴染のジュリアと恋人のハードボイルド作家ダシール・ハメット――との交友と愛情が展開していく。特に、アメリカの大富豪の娘として生まれながら、当時ベルリンで反ナチスの運動に身を投じたジュリアとの再会と別離の息の詰まるようなシーンが圧巻だった。以下では、ナチス統治下のベルリンで反ナチス運動を続けるジュリア(ヴァネッサ・レッドグレーブ)の下へジェーン・フォンダ扮する主人公が活動資金を携えて出向く場面を中心に紹介しておきたい。

反ナチ運動の資金の運び役を引き受けた主人公
 主人公がモスクワ演劇祭に招かれてパリに滞在中に、ジュリアからの言伝を携えたヨハンと名乗る男が主人公に近づき、5万ドルをベルリンに居るジュリアのもとへ運ぶ役を引き受けてくれないかと持ちかける。ベルリン経由でモスクワに行くことにして、途中、下車してもらえないかというのである。
 宿泊のホテルでヨハンと朝食をとった後、二人はホテルの向かいのチェルリー公園のベンチに腰をかけてベルリン行きの話をする。(以下、不正確な箇所があるかも知れない。)

「わたしたちのために、ベルリンまで5万ドルを運んでいただけませんか? 獄中にいる仲間を釈放させるための賄賂として使うのです。私たちはナチに抵抗するグループです。特定のイデオロギーも宗教もありません。カトリック教徒、共産主義者など思想はさまざまです。ただし、よく考えてけっして無理はしないでください。たぶん大丈夫だとは思いますが。」

 「ちょっと飲みものをとりませんか?」

 「いえ、もう一度言います。心配はないと思いますが、よく考えて無理はしないでください。」

 「ちょっと考える時間をください。2、3時間ほど」

 「あまり突き詰めて考えない方がいいですよ。それでは明日の朝、北駅のホームにいます。決心がついたら、とおりすがりにハローと言ってください。もしお引き受けにならないなら、わたしの前を通り過ぎてください。」

 次の日、制止も聞き入れず見送りについてきた友人といっしょに北駅のホームに着くと、あの男がこちらへ近づいてきた。主人公はどうにか友人を振り切ると、目の前を通り過ぎた男の背後から、大声で叫んだ。

 「ミスター・ヨハン、ハロー、ミスター・ヨハン」

ヨハンは向き直ってしばらくこちらを見つめた後、近づいて来た。

「ポーランドに発つ甥がこの列車に乗車します。2等の4号車です。」

 乗車して通路を進むと、まもなくスーツケースと箱をふたつ持った青年と行き会った。すると青年はこう話しかけてきた。

 「わたしは2等の4号車です。これはジュリアからのお誕生日プレゼントです。」

 箱の中には丈の長い帽子と、「この帽子をかぶるように」というメモが入っていた。

ジュリアとの再会、そして・・・
 その後、車中での手荷物検査、検問所でのパスポートチェックを無事通過して、なんとかベルリン着。その間、主人公のそばには次々と見知らぬ男女が寄り添い、リレー式に彼女の道案内をした。そして、ベルリン駅に下車した主人公は言われるままに駅近くのレストランに入ると、テーブルに座ったジュリアの姿が目に飛び込んだ。

 テーブルに向き合って言葉を交わして間もなく、ジュリアはテーブルの下の足を指して「義足なの」と告げた。傍らには二本の松葉杖が置かれていた。二人は再会を喜び合う間もなく、平静を装いながら短い食事をとると、ジュリアは立ち上がって化粧室に入り、しばらくして笑顔で戻ってきた。

 ジュリアは無事、資金を受け取ったことを告げると、なおも話しかける主人公を突き放すように、早くここを離れるようにせかす。こうしてジュリアと別れた主人公はワルシャワ行きの列車に乗り込んだ。

 しかし、主人公とジュリアの出会いはこれが最後となった。 1938523日、パリへ戻った主人公の下へロンドンから電報が届いた。ジュリアが殺害されたことを伝える電報だった。

 2人の女優の見事な演技とそれを裏付けた実践活動
 ドイツ軍占領下のワルシャワでユダヤ人の殺戮を平然と続けるナチス兵士の残忍な行為を容赦なく描いた「戦場のピアニスト」を自宅の近くのシネマホールで見た時のことを思い出した。「ジュリア」には、あの映画の中の椅子に座ったユダヤ人老女を椅子丸ごと窓から投げだすような残酷なシーンこそなかったが、息をつめて見入る場面の連続であった。

 生死と背中合わせの状況に立たされた人間は周りの人間への疑心暗鬼を余儀なくされる。しかし、主人公を演じるジェーン・フォンダとジュリアを演じるレッドグレーブの感情を抑え平静を保つ、息の詰まるような知性がにじみ出た演技は圧巻だった。これは役回りに徹する女優としての力量もさることながら、反ナチズム、反戦に共鳴した彼女らの実生活における思想信条の裏打ちがあればこそ役柄に徹し切れたのではないかと思えた。

 事実、ジェーン・フォンダはベトナム反戦運動に身を投じた闘士として知られている。また、ジュリア役のレッドグレーブはこの映画での演技でアカデミー賞助演女優賞を受賞したが、授賞式のスピーチが政治的であったということで物議をかもした。

赤狩りの非米活動調査委員会でも友人を売り渡さなかったヘルマン
 1950年代のアメリカを席巻した「赤狩り」(共産主義思想の弾圧・排除)は映画人も例外ではなかった。下院に設けられた「非米活動調査委員会」に召喚された映画人の多くは自らの保身のために次々と友人の名前を挙げ、弾圧に加担していった。
 そんな中、1952
5月、委員会へ召喚され、共産党に参加した友人の名前を挙げるよう求められたヘルマンは、あらかじめ用意した次のような文書を読み上げた。

 「自分を救うために長年の知己である無実の人たちを傷つけるのは非人間的で品位に欠ける不名誉なことです。私は政治的な人間ではなく、いかなる政治的団体に身を置いたこともありません。しかし、私は昨今の流行に順応して良心を裁断するようなことはしたくありません。」

 このような証言によってヘルマンは監獄にこそ送られなかったが、以後、ハリウッドの世界のブラックリストに載せられ、長きにわたって仕事から排除された。彼女の生涯については、様々な負の部分を指摘する議論もある。しかし、あの全米を覆ったマッカーシズムに敢然と立ち向かい、堂々と良心を貫いた強靭な理性の劇作家が存在したことはアメリカ映画界の輝かしい記念碑と言ってよい。「ジュリア」はそのような作者の知性を静かに、しかし、確実に視聴者に伝える作品であった。

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