TPP国会審議~数による意思決定の場に堕落してよいのか

20161030

 『農業協同組合新聞』電子版が連載している<シリーズ:TPP阻止へ! 現場から怒りの声>の本日付紙面に以下のような筆者の談話が掲載された。1028日に取材を受けて話した内容を編集部がまとめたものである。
 TPPがろくに審議もされないまま、週明けにも採決されようとする現実を目の当たりにして、日本の議会制民主主義が「数だけがものをいう」野卑な多数決主義に堕落していることを告発しようとしたものである。
 審議事項に関して識者の知見を聴き、審議の参考に供するのが本旨のはずの「公聴会」が採決のための単なる通過儀式に成り下がっている姿はその象徴である。以下、全文を転載する。

 
 -------------------------------------------------

 
国民への忠誠忘れた与党 民主主義は完全にマヒ
 
【醍醐聡・TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会呼びかけ人(東京大学名誉教授)】
(『農業協同組合新聞』電子版 20161030日)
 http://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2016/10/161029-31231.php 

 私はこれからの大事なキーワードは「地方」であり、地方が主体だと思いますが、TPP協定による農業への打撃は地方を衰退させると思っています。
 農業はもちろん食料の供給源であり、TPPによって食料自給率がさらに低下し危機的になる恐れがありますが、農業が衰退するということは地方の人口減、農業関連産業も含めた産業の衰退による就業機会の減少などでさらに人口減に拍車をかけることも心配されます。
 それは地域の医療機関を成り立たなくさせて医療機関の統合などとなれば住民の医療機関へのアクセスが悪くなる。それがまた人口減につながり学校も廃れていってしまう。
 TPP協定では公共事業調達で地元調達をしようとすると内外無差別の原則に反するということですから、学校給食での地産地消も、韓米FTAの例を見ても明らかなように脅威にさらされてしまう懸念があります。
               ◇    ◇
 医療や薬価の問題では、ガン治療薬のオプジーポなど良く効くけれども、非常に高額で患者負担も大変です。これをかりに高額療養費制度で負担を抑えたとしても、それは結局、保険財政に回っていくことになります。無くては困りますが、年間1人3000万円もかかってしまう。抜本的に薬価の決め方を変える必要がある状況に至っています。
 しかし、こうした医薬品は米国企業やその子会社のものです。これから外資が入ってくるというのではなく、すでに外資が上位を占めている。TPP交渉と並行して行われた日米並行協議では、外資が薬価決定にわれわれも参画させろといっている。薬価を引き下げるような決定をしようとすればISDS条項などを使って脅しがかけられる懸念もあります。日本の保険財政の立て直しに対して横やりが入ってくる可能性があるのです。
 こうしたことについて何の議論もせず、国民皆保険制度は交渉のテーブルに乗っていないから心配ありません、という言い方で批准しようとしている。
               ◇    ◇
 国会審議を見ていると結局、政治の質が問われていると思います。これまで国会決議には与党も賛成してきました。もちろん選挙のときの公約もありました。
 それにも関わらず、ここに及んで与党のなかから何ら異論がまったくない。本当に一色に染まっている。
 これを見ていると、日本では自分が属している集団や組織への忠誠は強いが、自分たちの集団外や組織外、とくに今回の場合は国民への忠誠ということですが、それはまったくどこかに行ってしまうということが、今回如実に表れているのではないか。自分が属している政党への忠誠はあっても、国民への忠誠というものは消えてしまう。
 TPPに限らずいろいろな問題でこうした体質が表れてしまうと日本の民主主義というのが完全にマヒしてしまい、政治とはただ数による意思決定の場でしかなくなってしまう。審議など非常に無意味なものになっているのではないか、それを露骨に現しているのではないか。単なる多数決主義に民主主義が堕落してしまった姿を痛感します。非常に重大な問題です。



| | コメント (0)

都知事選(最終回):敗因を外に求め、自省できない革新に未来はない

 

201681

【追伸】(201684日)

 この記事に寄せられた2件のコメントと、それぞれに対する私の短い応答コメントを以下に追記する。 

 

 「『文春』『新潮』などの「女性問題」報道で鳥越氏側は「疑惑」を「事実無根」と主張するだけで、「何が事実無根なのか」という点について説明も反論も一切、最後までしませんでした。だから、人権派弁護士を標ぼうする宇都宮健児氏が、鳥越氏が説明責任を果たさなかったことを理由にして応援演説拒否したこともあながち批判できないでしょう。 そんな鳥越陣営では、法曹人としてとても支持できないということでしょうからね。
 (ただし、宇都宮氏も「女性とその関係者の証言まで否定することは、被害女性に対するさらなる人権侵害となる可能性があります。」などと暢気でお人善しなことを言って「被害者」側の言い分を鵜呑みにしている点では問題があると思います。
 つまり、この件は、「被害」を主張する側のデマ・妄想の類い(痴漢冤罪・セクハラ冤罪類型)なのか、男女双方合意の上での不倫的不適切行為に女性の事後翻意や「告発」男性の嫉妬が加わったものなのか、セクハラや強制わいせつに類する正真正銘の犯罪的行為だったのかについて、何も立証されていませんから)
 こういう事が起きるのも、候補者選考過程が相変わらずボス交渉的で透明・民主的と言えないからでしょう。「出たい人より出したい人」を国民的に選ぶ方法が未熟なのです。そしてそういう状況を克服するためには、批判や総括だけでなく、リベラルや反アベ陣営、左派勢力全体の地力(企画・実践力)をもっと鍛え上げてゆくことが必要なのだと思います。 言うは易し行うは難しですから。」(通りがかり1号)

 「通りがかり1号さん
 『この件は、「被害」を主張する側のデマ・妄想の類い(痴漢冤罪・セクハラ冤罪類型)なのか、男女双方合意の上での不倫的不適切行為に女性の事後翻意や「告発」男性の嫉妬が加わったものなのか、セクハラや強制わいせつに類する正真正銘の犯罪的行為だったのかについて、何も立証されていません』というご意見に同感です。
 『批判や総括だけでなく、リベラルや反アベ陣営、左派勢力全体の地力(企画・実践力)をもっと鍛え上げてゆくことが必要なのだと思います』というご意見にも同感です。
 一つ前の記事で書きましたが、リベラル革新は、上層での「共闘」に活路を求めるだけでなく、共闘の力を実のものとするためにも、異論とも対話できる政治的力量を培う努力が求められていると思います。」(醍醐) 

 

 「今回の都知事選では野党も市民団体も著名文化人たちも進歩的ジャーナリストも人権派弁護士も、すっかり馬脚をあらわしてしまいましたね。オマケが弘中弁護士を間に挟んだ鳥越・宇都宮間の確執再燃だったので、泣くべきか笑うべきか、すっかり呆けさせられてしまいました。 藤澤先生が介入参戦しなかったのがせめてもの救いだったかな???(笑)
 それにしても、日本の野党や市民団体の幹部、著名文化人、メディア、法曹界って、本当に劣化してるんですね。正論や正着の提案がどこからも聞こえて来ませんでした。せめて、故・加藤周一氏ぐらいの人物を探し出して担げなかったのかな?
今の日本って、そんなに人材難なのでしょうかね?」(通行人1号)

 「通行人1号さん
 『それにしても、日本の野党や市民団体の幹部、著名文化人、メディア、法曹界って、本当に劣化してるんですね。正論や正着の提案がどこからも聞こえて来ませんでした。』
 私も同じような思いで、この記事を書きました。特に、鳥越さんを応援した文化人、研究者の弁舌を見て、政党・党派、ひいては政治からの知識人の「中立」ということと、それらからの「自律」ということの意味の違い熟慮する必要を痛感しています。」(醍醐)

 

--------------------------------------------------------------

得票数でも得票率でも大幅に後退した革新
 告示の時点では3候補の接戦と予想された都知事選は終わってみると小池百合子氏が次点の増田寛也氏に120万票の差をつけ、3位の鳥越俊太郎氏にはダブルスコア強の得票を得て当選した。今回の開票結果を前回(201429日投票)と比べると、次のとおりである。

今回開票結果(得票率) 投票率
 ①小池百合子   2,912,62644.5%)
 ②増田寛也    1,793,45327.4%)
 ③鳥越俊太郎   1,346,10320.6%)
      ①+②=4,706,08171.9%) 

前回開票結果(得票率)
 ④舛添要一    2,112,97942.9%)
 ⑤宇都宮健児    982,59519.9%)
 ⑥細川護煕      956,06319.4%)
      ⑤+⑥=1,938,65839.3%)

 これを見ると、今回、保守系候補者は前回と比べ、得票率を32.6%も伸ばしている。また、投票率が13.59%も上昇し、2名が立候補したこともあるが得票数を259万票も伸ばしている。
 これに対し、リベラル革新系は前回と比べ、得票率を18.7%減らし、投票率が大きく上昇したにもかかわらず、得票数を59万票も減らしている。
 こうしたデータを見ると、当落もさることながら、リベラル革新の大幅な退潮は覆うべくもない。

問われる敗因分析
 選挙が終わった今の時点での注目点はリベラル革新がこうした結果をどのように総括するのかである。というのも、近年、リベラル革新は選挙に敗北した場合、その原因を反対陣営からの卑劣な攻撃とか、メディアの不公正な報道など外部に向ける場合が多かった。内部に向ける場合でも選挙戦術の不備など技術的問題に向けることが多かった。さらに言うと、特定の成果(特定の地域での当選や得票率の伸びなど)に焦点を当てて、後退、低迷という大局的事実を直視しない場合が少なくなかった。

 NHK問題に関わっている筆者は、メディアの報道のあり方が有権者の投票行動に及ぼす影響に大きな関心を持っている。しかし、敗因を報道のあり方に転嫁するだけでよいはずはない。
 今回はどうか? 正式には、鳥越俊太郎氏を支持し応援したリベラル革新政党が発表する選挙総括を待たなければならないが、選挙期間中に現れた鳥越陣営の争点設定、選挙戦略から、選挙総括の「予兆」が窺える。また、予兆ではなく、選挙戦終盤では、宇都宮健児氏が女性問題を挙げて鳥越氏への応援を断ったことを恨み節のように咎め、そこへ敗因の一部を転嫁するキャンペーンが出回った。
 しかし、のちほど触れるが、事実とすれば「女性の人権問題」に発展する週刊誌記事について、納得のいく説明が得られなかったことを理由に宇都宮氏が鳥越氏支援を留保したことには相当の理由がある。それを指して、革新の大義に背く「利己的行動」と非難するのは乱暴である。

国政上の課題を無造作に都知事選で争点化したのは愚策
 最大の問題は、鳥越陣営が、反安保、反改憲を前面に押し出し、終盤戦では反原発も加えた国政上の課題を争点化したこと、参議院選で一定の成果を収めた野党共闘体制を継承し、それに弾みをつける場として都知事選を位置づけたことである。
 たとえば、反原発でいうと、鳥越陣営は小池氏の13年前の発言を引いて「核武装容認論者」と批判、増田氏については、告示直前まで東京電力の社外取締役に就任していた事実を挙げて、原発(原子力)推進・容認論者と批判した。その一方、鳥越氏は非核都市宣言、250km圏以内の原発の廃炉を求めることを公約に掲げ、小池、増田両氏との違いをアピールした。

 野党共闘の枠組みを重視する選挙戦略については、開票結果後も小池晃・共産党書記局長が次のように発言していることからも明らかである。  
 「共産党の小池書記局長は、鳥越氏の選挙事務所で記者団に対し、『選挙で勝利できなかったものの、首都東京で野党4党の共闘が実現したことは歴史的な意義がある。突発的な選挙であり、どの候補も準備不足はあった。今後も野党4党の共闘を大いに進めていきたい』と述べました。」(NHKニュース 731 2311分) 

 このように国政上の課題を都知事選で争点化しようとした鳥越氏の選挙戦略については小池、増田陣営からばかりでなく、評論家や都民の間からも強い疑問、違和感が出た。筆者もその一人である。
 鳥越氏を応援した革新政党の幹部は応援演説のなかで「憲法は都政に関係ないという人がいるがとんでもない」と力説した。しかし、そんな雑駁な主張が都民の共感も支持も得るはずがない。都知事選で憲法(平和、人権)を取り上げるのなら、横田基地へのオスプレイ配備の問題、国旗・国歌強制の問題など、都民の生活や環境、教育・人権に関わる問題に具体化した公約を掲げるのが道理である。

 非核都市宣言についていうと、今年の623日現在で、都道府県レベルでは41が宣言している中で東京都はこれに含まれていない。その意味では首都東京で非核都市宣言を行う意義は認められる。しかし、東京都下でいうと23区すべて、25の市、2町、2村がすでに宣言している。また、非核の実現にとっては、宣言もさることながら、具体的な場面での対応が問われる。したがって、たんに非核都市宣言を掲げ、争点化するだけでは都民の支持・共感にはつながらない。まして、野党共闘の継続は少規模野党の死活的な選挙戦術ではあっても、都民に向けて訴える公約なり争点となるものでは、もともとない。
 都知事としてできることは限られる「原発廃炉」が、ある日の演説会場で鳥越氏の口から飛び出したのも、あまりに唐突である。しかも、廃炉といっても東京電力に申し入れをするに過ぎず、「公約」と呼べるほどのものではない。公約というなら、福井の高浜原発の再稼働をめぐって京都府知事が求めたような、再稼働の同意権を持つ「地元自治体」の範囲の拡大を政府や原子力規制委員会あるいは電力会社に要請する、あるいは全国知事会で議題とするよう提起するなど、地に足の着いた公約を掲げるのが自治体首長選挙でのあるべき姿である。

ゴロ合わせで無内容な「よし!」の増産
 では、都政上の公約はどうであったかというと、あまりにずさんというのが筆者の感想である。これは準備不足という釈明で済む問題ではなく、都知事選に臨む鳥越陣営(候補者本人と支持政党・市民団体、鳥越氏を応援した学者・文化人)の姿勢、思考様式に関わる問題だと筆者は考えている。詳しく説明し出すと長くなるので、鳥越氏が掲げた「○○によし!」というスローガンを取り上げたい。
 当初、鳥越氏は「住んでよし」「働いてよし」「環境によし」という3つの「よし」を公約(?)に掲げた。しかし、しばらくして「学んでよし」が加わった。さらに投票日の34日前になって、女性支持者が「女性によし!」というポスターを掲げて街頭に立つ姿が目立つようになった。そこで、このようなポスターのいわれを調べようとネットを検索していると次のような記事が目にとまった。

「鳥越俊太郎の新スローガン 『女性によし!』が自虐ネタだと話題に」
http://netgeek.biz/archives/79483
                              

 上のネット記事は、当該ポスターを掲げて鳥越氏を応援した人たちからすれば、タイトルからして、心ない揶揄と受け取られるだろう。「自虐ネタ」とは確かに茶化し言葉だ。しかし、記事を読んでいくと次のような批評があった。  

 「選挙戦略があまりにも稚拙すぎて呆れてしまう。女性によしとは具体的にどのような状態を指し、そこに向けてどのような政策を考えているのか。『男性によし!』はなぜないのか。スローガンの追加はなぜ思いついたようにこのタイミングだったのか。色々と聞いてみたい気もする。」

 私は、いたく同感した。特に、「女性によしとは具体的にどのような状態を指し、そこに向けてどのような政策を考えているのか」という指摘は、このスローガンの無内容さをずばり突いている。また、上のような指摘は、その他の「よし」の無内容さも突いている
 また、「スローガンの追加はなぜ思いついたようにこのタイミングだったのか」という問いも、まっとうである。多くの女性議員や文化人らがともども、「女性によし!」ポスターを掲げて鳥越氏の応援に駆け付けるようになったのは、週刊文春、週刊新潮が選挙期間中を見計らったかのように鳥越氏の女性問題を取り上げた記事を掲載したことが背景にあると想像されてもおかしくはない。端的にいえば、週刊誌記事の影響で女性票が離れるのを食い止めるよう、同じ女性が鳥越氏を支持していることをアピールするための応援活動と受け取られても不思議ではない。
 なぜ、ある時から急に「女性によし!」が登場したのか? その中身は何なのか? 私も知りたいと思う。

 週刊誌の記事が事実無根というなら、鳥越氏自身が、余人を以ては代えがたい事情説明をするほかない。選挙妨害の意図が明らかな「謀略」に乗らず、選挙活動に専念するという説明に道理があるかに思える。しかし「デマ」、「謀略」と非難するだけで都民は納得するのか? そのように断定するにはそれ相応の説明が必要だ。
 7月28日放送のフジテレビ「直撃LIVE グッドデイ!」に出演した鳥越氏は、司会者の質問に答えて、問題の女性の現在の夫と3人で会ったことを認め、夫が話しかけた内容の一端も紹介した。そのように出演したテレビで聴かれて断片的に「事実」の一端を話すのなら、自ら、都民が事実無根と信じるに足る程度の説明があってしかるべきだ。

 無いものを説明するのは「悪魔の証明」だと鳥越氏は言った。しかし、自らがテレビで上記のように語った以上、どこまでは事実で、どこからは事実でないのかを説明しないと都民の理解が得らないのではないか。敗北が決まった後で、週刊誌の記事の影響がなかったとはいえないと発言するのなら、選挙期間中に影響を払しょくするための努力をするのが道理である。
 そのような努力をせず、女性支持者を前面に立て、意味不明のポスターを掲げ、女性票をつなぎとめようとしていると受け取られかねないような選挙活動を展開したのは、いかがなものか? 

都民目線とかけ離れた政治センスでは再生は望むべくもない
 リベラル革新を自認するなら、意味不明のイメージ宣伝ではなく、具体的な中身の充実した政策を掲げて選挙戦に臨むのが当たり前である。たとえば、「待機ゼロ」というなら、現状で待機児童はどれくらいなのか実態を把握するのが大前提である。行政発表で「隠れた待機児童」が後から明らかになるのでは、財源、人員、施設確保の裏付けなり、積算なりがずさんな公約だったことが露呈したのも同然である。

 このように都政に関わる公約をずさんなままにして、国政上の課題を、これまた、粗いスローガンで争点化したのでは、都民の支持・共感を得られないばかりか、反発を買うのも当然である。
 このような冷静な敗因分析を飛ばして、今回の都知事選を野党共闘の成功例と自賛するような都民目線とかけ離れた政治センスでは、リベラル革新の再生は望むべくもない。

 

 

 

| | コメント (7)

都知事選:自省なくして革新候補への支持は広がらない(2)

2016727

「眼高手低」あるいは当選あっての理想?
 「だったら、人気もある候補者で勝つしかないじゃないか」というつもりはありません。しかし、「政策の現実味に根拠を!」という政策に対する〈ご意見番的存在の要求に応え〉つつ、〈少なからず存在する、政策を吟味できない有権者からの支持〉も得ることが、自民党やおおさか維新の議員が当選してしまう現在では、必要なのだと思います。

 憲法学者の長谷部恭男早大教授が、「一般市民が、憲法や立憲主義について意識したり、声高に叫ばなければならない状況というのは、悲惨な状況だ」といったようなことを発言されたようです。
 政策の根拠や現実性についてのチェックは、醍醐先生のような学者の方々が冶金して整えて、そして、その苦労を知らない私たちの前に、政策や公約として提示されるのが本筋なのでしょう。

 「理想は高いものの実力が伴わないこと」をいう「眼高手低」という言葉があります。〈眼高〉は〈先生がた〉で、〈手低〉は〈私たち庶民〉です。しかし、これは、〈眼高〉と〈手低〉との間に《乖離がある》とか、〈眼高〉に〈手低〉が《追いつかない》と言いたい訳ではありません。〈眼高〉は〈手低〉を「理想的な方向に導くべく引き上げてくれる存在」という意味で、この言葉を、いま引きました。

 <醍醐:私は持論として、「有識者」という言葉は好みません。「専門家」は真空では難しい議論をしますが、実際に起こった問題の処方箋を訊かれると、ありきたりの話でお茶を濁す場合が少なくないと感じています。
 たとえば、NHK問題に関わる中で放送法第4条の解釈が問題になる時、専攻学者の解説書を読んだり、彼らと議論をしたりしても、問題になっている論点、たとえば、放送法第4条に掲げられた「政治的公平」と「多角的論点の提示」はどのような関係にあるのか、について明快な説明になかなか巡り合えません。
 「専門知」が「実践知」と乖離して社会的影響力を持たない現実、「実践知」が論理的思考で冶金されず、制度論や政策論の場で俎上に乗せられない現実、これら両極に分化しているのが大きな問題ではないかと感じています。>

 ぼくは、過去4年間ほど、ずっとTPPの危険性を知ってもらうべく、何千枚も、自費でコピーしてポスティングしてきました。また参院選でも、職場の周囲に、政治の話題や危険性の話題を出して、バカにされてきました。バカにされるのと孤立することは、覚悟の上で、政治の話を周囲にふってきた立場として、先生の立ち位置と視点は〈眼高〉だと思います。でも、世の中に〈眼高〉がいないと、私たちは盲目になってしまいます。しかし、有権者全体の割合で、先生のような方は、多くないと思います。

反小池キャンペーンの前にやるべきことがある
 <醍醐:「原理的立場」と「実践的処方」の葛藤という点で今、私が考えているのは、両者の溝をつなぐ運動論は何かということです。私の今の発想は、大学生の間でさえ、政治の話を持ち出すとアウェイの状況を味わうという現実、地域でも政治の話をし出すと周りが引いてしまうといった現実を変えていく地味な根っこからの苦労をしないと、政治を変える確かな地盤は根付かないのではないかということです。
 野党共闘は、おっしゃるとおり、自力では多数与党に立ち打ちできないという少数野党の危機感の産物といえると思います。そして個々の一人区で足し算で成果を収めたことも事実です。しかし、それでも全国的には与党改憲勢力に初めて3分の2を超える議席獲得を許した現実を直視しないわけにはいきません。
 そのような選挙結果を踏まえて言えば、個々の選挙区の足し算を超えた、野党それぞれの支持率の底上げを果たす以外、政治の革新は望めない気がします。そして、その底上げのためには、社会の隅々で政治を自分の言葉で語り合う風潮、特に異なる意見と冷静に向き合い、対話する機会を育み、大切にする努力が欠かせないと痛感しています。

 「アベ政治は許さない」と仲間内で唱和するよりも、なぜ有権者は改憲政党に3分の2を超える議席を与えたのか(小選挙区制の問題はありますが)、いろいろ批判される小池百合子候補がそれでも優勢と言う状況がなぜ生まれているのか、彼女の危険な右翼的体質を都民が見抜いていないことが主な理由なのか、一本化したはずの野党統一候補が2人の保守候補のあとを追うという展開になっているのはなぜなのか------都民の政治意識と向き合った政治活動という意味では、こうした点を自問し、冷静に考えることの方が、小池百合子候補の右翼的体質を暴露することに執心するよりも重要だ、と言うのが私の感想です。>

 「今回のような対立の図式は、中央の選挙結果」への反動なのは、それだけ危機的状況で地盤沈下が起こっているからだ、と拝察し、生意気ながら申し上げます。
 どのようにしてTPP批准を阻止できるか惑いつつ、心細くなっているくせに、長々と書かせてもらいました。
 どうぞ、これからも宜しくお願いいたします。

「アベ依存症から脱却せよ」~浅羽通明さんの論説に触発されて~
 <醍醐:いただいたコメントと私が今、思案している問題とが重なる地点で、考えるヒントにしたいと思っている論説を一つだけ、紹介させてもらいます。抜き書きは私が共感した箇所です。

 「(耕論)瀬戸際のリベラル 浅羽通明さん、五野井郁夫さん」
 (「朝日新聞」2016716日)
 
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12462723.html?rm=150 

 まず敗北直視し絶望せよ 浅羽通明さん(著述業)
 「すべて「安倍」を前提にしないと何も打ち出せない「アベ依存症」です。ライバルだけ見ているから、国民=顧客が何を望んでいるのかがさらに見えなくなってゆく。」
 「思えば明治の昔から、日本のリベラル勢力は、有権者と向き合った等身大のところからビジョンや政策を立ち上がらせる姿勢に乏しい。ボトムアップが少なすぎる。」
 「超長期構想と地道な地盤作り。そのためにはまず、リベラル野党が、とことん絶望する必要があります。それなのに民進党の岡田克也代表は『3年前と比べると、よくぞここまでという気持ちもある』などと、敗北を全く直視せず現実逃避している。他人から見たら体形なんて変わらないのに、『ダイエットで3キロやせた!』とはしゃぐ人みたい。まずこの甘えぶりに絶望してほしいですね。」
(聞き手・尾沢智史)>

 

| | コメント (0)

都知事選:自省なくして革新候補への支持は広がらない(1)

2016727

 ブログに寄せられたコメントへの応答をかねて 

 昨夜、正確に言うと今日の午前0時過ぎに、このブログの一つ前の記事、「都知事選:都民も自らも欺く政策軽視の独善的議論」に対し、高樹辰昌さん(未知の方)から、以下のような長文のコメントをいただいた。
 今の危機的な政治状況を考えれば、私の当該ブログ記事に対して予想されたコメントではあるが、その記事を書いたあとで次の記事を考えながら思案していた私の頭の中を行き来する問題と重なる点がたくさんある。
 そこで、私の感想を挿入しながら、高樹さんのコメントを紹介させていただく。< >内の文章が私の書き込みである。文中の小見出しは私が勝手に付けたものである
 このブログを訪ねていただいた方々にも何か共有していただける問題意識があれば幸いである。

 ----------------------------------------------------------------

醍醐先生、こんばんは。
 今夜、「そうだったのか!TPP寺子屋」第6回 岡田知弘京都大学教授「地域経済・中小企業への影響」のIWJさんによる中継を観終わった後に、《心細くなって》、醍醐先生のブログに訪問させてもらいました。
 この記事ふくめ最近3件の記事を読ませていただきました。
以下は、先生の記事に対する論評でもなく、また議論でもなく、建設性を生まない感想だと思いますが、啓上させていたします。

会計学研究歴から染みついたリアリズム
 読んだ本のなかの知識や情報が、どの本に書かれているかを忘れてしまうのがイヤで、ノートすることと、読書が趣味です。
 しかし、知識を多く抱えれば抱えるほど、持っている情報同士で、矛盾し合ったり、対立関係をもつことに出くわすことがあります。対立したり、正反対の内容だったり、矛盾したりする情報同士のうちの、どちらが妥当か/正しいか、について、さらにもっと広く知ることで総合的に判別する、という、要領の善くない、あるいは、埋蔵金探しのような作業をすることになります。
 そうした〈埋蔵金さがし〉の他方、醍醐先生が従事なさってきた〈会計学〉は、「数字ではっきりと一目瞭然に見て取れる」点で、物の見方や尺度として、すごい武器だな、とカルチャーショックを、個人的に受けたことがあります。

 もし、会計学についての捉え方が間違っていなければ、醍醐先生によるこの記事に見られる態度や視点は、会計学者ならではの視点なのかも、と感じました。

 <醍醐:最近は会計学の知見を活かせる場面が少ないことにかかわっていますが、リアリティに欠ける議論に出会うと、賛同といかないこと
がよくあります。財源論のない政策提言に物足りなさを感じるのもその一種です。たかが実学、されど実学ですね。>

 と言ったところで、「お前(高樹)は何を言いたいのだ?」と思われたかもしれません。会計学者でなくても、経営者の視点であっても、その政策を実現するための根拠や財政が無ければ、机上の空論で絵に描いた餅にすぎない、という指摘や批判は、当然かもしれません。

危機的状況に原理原則は有効か?
 
〈当選しなければ、政策を実行さえできない〉しかし他方、〈いかに人気があって当選に成功して、望ましい政策でも、根拠や財源に乏しい机上の空論ならば、やはり実現もできない〉というジレンマが、あるのでしょうか。
 しかし現状は、『また皆、きらびやかなことばかり言っている』『都政の99%は地道な仕事。次こそ、そこをわかった人に来てほしい』」『また知名度争いの人気投票になった・・・・』とならざるを得ないほどの《民主政治における地盤沈下》が起こっているような気が、個人的にはします。
 「知名度争いの人気投票」が“再び起こった”という発言からも、いまに始まったことではないのは確かでしょうが、なぜ野党共闘まで起こってしまったのか、というと、やはり《危機的状況》あるいは《地盤沈下》が起こっているからなのではないでしょうか。

 <醍醐:一つ前の記事で私が批判を向けた澤藤弁護士の論説は、おっしゃるような危機意識が背景にあるように思えます。>

 安倍政権は、平気でうそを吐く。TPP公約も簡単に反故にする。内閣支持率を底上げする為には、株式市場に年金を投下する。年金運用の公表を今年は、参院選後の7月下旬まで引き延ばす。争点を隠して選挙に勝つ。選挙に勝つためには、どんな汚い手も使う・・・・という事をしてきています。
 「だったら、仕方が無いではないか」とか、「だったら、こちらも財源の具体的根拠は無くてもいいではないか」ということを言うつもりはありません。

 ぼくは、先生のように、しっかりした政策監視者や目利きの方がいらっしゃらないと、ほんとうに〈ポピュリズム合戦〉に終始してしまうでしょう。そして、その帰結として、まったくの政治不信に陥るという悪循環になるかもしれません。
 しかし、学術者の先生の交友関係や周囲の方々は、リテラシーが高いかもしれませんが、ぼくの周囲は、先生のような政策ウォッチ力(りょく)は、誰も持ち合わせておりません――ぼくは都民ではありません――。
 「本当に根拠を持った政策をベースに候補者を選ぼうとする有権者」は、有権者全体の何パーセントいるのか、というと、本当に希少者なのではないか、と思われます。
 国政選挙では、政策を全く知らない、元SPEEDの今井絵理子が当選しました。朝日健太郎も。三原じゅん子が、神奈川県地区でトップ当選しました。

小池百合子氏がリードする都知事選の現状をどう見るか
 都知事選挙では、2階建て車両は、東海道線で20年前に導入されて、すでに失敗しているのが分かっているにもかかわらず、小池百合子は、満員電車の解消に、と二階建て電車を政策に掲げています。保育所の規制緩和で、児童の死亡事故など事故が起こっているにもかかわらず、保育所の規制緩和を掲げています。
 《核廃棄物の処理に出口がない》にもかかわらず、また《核の冬》問題が、そんなに的外れではないという科学者の声が出てきているにもかかわらず、また、地震の活動時期に差しかかっているにもかかわらず、《原発稼働》や《核武装》を唱えているが、《そんな小池百合子が、リードしている》といいます。

 <醍醐:各種世論調査で、小池百合子氏が一歩リードしていると報道されて以降、鳥越陣営から、お書きになったような小池批判のキャンペーンが強まっています。それをどう見るかも含め、次のブログ記事で都知事選について続編を書くつもりでいます。私は小池批判もさることながら、鳥越陣営には政策の粗さ、街頭での選挙活動の消極性、「週刊文春」が掲載した女性問題への対応についての疑問など、自省すべき点が多々あると感じています

 一例ですが、鳥越さんは「伊豆大島では消費税を5%にするよう政府に働きかける」と現地で発言しました。消費税増税反対論者でもこれを理解できるでしょうか? 都が島しょ助成金を増やすと言うなら、まだわかりますが。
 鳥越さんは7月25日の個人演説会で「半径250キロ圏内の原発の廃炉を求める」と発言しました。東京都知事にそんなことできるのかと、普通の都民なら素朴に疑問を感じるのではないでしょうか? よく確かめると、「東京電力に申し入れる」ということだそうです。それなら、東京電力の本社に出向いて文書を提出することで公約を果たしたことになります。が、それを「公約」と言うのでしょうか? 廃炉となれば、なおさら、都知事の管轄から離れます。 
 
 政策論から離れますが、週刊誌が掲載した候補者にまつわる女性問題への対応にも強い疑問を感じています。週刊誌を刑事告発した後は、「弁護士にすべてを委ねている」との応答ですが、こうした釈明は保守系の政治家の常套句でした。その場合、革新陣営や市民団体は、それでは説明責任逃れと厳しく批判してきたはずです。攻守入れ替わると態度が一変するのでしょうか? これでは都民は納得しないのも当然です。
 事実無根というなら、それを立証できる当事者(候補者)が進んで説明をするよう、支持政党なり市民団体はなぜ、候補者に求めないのでしょうか? これでは身内に甘い対応と都民に見られ、都民の信頼を少なからず損ねる原因となるはずです。>


| | コメント (0)

都知事選:都民も自らも欺く政策軽視の独善的議論

2016717

政策論争よりも「わが陣営の政略」を優先させる議論

 1つ前の記事で書いたような「選挙戦は政策論戦が本位」という考え方はごく常識と思いこんでいたら、そうでもないことが最近わかった。
 たとえば、次のような議論が目にとまった。

 「鳥越俊太郎の擁立がギリギリまで遅れ、宇都宮健児の不出馬が公示前日の土壇場になったため、結果的に、保守側(安倍側)に一本化の余地を与えず、保守分裂選挙に持ち込ませることができた。これが政治というものだ。公開の政策協議だの政策協定のプロセスだの言ってたら、この政治は実現してないのさ。」(「世に倦む日々」715日)

 「鳥越都政が実現するかどうかは国民にとって大きな問題だ。実現すれば、都庁に反安倍の強力な野党の拠点ができる。」(同上、同日)

 「
せっかくの4野党共闘による知事選の枠組みが人選で難航しているときに、告示間際となって鳥越候補が出現したのだ。政策は共闘成立に必要な大綱でよい。私は、出馬会見で彼が語った第3項目は、『ストップ・アベ暴走』であったと思う。中身は、改憲阻止であり、戦争法廃止である。歴史を学んだ者として、アベ政権の歴史修正主義を許せないという趣旨の発言もあった。これだけでも十分ではないか。・・・・・」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016716日)

 「果たして、細目の公約がなく都民不在であるか。もちろん、時間的余裕があってきちんとした公約ができてからの立候補が望ましい。今回の経緯では不十分であることは明らかだが、『都民不在』とまでいう指摘は当たらないものと思う。
 その理由の一つは、候補者の経歴がよく知られていることにある。候補者の政治的スタンスとそして人間性の判断は十分に可能であろう。出馬会見はそれを裏書きする誠実なものであった。都知事としての資質と覚悟を窺うに十分なものであった。
 また、4野党共闘の枠組みは広く知られているところである。立憲主義の回復であり、民主主義と平和の確立であり、戦争法の廃止であり、改憲阻止である。この枠組みに乗れる人であることが、都民に示されたのだ。それは、都政に関係がないというのも一つの意見であろうが、『候補者+4党+支持する市民』で具体的な都政の政策はこれから練り上げられることになる。それでも、けっして遅すぎることにはならない。」(同上)

 「事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みが成立して、これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。これを大切にしなければならない。多くの市民団体が鳥越支持の声を上げている。各勝手連も動き出している。政策は、おいおい素晴らしいものが体系化されるだろう。もとより理想的な展開ではないが、今回はやむを得ない。判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。都民不在という指摘は当たらないものと思う。」
(同上)

 これらの意見に共通するのは、今回の都知事選を、先の参院選で示された野党共闘の「成果」を受け継いで都知事選を反安倍政権の橋頭保づくりの機会とすること、を主要な選挙戦略に掲げていることである

 首都東京で、野党統一候補が、政権与党が擁立した候補者を破って当選するとなれば、安倍政権に大きな打撃となることは間違いない。しかし、それを都知事選の戦略的目標に掲げ、立憲主義の回復、民主主義と平和の確立、戦争法の廃止、改憲阻止を掲げて実現した参議院選での野党共闘の成功体験を受け継ぎ、発展させる場として都知事選を位置づけるのでは東京都政を国政の縮図ないしは外延とみなすのも同然である。

 しかし、そうした選挙戦略は、野党共闘陣営の政治戦略ではあっても、都民に信を問う政策のベースとなるものではないし、そうすべきものでもない。候補者が安倍政権阻止を表明したら、それで十分、政策はおいおいでよいという発言は、都民不在という以前に、われに正義ありと自認すれば、公けの場での都政をテーマにした政策論争は二の次、という独善的発想である

 「今回の都知事選挙を、『前知事の責任追及合戦』に終始し、『新都知事のクリーン度』を競い合うだけのものとするのではもの足りない」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016714日)という意見には私も同感である。
 しかし、だからといって、「都知事は、憲法の精神を都政に活かす基本姿勢さえしっかりしておればよい」、「ストップ・アベ暴走」という所信こそ肝要、「これだけでも十分ではないか」という見方は、都知事候補として都民に信を問う人物を評価する言葉としては粗雑に過ぎ、都政に関する政策を吟味して賢明な選択をしようとする都民にとっては暴論である。

公約は誰に向けるものなのか~想定支持層か? 都民か?~
 澤藤氏は前掲のブログ記事の中で次のように記している。
 「都知事は、憲法の精神を都政に活かす基本姿勢さえしっかりしておればよい。その基本姿勢さえあれば、細かい政策は、ブレーンなりスタッフなりが補ってくれる。4野党が責任もって推薦しているのだ。そのあたりの人的な援助には4野党が知恵をしぼらなければならない。」
 「事前の政策協定ができればそれに越したことはないが、ようやくにして成立した4党共闘の枠組みが成立して、これに乗る魅力的な候補者が見つかったのだ。これを大切にしなければならない。・・・・判断材料としての最低限の情報提供はなされており、さらに十分なものが追加されるはずである。都民不在という指摘は当たらないものと思う。」(「澤藤統一郎の憲法日記」2016716日) 

 それにしても、
 <鳥越氏が立候補に当たって述べた都知事候補としての基本的姿勢と野党+市民団体が推したという事実だけで判断材料としてはもう十分である、あとの細かな政策は支持母体の野党4党なり市民団体なり勝手連に任せればよい。>
という書きぶりを目にとめると、選挙の時の公約は何のためにあるのか、誰に向けるものなのか、と考え込んでしまう。

 「あとはブレーンなりスタッフなりに任せればよい」という議論は当選して始めて通用する議論であり、かつ、支持者に向けてのみ通用する身内話である。
 しかし、「公約」とは当選する前の、当選するための都民に向ける政策の所信である。
 もし、「野党4党+市民が支持している」、「細かな政策は有能なブレーンなりスタッフなりがまとめてくれる」という説明を「公約」とみなすなら、「選挙公約」とは想定支持層に信を問い、彼らを納得させるためのものということになる。

  「あなたに都政を取り戻す」という鳥越氏の選挙スローガンにある「あなた」とは「わが陣営の支持者」ではなく、「都民」全体を指すはずだ。そうなら、身内意識同然の政治的思惑で鳥越氏を支援するのは自他(自分も都民も)を欺く歪んだ発想であり、ひいきの引き倒しである。
 なぜ、「自らも欺く」のかというと、そのような都民軽視の独善的意識では、自らが掲げる「ストップ安倍政権」という呼びかけに共鳴する有権者を広げるどころか、細らせる結果になってしまうからである。
 あるいは、そうした意識で支援した候補者が当選したとしても、それは政策が支持された結果ではなく、知名度を強みにした当選、あるいは与党の分裂に助けられた当選とみなされてもやむを得ない。




| | コメント (4)

都知事選:地方行政の99%は地味な仕事、政策本位の静かな論戦を望みたい

2016717

3
候補の「公約」がようやく出そろったが
 14日、都知事選が告示され、有力3候補の弁戦が始まった。告示日から2日後の昨日、ようやく3候補の「公約」が出そろった。

鳥越俊太郎「あなたに都政を取り戻す」
http://www.shuntorigoe.com/pg_tochiji.html
 

増田寛也「増田ひろや 3つの実現~東京の輝きを取り戻すために~」
http://www.h-masuda.net/policy.html
 

小池百合子「東京大改革宣言」
https://www.yuriko.or.jp/senkyo/kouyaku.pdf
 

これらに目を通した私の感想を手短に箇条書きしたい。

 *3候補が共通して挙げているのは、「子育て」「高齢者対策」といった社会福祉、災害に強いまちづくり、東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みである。それぞれ、精粗の差はあるが、「公約」のスタンスに大差はない。

 *増田寛也氏地方行政に精通した実務型候補者という下馬評だったが、「公約」を見ると、意外にも、3候補の中で、もっとも抽象的で独自色が無い。討論会でしばしば語っていた「『待機児童解消・緊急プログラム』を策定し、8,000人の待機児童を早期解消」を「公約」の真っ先に掲げているが、早期に解消する道筋も財源も一切、示されていない。高齢者対策でも、「高齢者やチャレンジドの方が安心して暮らせるユニバーサルデザインの街づくり」とあるのみ。

 *小池百合子氏は「3つの『新しい東京』をつくります」というキャッチフレーズのもとに、
 ①「セーフ・シティ」 もっと安心、もっと安全、もっと元気な
  首都・東京
 ②「ダイバー・シティ」 女性も、男性も、子どもも、シニアも、
  障がい者もいきいき生活できる、活躍できる都市・東京
 ③「スマート・シティ」 世界に開かれた、環境・金融先進都市・
  東京
3つを挙げ、それぞれ8~10の政策細目を列挙している。
 そのうち、子育て支援については、「『待機児童ゼロ』を目標に保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制を見直す」、「保育ママ・子供食堂などを活用して地域の育児支援態勢を促進する」とし、具体的な政策を示している。この点では増田寛也氏の粗い「公約」と対照的である。
 ただし、保育所の受け入れ年齢、広さ制限などの規制緩和で保育の安心、質の確保が可能なのか、疑問がある。何よりもこれらの政策の実行を裏付ける人員と財源をどのように確保するのかがまったく示されていない。 

 *政策づくりが一番遅れた鳥越俊太郎氏は、他の2人とも共通する上記の3項目に加え、「正社員化を促進する企業の支援」、「職人を大切にするマイスター制度の拡充」といった労働・中小事業者問題に独自の政策を掲げている。また、がん検診率をまずは50%、最終的には100%へ引き上げる、住宅耐震化率を現在の83.8%から100%へ、再生可能エネルギーの割合を今の8.7%から30%へ、といった数値目標を示しているのも特徴的である。また、「人権・平和・憲法を守る東京」といった課題を掲げているのも他の2候補にはない特徴である。
 しかし、最後の項目は別として、これらの「公約」を実施するには相当な財源が必要となる。たとえば、都内の1,100万人の有権者を対象にがん検診率を100%へ引き上げるためには11,000億円の予算が必要となる(「毎日新聞」2016715日)。当面、その半分としても、どのように財源を賄うのかを示さないと机上の理想にとどまる。

実行財源の提示がない「公約」では信を問えない
 総じて、一部の候補者の一部の「公約」を除けば、いまだ、「語呂合わせのキャッチフレーズ」、「政策」というよりも「抱負」の列挙と言えるものが目に付く。特に、どの候補者も「公約」の実施を裏付ける財源が全く示されていないのは大きな欠陥である。これでは、内容が似かった上に、実行可能性が示されない点でも似かった「公約」ということとになり、別の基準(国政上の政治的スタンスなど)を選択の取りどころにする都民は別として、都政に関する政策をベースに候補者を選ぼうとする都民にとっては、判断のより所が乏しい状況になってしまう。

 ただし、財源問題をめぐって候補者間で全く論戦がないのかというとそうではない。713日に放送されたフジテレビのBSプライムニュースに3人の候補が出演し、司会者をまじえて約1時間25分、討論を交わした。

BSプライムニュースでの
財源論戦を聴いて
 その中で、地方法人課税が話題に上り、小池氏から鳥越氏に地方法人税の一部である「法人事業税」が国税化され、地方財源の偏在を緩和するため(の地方交付税)の財源にされたが、これについてどう思うかという質問が投げられた。これについて、鳥越氏は都民の財源を国が吸い上げるそのような仕組みには反対していきたいと答えた。
 問題になった法人事業税(地方税の一種)の国税化は増田氏が総務大臣を務めた福田康夫内閣の時代(2008年度~)に始まったものだが、これについて、今度は鳥越氏から増田氏に対し、次のような質問が投げられた。すなわち、先に行われた日本記者クラブでの共同記者会見の場で、増田氏は法人事業税の国税化はもうなくなったと発言した、しかし、調べてみると今でも続いている、これはどういうことか?
 これについて増田氏は、本来は国税化するのではなく、地方消費税に入れて地方に再配分するべきものと考えている、実際はどうかというと消費税率の10%への引き上げが実施されるまでの暫定的措置として導入されたため、消費税引き上げが見送られたことから、廃止されないままとなっていると答えた。ちなみに、東京都の計算によると、こうした法人事業税の国税化で、これまでに累計1.3兆円もの財源が失われた(東京都財政局「東京都の財政」20164月、8ページ)。

 このように、国の税財政とも密接に係わる地方財源をめぐって、曲がりなりにも候補者間で議論が交わされたことを私は好ましい姿と評価したい。今後は、さらに次の点で、より実りのある論戦が交わされることを期待したい。
 *他の候補への質問・批判の前に、各候補者が自分の見解、あるべきと考える政策を示すこと。
 *フジテレビでの討論では法人事業税の国税化が取り上げられたが、2014年度からは法人住民税の国税化(地方交付税の原資に組み入れて財政力の弱い地方自治体に配分する制度)が導入された。さらに、2016年度の税制改正で、法人住民税の国税化が拡大された。

 このような税制の動向からいって、その影響が甚大な東京都においては特に深い議論が交わされることを期待したい。
 *法人に関わる地方財源を論じるなら、安倍政権のもとで国税としての法人税の税率が数次にわたって引き下げられた影響を検討する必要がある。なぜなら、①地方交付税の基幹的原資に組み入れられる法人税収が減少したことが地方法人税の国税化を採用する理由の一部とされ、②法人税収の減少は地方法人税の法人税割り部分を減らし、地方税収の減少の一因となったからである。

地方行政は地味な仕事、望まれる落ち着いた政策論戦
 今回の都知事選は、与野党ともに候補者選考の段階から党中央が前面に出て、都政の選択というよりも、先の参院選の「後続選」といった様相を呈している。特に鳥越俊太郎氏で一本化にこぎつけた野党、市民団体は、与党が分裂選挙となったことから「反安倍政権の運動」にとっての千載一遇のチャンスととらえ、「ストップ・安倍暴走政権」の場として今回の都知事選を捉える意識が強い。

 

そのような風潮になじめないでいたところ、715日の「朝日新聞」に、次のような記事が掲載されているが目にとまった。

 「主要候補が並んだテレビ番組を見ていた都幹部は、こうつぶやいた。『また皆、きらびやかなことばかり言っている』・・・・『都政の99%は地道な仕事。次こそ、そこをわかった人に来てほしい』」
 ある都庁幹部は、『また知名度争いの人気投票になった・・・・』と話した。テレビで主要候補の共同記者会見を見たが、『誰の政策も全然、煮詰まっていない』と感じた。17日間の選挙戦で、具体的な都政の課題を挙げ、それぞれ方向性を示してほしいと願っている。」

 まったく同感である。

| | コメント (0)

都知事選:「政策協定」を都民に示すことが急務

2016713

 私は東京都民ではないが、日本の政治の動向に大きな影響を及ぼす都知事選の動きに思うことを書きたい。

政策不在の候補者選び
 明日の告示を控え、与党に加え、野党も前日まで分裂選挙の可能性が強まっていた。今日、日本記者クラブで開かれた共同記者会見に、自民・公明両党が推す増田寛也氏、無所属での立候補を表明している小池百合子氏、野党4党が支援を決定した鳥越俊太郎氏、元日弁連会長の宇都宮健児氏の4人が出席した。
 与党候補者が増田、小池の両氏に分裂する流れは数日前から濃厚になっていた。もつれたのは野党候補である。11日夜に民進党に立候補の意思を伝え、12日に正式に出馬表明の会見をした鳥越氏を、会見から1時間後に野党4党が共同で支援すると表明した。水面下の動きはともかく、急転直下の決定である。
 11日に民進党東京都連は古賀茂明氏に立候補を要請、古賀氏も前向きに検討すると表明したばかりだった。

 早くから、立候補の意向を表明していた宇都宮健児氏はこうした動きに、「知名度頼み、政策不在の候補者探し」と反発を強め、上記のとおり、告示日前日の今日、開かれた共同記者会見にも立候補者の1人として出席した。このままでは、野党も分裂選挙となる可能性が強まった矢先、ちょうど、この記事を書いているさなかに、一転、立候補辞退を表明した。

 前回の都知事選にあたって私は宇都宮健児氏の立候補表明、同氏の行政人としての力量と資質、過去の宇都宮選対の非民主的体質などをこのブログで厳しく批判した。その指摘に対し、今日まで宇都宮氏本人からも宇都宮選対の幹部(政党、個人)からも誠意ある応答は直接にも間接にも全くなかった。そうである以上、私の宇都宮氏とその選対幹部に対する評価は今も変わらない。

 今回の都知事選にあたって、野党統一というより、市民共同を願う立場からすると、宇都宮氏がまたも、都政の刷新を望む政党、市民団体、個人の協議を待たず、立候補の意向を表明したことに賛同できない。共同候補を検討する協議を困難にし、市民団体に分断を引き起こす要因を生んだことは否めないからだ。

 では、野党各党や市民団体は、この間、政治・行政面で信頼に足る力量と資質を備え、なおかつ、「勝てる可能性」を十分に持った共同候補を模索する努力をどれほど尽くしてきたのかとなると、きわめて不透明で怠慢である。
 鳥越俊太郎氏のジャーナリストとしての経験と力量は私も十分に評価している。告示日が迫る中、大詰めの段階で鳥越氏が野党統一候補者となったことも理解できる。しかし、それで、胸をなでおろし、あとは鳥越氏勝利のために頑張ろう、では都民不在である。それでは、判官びいきではなく、「知名度頼み、政策不在の候補者選び」という宇都宮氏の批判に一理がある。

「抱負」を「政策」へ具体化することが急務
 712日、13日に開かれた立候補予定者の共同記者会見における鳥越氏の発言を聞くと、同氏が述べた都政に関する発言は次のように要約できる。
 ①住んでよし、働いてよし、環境によしと、この3つのよしを持つ東
  京都のために自分の全力を注ぎたい。
 ②東京オリンピック、パラリンピックは、全力を挙げて輝かしい日
  本の、東京の存在を世界中に発信できるようにやりたい。ただ
  し、税金を使う以上、コンパクトでスモールな大会をめざすべき
  だ。
 ③現在の東京都に広がっている「きょうより、あすは悪くなる」と
  いう不安をなくす施策の一例として、がん検診の受診率を100
  に引き上げるよう改善していく。また、公共事業よりも待機児童
  問題、少子高齢化問題にお金を使っていく。
 ④戦争を知る最後の世代として、戦後の平和と民主主義の教育のな
  かで育ってきた第一期生として、憲法改正について考えていく。

 どれも、都政を担う政治家、行政人が今日の東京都が置かれた状況に照らして、避けて通れない問題である。しかし、また、どの発言も「抱負」であって「政策」「公約」と言えるものではない。それぞれについて、肉付けをし、都民に信を問うに足りる具体策に練り上げる作業が急務である。

 ①の「3つのよし」は何人も異論がない抽象的な理念にとどまる。②の簡素なオリンピックは、どの候補者も掲げるにちがないスローガンである。
 具体的な政策といえるのは③だが、総体としての社会保障政策が不在のまま、「がん検診の受診率を100%」と語られると唐突な感を否めない。待機児童問題、少子高齢化問題となると、施設用の土地と財源を確保する目途を示すことなしには誰もが口にする机上の空論で終わる。
 ④は改憲が日程に上った今日、重要なテーマであるが、都政のレベルでどう具体化するのか、たとえば石原都政時代以来、続いている学校行事の場での国旗・国歌への起立・斉唱の強制問題にどう向き合うのか、などを示し、都民の信を問うことが求められる。

 こうした都民に向ける政策、公約が告示日の前日になっても不在のまま、4党の合意で候補者だけが決まるというのは異常である。

地方自治不在・政党中央主導の候補者選びがまかり通る異常
 告示日前日まで政策づくりが進まず、候補者選びがもつれた大きな原因は、与野党を問わず、参議院選が終わるまでは作業を見合わせるという判断がまかり通ったからである。
 小池百合子氏はこうした党本部、都連の対応に業を煮やし、自民党の公認なしでも立候補するという意思を表明した。増田氏は参院選の結果が判明するのを待ちかねたように自民党に推薦依頼をし、同党都連は直ちに増田氏擁立を決定した。その間、どのような政策協定があったのか、都民には何も知らされていない。

 野党の場合は「日替わり候補者選び」といってもよいほど、混迷した。それも支持母体の政党、市民団体との政策の合意に手間取ったというより、参院選での4党共闘の枠組みを踏襲したい各党中央の意向に沿う候補者を探すのに手間取ったというのが実状のようである。そのため、自民党の場合以上に、野党、特に民進党では党中央と都連の意思がしばしばすれ違い、それが候補者選びを混迷させる大きな要因になった。

 その象徴は鳥越氏を擁立する4党と鳥越氏の共同会見に並んだ野党の顔ぶれが、すべて都連の代表者ではなく、党中央の幹部だったという点である。
 首都東京といえでも、一地方自治体である。辺野古移設を強行しようとする政府の姿勢を沖縄の自治権侵害と訴える野党が、東京都の知事選となると、東京都の自治権を無視するかのように党中央が候補者選考の前面に出るのはどういうことなのか?
 舛添氏の政治資金使用をめぐる公私混同を追及した時は、当然のことはいえ、各党都議団が前面に立った。にもかかわらず、後任の知事候補選びとなると、各党の都連ではなく、党中央が取り仕切るのはどうしてなのか?
 各党の内部自治とはいえ、自民党のように国会議員が都連の幹部を占めるのは、国と地方の自立した対等の関係を確立するうえで好ましい姿とは思えない。
 こうした与野党に共通する実態は、都民と東京都の自治よりも、政党の内部事情、思惑が優先される内向き志向の弊害が露出したものと思えてならない。

都民に信を問うに足る政策を一日も早く
 遅きに失したとはいえ、私は鳥越俊太郎氏が野党と市民団体の共同候補にふさわしい、都民に信を問うに足る、充実した政策を一日も早く練り上げ、都民に示すことを強く要望する。

 

 

| | コメント (0)

安倍政治批判、野党共闘、日本共産党の政治姿勢について思うこと

201674

 (以下は昨夜、知人のAさんに送ったEメールである。このブログへの転載に当たっては一部、表現を加除した。小見出しも付け加えた。)


 私のように気分が乗った時、手が空いた時に不規則にブログを更新する人間にとって、欠かさず、ブログを更新されるAさんの様子に馬力の違いを痛感しています。

 有権者はなぜ安倍政治を支持し続けるのか?
 最近お書きになっている記事に一貫して流れているのは、護憲への熱意と安倍政治への徹底した批判と思えました。
 しかし、私は、安倍政権批判が足りないというよりも、なぜ、それでも有権者は安倍政権を支持するのかを立ち止まって考えることの方が重要ではないかと思っています。
 民主主義が往々、「愚民の数の力に支えられた民主主義」に堕落しがちなことは確かです。しかし、今の安倍政治を支持する民意を「愚民」と言ってしまえるのか、疑問です。

 積極的な安倍支持者は別して、消極的な安倍支持者の主な支持の理由は、次の2つではないかと思います。
 ①安倍(自民党)政権に代わり得る受け皿が見当たらない。
 ②安倍政治に幻想を持っている。
 
 ②が主であれば、安倍政権を徹底的に批判することが重要ですが、その場合も、安保関連法を、誰もに自明のように「戦争法」と呼称してかかるやり方では、「幻想」を解くのにほど遠く、逆に決めつけに対する反感を買うおそれもあると思います。
 今の野党共闘陣営(日本共産党も含め)には、借り物ではない、自分の言葉で、意見が異なる人々と対話する能力が決定的に欠けていると日々、感じています。

 しかし、議論が前後しますが、私は安倍政治に対する支持が持続する主な理由は上記の②ではないと考えています。なぜなら、安保法、憲法改定、消費税増税、原発再稼働、沖縄基地問題など、どれをとっても過半の有権者は安倍政権の中核的政策を支持していないからです。
 このように個々の主要な課題では安倍政権の政策に過半の有権者が反対であるのに、内閣支持率なり、自民党支持率なりが持続するというねじれが起こる主な理由は、文脈からして①と言うほかないと思います。

 「野党共闘」の内実を問う
 こういうと、「だからこそ、今回の参議院選挙にあたって実現した野党共闘に大きな価値がある」という答えが返ってくるのかもしれません。
 しかし、私は今回の「野党共闘」に冷めた見方をしています。そのわけは、一つには、当事者(野党各党)の間で真にどこまで政策の一致があるのか、疑問だからです。Aさんは改憲阻止を野党共闘の大義に据えておられますが、野党共闘で当選した民進党の候補者は選挙後、本当に改憲阻止で一貫した行動をするのでしょうか?
選挙戦のさなかに、改憲阻止を叫んでも、民進党所属議員である以上、選挙後、「党として○○と決定した以上、私はそれに従わざるを得ない」という口上で、改憲阻止の「共通公約」が脇に追いやられる可能性が低くないと思っています。
 そうならないためには、野党共闘=既存の野党間の候補者調整、ではなく、比例区も含め、市民が主体的に無党派の候補者を擁立し、それを既存の野党も共同推薦するという形をなぜ組めなかったのかという気がしてなりません。それに部分的に該当するのが小林節氏のグループだけというのは寂しすぎます。

 日本共産党の中途半端な自衛隊論
 共産党の志位委員長が昨日、「今は自衛隊が合憲か違憲かは問題でない。自衛隊の海外派兵を阻止することこそ重要だ」と演説しているのをNHKの夜7時のニュースで見ました。一見、共感を得やすい議論ですが、立ち止まって考えると底抜けする発想だと思います。
 なぜなら、自衛隊の海外派兵という場合、国連のPKOへの参加という形も考えられますが、より本格的なのは日米共同の軍事行動だろうと思います。現に、そのための共同訓練が常態になっています。

 「防衛」予算が5兆円を超え、重厚な装備を備えた自衛隊によって、日米共同の軍事行動がスタンバイの状況になっている現状で、自衛隊の海外派兵阻止というなら、ここまで肥大化した自衛隊の存在自体の違憲性を問うのが全うなはずです
 そのような正面からの問いかけをせず(脇に置いて)いかにして自衛隊の海外派兵を阻止する運動をおこすというのでしょうか?
 安保関連法の違憲性を主張しながら、法を施行する際に武力行使の中核を担う自衛隊の違憲性は棚上げするという議論を、私は全く理解できません
 国民の間で抵抗を生みそうな議論に蓋をするというポピュリズムが透けて見えます。

 内実が伴わない「立憲主義を取り戻す」の公約
 「立憲主義を取り戻す」という点も大きな「共通公約」となっていますが、内容はいかにも曖昧です。というより、特段、縛られることもない曖昧な内容だからこそ、「共通公約」になったというのが実情ではないでしょうか?

 「立憲主義」の中身は「個人の尊厳を大切にすることだ」という説明がされています。それなら、共産党は、従軍「慰安婦」の尊厳に再度、塩を塗るような昨年末の「日韓合意」をなぜ前進と評価するのでしょうか? 
 オバマ大統領の広島訪問をかなえるためなら、原爆投下に対する米国の謝罪も事実上、棚に上げるような不条理になぜ同調したのでしょうか? 
 存在自体が人間の不平等、差別の権化といえる天皇が高座から「お言葉」を述べる国会開会式に同席して一礼するという行為を、共産党はなぜこの時期に始めたのでしょうか?
 支持を広げるためなら、こういう不条理、同調圧力にも順応するという態度では、共産党の理性はどこまで劣化するのか、計りかねます。

 

 野党4党、特に共産党は、今回の「野党選挙協力」を画期的な出来事と連日、機関紙でPRしています。しかし、少し、立ち止まって内容を確かめると、共闘優先のあまり、まとまりやすい点に照準を当てたという気がします。これで本当に選挙後に有権者に責任を負う選挙共闘といえるのか、大変、疑問です。
 「野合」批判はためにするものですが、それに反論したからといって、「共闘」の中身の価値が立証できるわけではありません。

 異論と真摯に向き合う姿勢こそ
 以上、述べてきたことは私の特異な思想なり、背景事情から生まれたものでしょうか? 私は野党共闘なり、共産党に他意、悪意を抱く動機をなんら持ち合わせていません。むしろ、私が指摘したような疑問、異論が政党内や支持者内から全くといってよいほど聞こえてこないことに大きな疑問、気味悪さを感じています。

 上のような疑問を向けると、必ずと言ってよいほど「利敵行為論」が返ってきます。宇都宮選挙の時も体験しました。しかし、異論、批判に真摯に向き合わない体質が国民と溝を作る要因であることに、なぜ気づかないのでしょうか?
 「今は○○が大事だから」という物言いで、組織の根深い体質にかかわる問題や自らの政策に宿る未熟な部分を直視しない態度を、いつまでとり続けるのでしょうか? 

| | コメント (3)

TPPは地域を壊し、地産地消を脅かす。批准は許されない

2016331 

 昨日(330日)、「TPPを批准させない3. 30 国会行動」が行われた。主催は「TPP批准阻止アクション実行委員会」。私も呼びかけ人に名前を連ねた「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は賛同団体に加わり、私は個人としてこの日の行動の呼びかけ人に加わった。行動は3部制で行われた。
 第1部(1430分~1630分):衆議院第2議員会館前での座り込
                                                  み行動
 第2部(1700分~1830分):決起集会(憲政記念館ホール)
 第3部(1900分~2000分):国会請願キャンドルデモ

 私は都合により、第3部の行動には参加できなかったが、第2部で、呼びかけ人の1人として、植草一秀さん、内田聖子さんとともに、短いスピーチをした。事前に司会者から5分でという指示を受けていたので、散漫なスピーチにならないよう、今の時点でぜひ話したいと思うことを持ち時間の中で話せるよう、用意した原稿を読み上げる形にした。もう少し、その場の話し言葉で発言した方が親しみを持っていただけたのではと、後で反省したが、とにもかくも限られた時間で言いたいことは言えたかなと思っている。
 以下、読み上げ原稿を転載しておきたい。
 なお、第2部の集会の模様はIWJの記録録画が次のように、ネットにアップされている。

  TPPを批准させない3.30集会 in 憲政記念館ホール IWJ 録画
 
 http://www.ustream.tv/recorded/85065028
  (右サイドバーの「2016/03/30 16:50」)

UPLANの録画もyoutubeにアップされている。
    https://www.youtube.com/watch?v=6VKR7kXNJxk
  (私のスピーチは7:251300

 11
40秒~ 呼びかけ人あいさつ 原中勝征(前日本医師会会長)
 16
40秒~3900秒 呼びかけ人スピーチ
               醍醐 聰、植草一秀、内田聖子
3950秒~1時間1100秒 各党代表あいさつ
               民進党、無所属、日本共産党、社民
               党、生活の党
1時間1500秒~ 制服向上委員会 スピーチ&うた
1時間2100秒~ 各界参加者決意表明

 -------------------------------------------------------------------

    3.30憲政記念館集会スピーチ 読み上げ原稿

                          醍醐 聰

 皆さん、こんにちは。安倍首相は3月3日の参議院予算委員会で、TPP交渉において日本は勝利した、と誇らしげに発言しました。どうしてでしょう? ほとんどの国が98%の農産品の関税を撤廃したのに対し、日本は82%にとどめたからだ言うのです。しかし、これは、安倍首相の過剰な自己愛に災いされた実績詐称のホラフキです。
 日本が関税を撤廃した82%の品目の中には、政府がTPP交渉に参加する時に「聖域」とした170の重要品目が含まれています。交渉からの脱退も辞さず守るよう、国会でも決議された「聖域」のうちの29%の農産品の関税を政府投げ売りしたのです。

 さらに、「日本農業新聞」の調査によると、関税を守ったと政府が言う農産品の細目のうちの20は既に関税がゼロになっていたもので、これ以上、下げようのないものでした。こんなデタラメな説明を国会で通用させてはだめです。

 TPP協定文書には私たち市民にとっても日本の国家主権にとっても毒素が随所にちりばめられています。ここでは、地域経済をこわすという毒素について考えてみたいと思います。
 今、日本の各地で「地産地消」の取り組みが続けられています。直売所での地元産品の販売、地元農林水産物を活用した加工品の開発、学校給食での地元農林水産物の利用などを通じて、生産者と消費者が「顔の見える繋がり」をつくり、地域の活性化、流通コストの削減を図ろうという取り組みです。
 農水省は学校給食における地場産物の利用割合を2015年までに30%以上にするという目標を掲げて地産地消を奨励してきました。

 ところが、TPP協定文書の投資の章を見ると、自国の領域において生産された物品を優先的に購入するような措置は許されないと定めています。となりますと、外国産品も出回っている中で、学校給食などで地元産品の利用を奨励することは、内外無差別の原則に反するとして海外食品企業から、ISDS条項を使った訴訟を起こされる恐れが出てきます。政府調達の章でも、入札にあたって現地調達を行ってはならないとされています。
 こうしたルールは既に日本も加盟しているWTO政府調達協定で定められた水準と同等であり、新たな懸念には及ばないと政府は説明しています。

 しかし、2012年に発効した韓米FTAには内外無差別原則は盛り込まれていませんでしたが、韓国政府は、この協定に入れられたISDS条項で米国企業から訴訟をおこされることを恐れて地方自治体に地産地消の条例を止めるよう指示しました。その結果、約9割の自治体が「地産地消」の条例を変更し、米国産品も選べるような表現に直しました。
 さらにTPP協定では3年以内に、国際入札を義務付ける対象範囲、基準額を再交渉すると謳っています。
 地域主権、地域経済を脅かし、地産地消の流れに逆行する危険な船に乗ることはぜったいに阻止しなければなりません。

 皆さん、たとえ、お腹にパンチをくらおうと(注)、私たちには道理と大義があります。今の国会でTPP協定の批准を阻止し、さらにアメリカ、カナダ、日本が足並みをそろえれば、TPP協定を永久に葬り去ることができます。ともに頑張りましょう。

 (注)「たとえ、お腹にパンチをくらおうと」という台詞は唐突に
    思われたかもしれないが、次のような報道を念頭に入れて
    使った言葉である。

 「自民・山田俊男氏、農協関係者に暴力 党幹部が公表」
 
(朝日デジタル 20163252132分)
 http://www.asahi.com/articles/ASJ3T652DJ3TUTFK01S.html
 
 「自民党の山田俊男参院議員(比例区)が18日の党会合に出席した際、農協関係者に対して暴力を振るっていたことが25日、明らかになった。伊達忠一党参院幹事長が同日の記者会見で、「本人に話を聞いた。事実関係を認めていた」と説明した。
 山田氏は、食品の原料原産地表示をテーマにした会合の終了後、出席者の農協関係者と口論になり、腹部を素手で殴ったという。伊達氏によると、山田氏は党参院執行部による事情聴取に対して「親しい間柄で、暴力の認識はなかった。迷惑をかけ、申し訳なかった」と謝罪したという。
 山田氏は農協の組織内候補として2007年参議院で初当選し、2期目。」

35_3 TPP影響試算の一環として訪問したJA北海道中央会で
 (2013年5月14日 醍醐聰撮影)

35_4 同上。帯広市での調査を終えて出かけた帯広市内緑ヵ丘公園内の中
 城ふみ子の歌碑(2013年5月16日 醍醐聰撮影)

  母を軸に子の駆けめぐる原の晝 木の芽は近き林より匂ふ    





| | コメント (2)

宮城県の民共政策協定を全国へ

2016325

 宮城県での画期的な民共政策協定
 
 32日、民主党宮城県連と日本共産党宮城県委員会は定数1となった今夏の参議院宮城選挙区の候補者を民主党現職の桜井充氏に一本化することで合意した。私が注目するのは候補者1本化にあたって両党が交わした以下のような6項目の「政策協定書」である。

政策協定書
 
1)立憲主義に基づき、憲法違反の安保関連法廃止と集団的自衛権行使容認の
  7. 1閣議決定の撤回を目指す。
2)アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する。
3)原発に依存しない社会の早期実現、再生可能エネルギーの促進を図る。
4)不公平税制の抜本是正を進める。
5)民意を踏みにじって進められる米軍辺野古新基地建設に反対する。
6)安倍政権の打倒を目指す。

民主・共産、政策協定調印式(ニュース録画)
 https://www.youtube.com/watch?v=ss3fMgYdRHw
201632日、FNN Local

 なぜ、私はこの「政策協定書」に注目し強い賛意を表すのか? 私は無力を承知で、昨年1215日に野党5党の党首宛てに次のような要望書を提出した。

「目下の重要課題を共通公約に掲げた選挙協力を」~来年の参議院選に臨む野党各党への要望書~
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/yobosho_yato_toshu_ate20151215.pdf

 要望書の骨格は、野党の選挙協力の前提となる政策合意を「安保関連法の廃止」に絞るのではなく、
 2. 移設条件なしの普天間基地閉鎖、辺野古基地建設阻止
 3. 出口がふさがった原発再稼働は認めない
 4. 税制・財源に関する具体的対案
も含めるよう求めるというものだった。その時アップしたブログ記事に、それぞれの
項目、特に4について肉付けした説明を書いているので、ご覧いただけると幸いである。

参議院選挙の共通公約について野党党首に要望書を提出」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-4299.html 

 今回の宮城県での民共両党の政策協定書は、私も要望した安保関連法廃止からさらに踏み込んで「集団的自衛権行使容認の7. 1閣議決定の撤回を目指す」と明記しているのはたいへん意義深い。「安倍政権の打倒を目指す」が協定書に入っているのも合意の基礎を固める上で意義深い。

 と同時に、安保関連法廃止に加え、私も強く要望した「辺野古新基地建設反対」、「不公正税制の抜本改革」も含まれていることにむろん賛同する。さらに、私が、野党間の合意可能性を考慮して、「原発再稼働を認めない」とした点について、再稼働反対からさらに踏み出して、「原発に依存しない社会の早期実現、再生可能エネルギーの促進を図る」と謳ったのは貴重な合意であり、強く支持したい。
 また、民共両党の政策協定の2つめの「アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する」も時宜にかなった合意であり、今後はその具体化が求められる。

宮城県の「政策協定」を全国へ、全野党間へ
 
 日本共産党の中島康博県委員長は、「政策協定」調印式の場で、
「安倍内閣が締結しようとしている環太平洋連携協定(TPP)には反対」、「安倍内閣が進める消費税10%への増税に反対」の2点を、今後の政策協議の中で検討することを求めていくと発言している。
 私は既成の6項目だけでも大きな意義があると考えるが、さらにこれら2点が合意に加わるなら、いっそう価値ある政策協定となる。かつ、それは、選挙時の政策協定にとどまらず、今後の政権構想を協議する時の土台にもなると思われる。
 維新の会と合流して民進党となった旧民主党が当面は宮城県レベルで、この「政策協定書」を誠意をもって実行することが求められる。

 と同時に私が強く要望したいのは、この6項目(ないしは8項目)の政策合意を宮城県にとどめず、また、民主党・日本共産党2党間にとどめず、①全国化すること、②全野党の合意に広げること、である。
 今回の宮城県における民主・共産両党の6項目の政策協定は、どれも宮城県に固有のものではなく、全国の選挙区、ひいては国政レベルにも当てはまるものであり、各地域、各党間で合意が可能なものばかりである。なによりも各地の市民団体、野党各党に要望したいのは、宮城県での先駆的な政策合意を全国に、全野党間に広げる努力である。

問われる税制改革の中身
 なお、今回の宮城県での政策協定の4番目の「不公平税制の抜本是正を進める」は、2番目の「アベノミクスによる国民生活の破壊を許さず、広がった格差を是正する」という政策を実行する上での財源確保という意味を持っている。多くの国民は野党が掲げる格差是正、社会保障の充実という公約に共感は持っても、直ちにそれが野党支持につながらない最大の壁は「財源の目途があるのか」という疑問である。
  この疑問を解消するためにも、「不公正税制の抜本的是正」という政策合意の中身を具体化することが不可欠である。そこで私は、

 ①消費税10%への引き上げの(延期ではなく)撤回
 ②法人税減税の中止、当面、安倍政権下で進められた不合理な法人
  税率引き下げをもとに戻す(40.69%→32.11%)、それによっ
  て約4兆円の税収を確保する、

という税制改正案を提案してきた。
 ①の消費税10%への引き上げは、景気低迷の中、安倍政権もためらいを見せているが、10%への引き上げ「延期」ではなく、「撤回」が重要である。でないと、不公正税制の根は残るばかりでなく、個人消費底上げの効果も乏しくなる。
 しかし、①だけでは、「穴が開いた財源をどうするのか」という議論が起こるのは必至である。そのような議論に備えるためにも、②を①と併せて政策合意する必要がある。
 ただ、さらに言うと、消費税率を8%に据えおくことによって税収見込みは4.4兆円ほど減少する。これをまかない、かつ今後も増加していく社会保障財源を確保するには、別途、規模の大きな税収が必要となる。

留保利益税の創設に向けた議論を
 そうした財政需要面からのニーズと不公正税制の是正という面からの要請を共に満たす税制改革案として、私が提案しているのは、約343兆円(金融・保険業を除く全規模の法人計、2015年度第一四半期末現在)に上る留保利益への課税である。提案の骨子は、資本金1億円以上の法人が保有する留保利益に当面2%の税率で課税をするというものである。この提案でいくと当面、約5.4兆円の税収を確保できる。
 留保利益課税の根拠、二重課税論への反論など詳細は、日本科学者会議東京支部『個人会員ニュース』No.10620151210日発行、に寄稿した次の拙稿をご覧いただけるとありがたい。

 醍醐 聰「留保利益課税の提案」
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/ryuhoriekikazei_no_teian.pdf

 企業が労働分配を抑え、低賃金の非正規雇用を増やしながら、内部留保(留保利益)を増やし続ける現実について、麻生財務相も「守銭奴」と批判し、安倍首相もたびたび経団連首脳を呼んで、賃上げに回すよう要請した。しかし、企業業績が堅調に推移している今春闘でも賃上げは低迷した。

 そもそも労使の賃金改定交渉に政治が介入することに問題があるばかりか、政府の要請が実効性を持つ保証はどこにもない。また、給与は年々の税引き前の企業利益を算定する手前で差し引かれる費用であって、既に積みあがった留保利益を減じるものでもないし、留保利益の活用を意味するものでもないことは会計学のイロハである。


 留保利益の活用というなら、直截に留保利益を課税対象とした法人税の補完税(過去の不公正な税制・社会保険料負担・労働分配などによって適正に課税されなかった企業利益に対する補完税)を課し、それによって増加した税収を社会保障財源などに充てるのがもっとも適正で公正な税制である。この点を政府、野党を問わず、熟慮されるよう強く求めたい。とりわけ、現政権に代わる政権を目指す野党には強く検討を要望したい。また、この留保利益課税は、理解さえ行き届けば、多くの国民の支持を得ることが十分可能な税制だと私は考えている。

| | コメント (1)

より以前の記事一覧