徴用工判決:河野外相の韓国政府への責任転嫁論は奇弁

20181119日 

 河野外相は113日、神川県内の街頭演説の中で次のように発言した。

 
「河野太郎外相は3日、神奈川県茅ケ崎市で街頭演説し、日本企業に賠償を命じた韓国人元徴用工訴訟判決に関し、韓国国民への補償は韓国政府が責任を持つ取り決めになっているとの考えを示した。1965年の日韓請求権協定に言及し『日本政府は一人一人の個人を補償するのではなく、韓国政府にその分のお金を経済協力として渡した』と強調した。」
 
(「徴用工判決 河野外相『韓国政府が責任持ち補償を』」「毎日新聞」2018
  113 2237)
 
https://mainichi.jp/articles/20181104/k00/00m/030/071000c?pid=14509

 
以下、この河野発言の真偽を逐条的に検討したい。

「個人への補償分を一括、経済協力として韓国政府に渡した」は本当か?
 1965年の協定書本体と附属の議定書には日本国は大韓民国に対して、経済協力の目的で一括して供与、貸付けをするという明文はあるが、「個人への補償」という記載は一切ない。
 繰り返しになるが、協定の第1条第1項では、「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済発展に役立つものでなければならない」と明記され、同条第1項(a)で、日本が韓国に無償供与する3億米ドル相当は全額現金でではなく、日本の生産物、及び日本人の役務で供与するものと明記された。
 また、同条同項(b)で、日本が韓国に対して行う2億米ドル相当の貸付は、この協定にしたがって実施される経済協力事業に必要な日本の生産物、日本人の役務を調達するために充てるものと明記された。
 
 こうした条文から考えて、日本政府が韓国政府に渡す供与、貸付けは金銭(同等物)に換価できない生産物、役務だったから、分割して韓国の元徴用工に分配することは使途の点でも形状の点からも不可能だった。

 もっとも、協定成立に至る日韓政府間の交渉の過程で、韓国政府は、日本から受領した無償3億ドルは、請求要綱に記した各項目を積み上げたものではなく、総額決定方式で包括的に決定されたが、そのうちの相当金額を強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任がある、との公式意見を述べていた(「大法院判決、仮訳、9ページ)
 しかし、大審院判決も指摘しているように、無償供与3億円は政府、個人の請求権を項目ごとに積み上げたものでないばかりか、請求権と代価関係があるのかどうかも明らかでなかった。そもそも協定第1条で、経済協力として一括供与・貸付けされたものを個人の請求権の決済に充てるという発想自体に無理があった。
 協定発効後、後述のように、韓国政府が「強制動員犠牲者」に幾何かの資金を給付したが、それは大韓民国政府が独自に道義的次元から行った「補償」であり、その金額は被害者補償としては不十分なものだった(大法院判決、仮訳、9ページ)。また、今回、元徴用工が求めた「賠償」でもなかった(この点、後述)。
 
「韓国政府が責任を持つ取り決めになっている」は本当か?
 これも、協定書本体にも附属の議定書にも交換公文にも、該当する記述は一切ない。韓国政府が負ったのは、供与および貸付けを、大韓民国の経済発展に役立つものに充てるという責任だった。だから、厳密にいうと、供与等を換価処分して個人に分配することは協定の第1条第1項に違反する行為だった。

 もっとも、協定は1965814日に大韓民国国会で
批准同意され、これを受けて大韓民国は1969219日に「請求権資金の運用及び管理に関する法律」、続いて「請求権申告法」を制定して、補償の対象となる対日民間請求権の正確な証拠と資料を収集する作業を準備した。
 その上で、大韓民国政府は1974年に通称「請求権補償法」を制定し、1976630日までに83519件に対して合計9187693000ウォンの補償金を支払った。これは割合に換算すると、無償提供された請求権資金の約9.7%に当たった。(以上、「大法院判決」張界満・市場淳子・山本晴太仮訳、58ページ参照」

 これと関連して、大韓民国政府が2005年に一部を公開した日韓請求権交渉の経過を記した文書によると、交渉当時、韓国政府は、日本から受領した無償3億ドルは、請求要綱に記した各項目を積み上げたものではなく、総額決定方式で包括的に決定されたが、そのうちの相当金額を強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任があるとの公式意見を述べていた(「大法院判決、仮訳、9ページ)

 以上のような交渉経緯を確認した上で韓国大法院は次のような結論を下した。

 「本件で問題となる原告らの損害賠償請求権は日本政府の韓半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(以下、「強制動員慰謝料請求権」という)である点を明確にしておかなければならない。」(判決文、仮訳、11ページ)

 「②原告らは、・・・・その後日本で従事することになる労働内容や環境についてよく理解できないまま日本政府と旧日本製鉄の上記のような組織的な欺罔により動員されたと見るのが妥当である。」
 「③さらに、原告らは成年に至らない幼い年齢で家族と離別し、生命や身体に危害を受ける可能性が非常に高い劣悪な環境において危険な労働に従事し、具体的な賃金額も知らないまま強制的に貯金をさせられ、日本政府の過酷な戦時総動員体制のもとで外出が制限され、常時監視され、脱出が不可能であり、脱出の試みが発覚した場合には過酷な殴打を受けることもあった。」(判決文、仮訳、12ページ)

 「(1965年の日韓)請求権協定は日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するための協定ではなく、基本的にサンフランシスコ条約第4条に基づき、韓日両国間の財政的・民事的な債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのものであったと考えられる。」「従って、上記の『被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の返済要求』に強制動員慰謝料請求権まで含まれるとは言いがたい。」(判決文、仮訳、1213ページ)

 このように見てくると、
 ①河野外相が言うような「取り決め」は1965年の日韓協定文ならびにその附属文のどこにも明記されていない。仮に非公開の「密約」として取り決めが交わされていたとしても両国の国会で協定文が批准される際に公開されていないから、法的効力はない。

 ②大韓民国が国内的措置として「強制動員被害者」への補償金を支払ったのは事実であるが、それはあくまでも協定を離れた大韓民国政府による独自の道義的次元の措置であり、支払われた補償金と、協定に基づいて日本が経済協力として無償供与した生産物、役務との相関関係は、質的にも金額的にも、見い出せない。

 ③そもそも、日本からの供与:貸付けの目的を「経済協力」とすることにこだわったのは日本政府だった。これについては、このブログにアップした一つ前の記事で紹介した椎名外相の国会答弁に加え、政府は次のような国会答弁をしている。
 
 「国務大臣(佐藤榮作君)・・・・私は急転直下解決したとは実は思わないのです。十四年間の積み重ねで初めて解決したと、かように私は思います。池田内閣時分に大平・金メモができ上がって、そうして請求権問題が経済協力の形で話が進んだ。これあたりも大きな積み重ねの一つであります。」
(参議院、日韓条約等特別委員会会議録、19681126日)

 「国務大臣(椎名悦三郎君) あくまで経済協力でございまして、日本といたしましても、この供給する資金が、真に韓国の経済建設のために最も有効に役立つ方法であるかどうかというような点を十分に審議いたしまして、そしてこの供給に応ずる、こういう仕組みになっておる次第でございまして、・・・・」

 このような日本政府の説明から見ても、日本が無償供与した3億ドルを以て韓国政府が元徴用工を含む個人の請求権の充足させるよう取り決めたと見るのはあまりに無理な解釈である。
 
「賠償」か「補償」か
 ここで、注意したいのは、協定交渉当時、また協定締結後、日本政府が無償供与の性格を「賠償」とみなすことを拒み続けたことである。
 日本からの供与を「賠償」とみるか、「補償」とみるか、あるいは「経済協力」とみるかは、それと相対する「請求権」の性格を見極める上で決定的な意味を持つ。これについて、大審院判決で、多数意見を補充する意見を示された金哉衡大法官、金善洙大法官の意見の中で以下のような理由を列記して、協定により放棄された「請求権」には「不法行為」を前提にした「慰謝料請求権」は含まれていなかったと指摘している。

 ①日韓請求権協定は、基本的にサンフランシスコオ条約第4条(a)で定められた「日本の統治から離脱した地域の施政当局・国民と日本・日本国民の間の財産上の債権・債務関係」を解決するためのものであることは明らかである。したがって、ここでの「債権債務関係」は日本の植民地支配の不当性を前提とした精神的損害賠償請求権が含まれる余地はない。

 ②第一次日韓会談において韓国側が提示した8項目、具体的にはその第5項の「大韓民国法人または大韓民国自然人の日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済要求」は財産上の請求権(例えば、徴用の対価として支払われるべきだった賃金の未収分など)に限定されたものであり、不法な強制徴用に対する慰謝料請求権まで含まれていると見ることはできない。
 また、ここでの「徴用」は国民徴用令による徴用だけを意味するのか、募集方式、官斡旋方式による強制動員まで含むのかも明らかでない。

 ③前記第5項では「補償金」という用語を使用しているが、これは適法な「徴用」を前提した用語であり、不法性を前提した「慰謝料」を含まないことは明らかである。
 ちなみに、当時の大韓民国と日本の法制では、「補償」は適法な行為に起因する損失を填補するもので、「賠償」は不法行為による損失を填補するものとして明確に区別していた。
 (以上、判決、仮訳、4345ページ)

 こうした2名の大法官の多数意見を補充する意見は、「請求権」の内容を十分吟味しないまま、政治決着を急いだ当時の韓国政府に対する厳しい批判となっている。

供与を請求権の対価と見ることを否定した日本政府
 しかし、だからと言って、今回の旧徴用工の請求は韓国政府が負うべきと主張するのは条理に反する。なぜなら、そもそも、供与を「賠償」とみるのを忌避したのは日本政府であり、「請求権の対価」とみなすことさえ忌避したのも日本政府である。
 そして、その根底にはアジア諸国に対する日本の侵略責任、旧植民地住民を従軍「慰安婦」、徴用工等として強制動員し、その人権、人間としての尊厳を蹂躙した責任を問い、問われることを頑なに拒む、あるいは侵略・植民地支配責任を薄めようとする、忌まわしい「自虐史観」があった。また、今もこうした史観は日本政府にとどまらず、国民の間にも、広く、根深く残っていることを直視しなければならない。
 
 たとえば、日本政府は、国会審議の中で、1965年の日韓協定で合意された「供与」が請求権の対価ではなく、純然たる経済協力であるとする答弁を繰り返してきた。

 「国務〔注:外務〕大臣(大平正芳君) ・・・・それから請求権の問題と経済協力の関係でございますが、私どもがいま大筋の合意を見ておりますのは、純然たる経済の協力でございまして、請求権の問題とは直接の関連はございません。われわれが目ざす有償無償の経済協力を将来にわたってやるということを約束することによりまして、その随伴的な結果として、平和条約にいうところの請求権の問題が解決したことを双方認め合うと、こういう考え方に立っておるわけでございまして、経済協力は一〇〇%経済協力でございまして、請求権とは何らの関係がないわけでございます。」
(参議院「本会議」会議録、1964313日。下線は醍醐の追加)

 「○椎名国務〔注:外務〕大臣 請求権のいきさつ、経済協力と請求権の関係は、この審議のいきさつから申しますと関連はございます。そして同じく経済問題でありますから、同じ場所において取り扱っておるのでありますけれども、御指摘のとおり、この請求権の問題と経済協力の問題は、何らそこに法律上の因果関係はない。あくまでこれは有償、無償、総計五億の経済協力は、韓国の経済建設に役立つために日本がこれを供与するものであるという趣旨でございます。」
(衆議院「日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特別委員会」会議録、19651030日)

 かつて、国会でこのような答弁をした日本政府が、今回の元徴用工の賠償請求訴訟において、1965年の日韓請求権協定で一切の請求権は完全かつ最終的に解決したと語るのは自己撞着も甚だしい。

供与を「賠償」とみなすことを忌避した日本政府
 さらに、日本政府は、これまでの国会答弁の中で、1965年の日韓協定にもとづいて供与した3億ドルは「賠償」ではなく「経済協力」であるという解釈を繰り返してきた。

 「○楢崎委員・・・・私は、いまの日本政府の態度に、どうもかつての日韓併合時代の朝鮮人に対する支配者意識というものが魂の底にあって、そうしてそれがちらちらとしてまいる。・・・・あるいは、今度問題になっておる経済協力にしても、これは本来賠償的な性格を持つべきであろう、過去三十六年間の日本の支配あるいは圧制に対する償いの意味であろうと思いますが、これを、何か困っておるからやるのだというような、下に見るような関係でこの日韓会談をとらえておられるのじゃないか、こういう会談の進め方では、ほんとうに日本と韓国の両国の人民の真の正常化、友好親善にはならない、このように思うわけですが、こういう点に対して、池田内閣は、もう一ぺん根本的に、この交渉の姿勢について、私の申しましたような韓国に対する過去の圧制に対する贖罪と申しますか、申しわけないというような態度で進められるべきであろうと思いますけれども、・・・・この点についての池田総理の御見解を承っておきたい。」

 「○池田国務大臣 ・・・・請求権の問題につきましても、われわれは、誠意をもって、ほんとうに前向きに両国が手を握っていこう、助け合っていこうという気持ちで、いままでの過去の実績あるいは法律的根拠とかいうようなことを言っておってはとてもまとまりがつかぬから、いまの平和条約四条のあれを、経済協力によりまして、無償・有償の協力によりまして、そして、過去を捨てて、忘れて将来に向かっていこう、こういう気持ちが、いまあなたが言われた気持ちで、われわれの気持ちなんです。しかし、これは日韓交渉ここ二、三年のことでだんだんそれが国会にも出てきたわけなんです。二年前にはあなたのような議論はなかなか聞かれなかった。これがやはり正常化のあれで非常によくなった。私はその気持ちでいっておるのであります。だから、罪があったとかないとかいうふうなことを言うよりも、まずお互いにまっ裸になって助け合っていこうじゃございませんかということで・・・・」
(衆議院「外務委員会」会議録、196448日。下線は醍醐の追加)

 「○椎名国務〔外務〕大臣 日本は、御承知のとおり数カ国に対して賠償を支払う、現にそれを実行しておるのであります。この支払いの手段、方法が、今回の無償供与に、ただ方法論として、そのほうが便利である、いわゆる手段として便利であるという意味においてこれを採用しておるのでありまして、その本旨はあくまで経済協力である、かように申し上げます。」
(衆議院「日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特別委員会」会議録、19651030日)

 「過去を捨てて、忘れて将来に向かっていこう」「罪があったとかないとかいうふうなことを言うよりも、まずお互いにまっ裸になって助け合っていこうじゃございませんか」・・・・被害国の国民からの呼びかけならともかく、加害国の政府がこのような能天気で慇懃無礼な意識で交渉に臨み、それが玉虫色の政治決着を帰着した大きな理由だった。

問われているのは日本国民の歴史認識
 
あらためて、日本政府はもとより、日本国民が明記しなければならないのは、元徴用工や韓国政府だけでなく、韓国の民意が日韓協定交渉をどのように注視してきたかである。

 「当時の韓国国民が求めたものは、経済協力資金といった形態ではなく、植民地時代の収奪等を踏まえた賠償金であった。・・・・そうした中で、1962年に政権ナンバー2となっていた金鍾泌と外務大臣であった大平正芳の間で合意された『日本側が賠償という形ではなく、有償・無償併せて5億ドルを供与する』との内容が広まると、韓国国内は収拾がつかない状況に陥ったのである。」

 「植民地時代から20年近く経過していたものの、韓国人にとって、その記憶は創氏改名をはじめとした文化的基盤を無視した政策、および隣国に支配されたという屈辱と共に生々しく残っていた。にもかかわらず、36年間におよぶ高圧的な植民地支配が公式な謝罪のないまま『解決済み』とされることは、多くの韓国人には受け入れ難かったのである。」
 (以上、「金恵京「日韓基本条約成立過程にみる韓国の選択」、朝日新聞『WEBRONZA20171019日」)

 河野外相や歴代の日本政府が、日韓で「合意」された1965年協定の実態を吟味せず、いわんや問題の根底にあった日本による植民地統治時代の「賠償」を頑なに拒み、「経済協力」という名義で幕引きを図ろうとしてきた経緯を反省せず、「日本は無償の供与を渡した、後は韓国政府の責任だ」と言い放つ高圧的な外交姿勢を続ける限り、第2、第3の徴用工裁判が起こることは避けられない。

 こうした日本政府の恥ずべき外交を正せるかどうかは、日本国民一人一人が自力と真摯な対話を通じて歴史認識を深めるかどうか、周囲の嫌韓意識に染まらず、首をすくめず、声をあげる勇気を持ち合わせるかどうかにかかっている。



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徴用工判決:韓国政府に請求せよという小林節氏の主張は的外れ

20181119日 

 元徴用工をめぐる韓国の大法院判決について、日本政府は「1965年日韓協定で完全かつ最終的に解決済み」と繰り返している。しかし、その一方で、個人の請求権まで消滅させたものではないという従来の外務省見解を否定するつもりはないと述べている。が、「解決済み」と「消滅していない」は両立しない。

小林節氏の「韓国に請求すべき」論に条理はあるか?
 このジレンマから脱出する(?)ためか、無視するつもりか、一部の論者は、個人の請求権の存否には触れず、元徴用工は韓国政府に請求すべきと主張している。たとえば、小林節氏は『日刊ゲンダイ』の紙上でこう主張している。

 「韓国の最高司『法』府である最高裁は、その事件に判決を下すに当たり、その国際的問題に関する国際「法」(つまり条約、つまり政府の意向として既に公式に対外的に表明されたこと)を「正しく」認識して、それに従って判決を下すべきで、それが三権分立の意味である。」

 「韓国最高裁としては、本来、外交権を有する政府が署名・発効させた国家としての対外的約束(条約、これは紛れもなく国際法秩序の一部)に従い、「日本企業でなく韓国政府に補償を請求すべきである」と威厳を持って判決を下すべきであった。」
 
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/241557/2

 こういう小林氏の主張に条理はあるのか? 
 問題は、ほかでもない小林節氏自身が1965年日韓協定ならびに今回の韓国大法院の判決を「正しく」読み込んでいるのかどうかに尽きる。
 もともと、この件は韓国の個人(元徴用工)が日本企業に賠償を求めた訴訟であり、政治判断の次元ならともかく、法理論的には、元徴用工の損害賠償請求の相手方を、日本企業から韓国政府に転換するロジックはどこからも導けない。

 1965年の日韓協定書を咀嚼すれば、一つ前の記事で説明したように、本協定の実質は、請求権協定というより、「経済協力協定」だった。そのことは協定の第1条第1項の末尾に「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済発展に役立つものでなければならない」と明記されたことからも明らかだ。
 また、同条第1項(a)で、日本が韓国に無償供与する3億米ドル相当は全額現金でではなく、日本の生産物、及び日本人の役務で供与するものと明記されたこと、また、同条同項(b)で、日本が韓国に対して行う2億米ドル相当の貸付は、この協定にしたがって実施される経済協力事業に必要な日本の生産物、日本人の役務を調達するために充てるものと明記された。
 こうした条文からして、1965年の日韓協定の実質は経済協力協定であり、日本政府から韓国政府に引き渡された供与、貸付けは、元徴用工個々人に分割して分配できるものでなかった。
 また、この協定に附属して両国が交わした第一議定書の第6条陀3項では、「日本国の国民及び法人は、生産物又は役務の供与から生ずる所得につき、大韓民国における課税を免除される」と定められ、経済協力事業に参画した日本企業が当該事業から得る利益は韓国には帰属しないものとされている。
 
 このような1965年日韓協定の条文に照らすと、この協定にもとづいて日本が韓国に引き渡した供与、貸付けは経済協力事業に充てる旨、使途が特定され、分割して個人に分配する(できる)趣旨のものでなかったことは明らかである。
 したがって、1965年日韓協定の実質は、少なくとも韓国の元徴用工らから見れば、請求権を整理・決済する協定ではなかった。また、国家間の次元でいえば無償供与の部分に何らかの「補償」の意味があったとしても、貸付けの部分を含め、全体としては、国家間の経済協力協定とみるべきものだった。

 さらに、本件裁判で元徴用工が請求したのは、戦時下の反人道的不法行為に対する慰謝料で、それらは日韓請求権協定の交渉過程で韓国側が提出した8項目の請求外のものだった(大法院判決、張界満・市場淳子・山本晴太仮訳、811ページ参照)。こうした加害・被害の対称関係を考えれば、元徴用工の請求権を加害国の企業から被害国の政府に転換させることがいかに不条理かは明らかである。

「条約は司法審査の外」とする小林節氏の主張は根拠のない独断
 小林節氏の主張で見過ごせないのは、「条約」という国家の対外公約に司法審査を及ぼすべきではないという見解である。
 憲法学者の小林氏に向かって、専門外の私が言うのはおこがましいが、この問題は「違憲立法審査権は条約にも及ぶか」という形で長年、日本でも議論されてきた。小林氏の主張は、及ばせるべきではないという考え方だとみて間違いない。

 確かに、日本国憲法第81条には違憲審査の対象は「一切の法律、命令、規則又は処分」と定められている。しかし、今日の通説、判例は憲法が条約に優位するという立場を採用し(衆議院憲法調査会事務局「憲法訴訟に関連する用語等の解説」平成125月、22ページ)、憲法第81条の「法律、命令、規則又は処分」は例示にとどまり、条約の国内法的効力については違憲審査の対象となり得るとみなされている(諸橋邦彦「違憲審査制の論点」、国立国会図書館『調査資料』20052a20062月、18ページ)。

 もちろん、司法審査の対象内としても、その先の司法判断は、司法消極説をとるか、積極説をとるかで結論は分かれると言うのが従来の通説的解説だった。

司法積極主義に期待される今日的役割
 しかし、1117日に「国策に加担する司法を問う」と題して開かれた司法制度研究集会(日本民主法律家協会主催)に参加した澤藤統一郎弁護士によると、司法積極主義といっても、「逃げるな最高裁」「違憲判断をためらうな」「憲法判断を回避するな」という従来の主張だけではかみ合わない現実になってきたようだ。
 澤藤氏によると、「最近の判決では、司法部が積極的に政権の政策実現に加担する姿勢を示し始めたのではないだろうか。つまりは、われわれが求めてきた『人権擁護の司法積極主義』ではなく、『国策加担の司法積極主義』の芽が見えてきているのではないかという問題意識である。言わば、『人権侵害に目をつぶり国策遂行に加担する司法』の実態があるのではないか。これは社会の根幹を揺るがす重大な事態である。」
(「第49回司法制度研究集会『国策に加担する司法を問う』」、澤藤統一郎の憲法日記、20181117日、
http://article9.jp/wordpress/?p=11499 )

 そうであるなら、今回の徴用工裁判で、韓国の大法院が原告の尊厳と人権を蹂躙する強制労働に対する慰謝料を加害企業に請求した訴えを正面から受け止め、日韓協定の条理を慎重に咀嚼しながら、その枠組みを超えてでも条理にかなった結論を求めた司法積極主義を非難するいわれはない。それどころか、韓国の大審院の判断は、先例踏襲に逃げ込んで、人権蹂躙の救済を求める市民の訴えをことごとく斥ける日本の司法機関とって、範とすべき判決と言わなければならない。この点、改めて、小林節氏の見解を問いたい。

個人の賠償請求権をめぐる国際訴訟における日本政府の主張 
 もっとも、上記のような条約の違憲審査論は、国内法的効力に関するものであって、国際法に通じる論理かどうかは別途、具体的に検討しなければならない。
 この点で、参考になるのは、戦後補償をめぐる国境を超えた訴訟において日本政府が示した見解である。
 たとえば、日本の原爆被爆者が、サンフランシスコ平和条約第14条(b)、第19条(a)によって被爆者の対米損害賠償請求権を日本政府が放棄したのは自国民の財産権を不当に消滅させたものであるとして、日本政府に補償請求訴訟を起こした。この時、日本政府は次のように主張した。

 「対日平和条約第19条(a)の規定によって、日本国はその国民個人の米国及びトルーマンに対する損害賠償請求権を放棄したことにはならない。
 (一)国家が個人の国際法上の賠償権を基礎として外国と交渉するのは国家の権利であり、この権利を国家が外国との合意によって放棄できることは疑いないが、個人がその本国政府を通じないでこれとは独立して直接に賠償を求める権利は、国家の権利とは異なるから、国家が外国との条約によってどういう約束をしようと、それによって直接これに影響は及ばない。」
 (東京地裁、昭和38127日判決、下級裁判所民事裁判例集、第14巻、24502451ページ。下線は醍醐追加)

 また、シベリア抑留訴訟においても日本政府は次のように主張した。

 「日ソ共同宣言62文により我が国が放棄した請求権は、我が国自身の有していた請求権及び外交的保護権であり、日本国民が個人として有する請求権を放棄したものではない。ここに外交保護権とは自国民が外国の領域において外国の国際法違反により受けた損害について、国が相手国の責任を追及する国際法上の権利である。」
 (山本晴太「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」、23ページ)
 
http://justice.skr.jp/seikyuken.pdf

 こうした日本政府の主張を踏まえると、政府自身の請求権は放棄したとしても、日本国民個人の請求権は国境を超えて生きているという解釈になる。であれば、請求権を韓国国民の立場に置き換えても、同じ論理、すなわち、元徴用工の国境を超えた損害賠償請求権は、たとえ韓国政府が放棄したとしても、生きているとみなすのが条理である。
 このように検討すると、元徴用工は韓国政府に請求せよとか、韓国の大法院に対して、政府が交わした条約を覆すような判決を出すべきではなかったという小林節氏の主張は、1965年日韓協定、ならびに一連の戦後補償訴訟における日本政府の見解に関する小林氏の無知または認識不足に起因する的外れな主張と言わなければならない。




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1965年日韓協定の実質は経済協力協定、個人の請求権は未解決

20181116日 


 韓国の大法院が日本企業に対する元徴用工の賠償請求を認める判決を言い渡したことについて、河野太郎外務大臣は猛反発し、本件請求権は1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決しており、あとは日本政府が渡した供与等で韓国政府が元徴用工11人に補償をすれば済む話だと発言している。
 本当にそう言えるのか? この問題を考える上で、重要なのは次の2つである。

個人の請求権は消滅していない(再論)
 一つは、日韓請求権協定で何が決着し、何が決着していないかである。この点で重要なことは、すでに多くの論者(私もそのうちの1人)が指摘しているように、1965年の日韓協定で決着したのは国と国の請求権(正確にはそうとも言えない。後述)であって、個人の賠償請求権は消滅していないことを韓国の大法院だけでなく、日本の外務省も認めているということである。
 たとえば、外務省の柳井俊二条約局長はで、「これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。」(1991827日の参院予算員会)、「韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということまでは妨げていない」(1992226日、衆院外務委員会)と答弁している。
 とすれば、1965年の日韓請求権協定で元徴用工の請求権も決着済みという日本政府の主張は通らなないことになる。

1965
年日韓協定の実質は国家間の経済協力協定 
 しかし、そうはいっても日韓協定で、日本が韓国に支払う3億ドルの供与と2億ドルの貸付を以て「両締約国及びその国民の財産、権利、請求権に関する問題は完全かつ最終的に解決された」(第2条)と明記されている。これをどう考えればよいのか? 
 ここで重要なことは、1965年の日韓協定はしばしば「日韓請求権協定」と呼ばれるが、正式名称は「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との協定」である。しかも、内容に即していうと、実質は請求権協定というより、経済協力協定である。それは、協定の第1条第1項の末尾に「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済発展に役立つものでなければならない」と明記されていることから明らかである


椎名外相(当時)も賠償ではなく経済協力と明言
 現に、日韓協定の交渉に当たり、日本政府を代表して協定書に署名した椎名悦三郎外務大臣(当時)は19651119日に開かれた参院本会議で次のように発言している。 

 
「何か、請求権がという形に変わったというような考え方を持ち、したがって、経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らとの間に関係はございません。あくまで有償・無償五億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、これに対して日本も、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、この経済協力を認めたのでございます。」 

 であれば、
 ①1965年の日韓協定第1条第1項にもとづいて日本が韓国に提供した供与、貸付けはもともと韓国の経済発展のために使うことが義務付けられ、韓国内の個人に分割分配できるものではなかったことは明らかである。
 ②また、交渉に当たった日本の外務大臣も賠償ではなく、純然たる経済協力だと国会で発言していることから考えても、1965年の日韓協定は事実上、個人の分も含む請求権協定ではなく、二国間の経済協力協定だったと解釈するのが正解である。


 しかも、協定書の第1条第1項(a)では、日本が韓国に無償供与する3億米ドル相当は全額現金でではなく、日本の生産物、及び日本人の役務で供与するものとされた。
 
また、同条同項(b)では日本が韓国に対して行う2億米ドル相当の貸付は、この協定にしたがって実施される経済協力事業に必要な日本の生産物、日本人の役務を調達するために充てるものとされた。
 
このような条文に照らしても、1965年の日韓協定で定められた日本から韓国への供与・貸付は、国家間の賠償に当たるとしても、韓国の個人に属する請求権を決済するものでなかったことは明らかであり、同協定で元徴用工個々人の請求権も消滅した、あとは韓国政府の処理に委ねられていると言う日本政府、河野外務大臣の見解は条文解釈としても事実と道理に背く強弁である。

 
また、「ボールは韓国に投げられている」などと論評する日本のマスコミ(例えば、『毎日新聞』20181115日付の大貫智子論説委員の見解)
https://mainichi.jp/articles/20181115/ddm/004/070/019000c
は不勉強も甚だしい。


被爆者訴訟で日本政府は個人の請求権は条約に縛られないと明言 
 
元徴用工の賠償請求権も1965年の日韓協定で完全かつ最終的に決着済みという目下の日本政府の主張は、戦後賠償請求裁判で日本政府が示した見解にも背くものである。
 日本の被爆者が原爆投下の被爆によって蒙った損害を補償するよう日本政府に求めた裁判で、日本政府は次のように主張した。

「五、対日平和条約による請求権の放棄 
 
対日平和条約第19条(a)の規定によって、日本国はその国民個人の米国及びトルーマンに対する損害賠償請求権を放棄したことにはならない。
 
(一)国家が個人の国際法上の賠償権を基礎として外国と交渉するのは国家の権利であり、この権利を国家が外国との合意によって放棄できることは疑いないが、個人がその本国政府を通じないでこれとは独立して直接に賠償を求める権利は、国家の権利とは異なるから、国家が外国との条約によってどういう約束をしようと、それによって直接これに影響は及ばない。」
(東京地裁、昭和38127日判決、下級裁判所民事裁判例集、第14巻、24502451ページ。下線は醍醐追加)

 もともと、国家はその国民の持つ請求権を、当の国民の意思にかかわりなく、国家の名において放棄することができないのは、近代主権在民国家に共通する道義であるが、原爆裁判における上記のような日本政府の主張に沿って考えると、
 
1965年の日韓協定において、個人の請求権をも放棄するという文言は、日韓両国政府がそれぞれの国民個人の国際法上の賠償権を基礎として外国と交渉する国家の権利(外交保護権)の放棄を意味したことは明確であり、
 
②そうした日本国あるいは韓国政府の意思とは無関係に、条約にどのように記載されていようが、韓国国民(ここでは元徴用工)の請求権は奪われていない、と解釈するのが正当である。

 
1965年の日韓協定交渉において、個人の請求権まで放棄したかの解釈を生むような協定に応じた韓国政府にも責任がある。しかし、日本政府と日本の加害企業は、植民地支配の時代の負の歴史、責任を直視し、徴用・強制労働の犠牲者への補償に真摯に応じることが求められている。

(追記)
 この記事をまとめるにあたっては、次の文献・記事を参照した。

*山本晴太「日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷」
*岩月浩二弁護士のブログ記事 http://ur2.link/N7gN 

 

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外務省条約課・国際法課と交わしたやりとりメモ~元徴用工の賠償請求について~

20181112

 今日の1420分頃、件名のことで外務省の代表番号に電話したところ、北東アジア課→条約課→国際法課、と3つ課の担当職員と延べ約30分間やりとりする結果になった。
 以下は、中身のやりとりをした2つの課の応対者との問答メモである。


 (醍醐) 外務省ですね。日本政府は(韓国最高裁が下した)元徴用工の賠償請求判決について「国際法に明確に違反している。毅然と対処する」と発言しています。政府が言う「国際法」とは何を指すのか、マスコミは伝えていないのでわかりません。それを教えてほしくて電話しました。

 (代表) お待ちください。

 (北東アジア課) 北東アジア課ですが。

 (醍醐) <先ほどの用件の繰り返し> 政府が言う「国際法とは何を指しているのですか?

 (北東アジア課)その件でしたら、私どもではなく、条約課ですので、そちらに回します。

条約課とのやりとり

 (条約課) 韓国の最高裁で判決が確定した時点で、(1965年の)日韓請求権協定に違反する状態になったので、政府としてそのような発言をしています。

 (醍醐)とすると、政府が言う「国際法」とは1965年の日韓協定を指しているということですか?

 (条約課) そうです。

 (醍醐) 「国際法」というと、多国間の法のことかと思ったのですが、そうではなくて、日韓2国間の協定のことなのですね?

 (条約課) そうです。

 (醍醐) その点は、外務省の理解は事実としては分かりました。
 他方、外務省は1990年頃、国会で、日韓協定で国の外交保護権は消滅したが、個人の賠償請求を消滅させたものではないと複数回、答弁しています。たとえば柳井(俊二)さんは伊東秀子議員、土井たか子議員の質問に対して、そのように答弁されています。
 そうした外務省の国会答弁と今回の政府発言は、どのような関係になるのですか?

 (条約課)その点はこの課ではなく、国際法課になりますので、回します。

 <国際法課に転送される>

国際法課とのやりとり

 (醍醐)<上と同じ質問>

 (国際法課) 日韓協定で完全かつ最終的に解決
済みということです。外交保護権と個人の請求権に関する解釈は、お話しのとおりですが、個人の請求権も含めて解決済みということです。

 (醍醐) しかし、外交保護権は消滅したとしても、今回の裁判は韓国の個人と日本の企業間の争いです。とすれば、個人の賠償請求権は消滅していないと言いながら、解決済みというのでは一貫しないと思いますが。

 (国際法課)個人は裁判所に訴えることはできても「出口」はなくなっているということです。

 (醍醐)「出口」? 出口がなくなっているようなら、請求権がないのも同然で、無理な解釈ではないですか?
 日本政府は韓国政府に対して善処をと言っていますが、韓国政府に対して、司法当局に働きかけを求めるような発言は韓国での三権分立を否定するに等しく、おかしな発言ですよ。

 (国際法課)おっしゃっている意味は分かりますが・・・

 (醍醐)河野外務大臣はずいぶん、強気の発言をされていますが、大丈夫なんですか? 専門の職員の方からご覧になって、どう思われますか?

 (国際法課)・・・・

 (醍醐)政府は賠償請求を受ける日本企業を集めて、説明会を開き、請求に応じるな、と言っていますが、それこそ、日本企業に対して、消滅したはずの外交保護権を使っていることになりませんか?

 (国際法課)それは外務省ではなく、政府がやっていることなので・・・・

 (醍醐)最後ですが、そちら様のお名前を教えていただけませんか? 私も名前を伝えますので。
 (国際法課)名前は伝えないことになっていますので。

 (醍醐)そうですか、ありがとうございました。

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強気に反して拠り所を欠いた日本政府の対韓逆切れの言動

 「国際法に反する」と日本政府が連日、声高に発言するので、何か具体的な「国際法」があるのかと確かめたら、1965年の日韓協定のことだった。それなら、あえて「国際法」と語らなくても済む話である。

 私の一番の関心事だった、日韓請求権協定で個人の賠償請求権まで消滅したわけではないというこれまでの外務省の国会答弁と、政府がいう「国際法違反」は、どうつながるのか、について、外務省の担当課の説明は結局、「日韓協定で完全かつ最終的に解決済み」という空回りの説明だけだった。
 これでは、日韓請求権協定で個人の賠償請求権まで消滅したわけではない、という外務省の見解と全くつじつまが合わない

政府の強気の発言に追随する日本のマスコミ

 日本のマスコミは、今回の韓国最高裁(大審院)の判決を受けて、連日、「韓国大統領府 沈黙 元徴用工判決 対応に苦慮」(『朝日新聞』2018114;「韓国政府 対応に苦慮」(『東京新聞』2018111日;「韓国最高裁の徴用工判決 条約の一方的な解釈変更」『『毎日新聞』20181031日、社説、などと韓国政府の状況を伝えている。

 これまでの韓国政府の対応を辿ると、そのような状況があることは間違いない。
 しかし、それなら、日本政府の自信満々の発言に確たる根拠があるのか・・・・この点を日本のマスコミはなぜ検証し、真相を伝えないのか?
 そもそも、今回の裁判は、韓国の個人と日本の企業の間で争われた事件であって、国と国の係争ではない。
 そのような基礎的事実を国家間の係争かのようにすり替えて、強気の発言を繰り返す自国政府の対応に引きずられるように、追随する日本のマスコミに「自立」した報道は見る影もない。
 こうした日本のマスコミの政権追随報道を正すのは、日本の市民の務めである。

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麻生財務大臣の辞任を求める署名・財務省前行動の呼びかけスタート

2018108 

 
 安倍内閣改造で厚かましくも留任した、麻生財務大臣の辞任を    
   求める <署名運動>と<財務省前アピール行動+デモ> 

 私も呼びかけ人の1人になっている
「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」は明日9日から、こんな運動を始めることになった。

Photo
■署名運動■ 

 明日109日からスタート
・署名の呼びかけ文(署名用紙)は次のとおり。

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                                                                          2018
109
財務大臣 麻生太郎 様

   無責任きわまりない麻生太郎氏の財務大臣留任に抗議し、
            即刻辞任を求めます 

            森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会 

  池住義憲(元立教大学大学院特任教授)/笹井明子(老人党リアルグループ「護憲+」管理人)/佐々木江利子(児童文学作家)/杉浦ひとみ(弁護士)/武井由起子(弁護士)/醍醐聰(東京大学名誉教授)/根本仁(元NHKディレクター)/湯山哲守(元京都大学教員・NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)/渡辺眞知子(キリスト者政治連盟) 

 102日に発足した第4次安倍改造内閣で麻生太郎氏が財務大臣に留任しました。しかし、第3次安倍内閣当時、財務省では、佐川宣寿氏が理財局長当時の国会での数々の虚偽答弁、公文書改ざんへの関与の責任をとって国税庁長官の辞任に追い込まれました。また、福田淳一氏は女性記者への破廉恥なセクハラ発言を告発され、事務次官の辞職に追い込まれました。いずれも麻生氏が任命権者の人事でした。

 しかし、麻生氏は厳しい世論の批判にも居直りを続け、事態を放置しました。それどころか、森友学園への国有地の破格の安値売却について、録音データなど動かぬ証拠を突きつけられても、なお、「処分は適正になされた」「私は報道より部下を信じる」と強弁し続けました。
 福田次官のセクハラ行為については、辞任が認められた後も「はめられたという意見もある」などと暴言を吐きました。
 なによりも、第3次安倍内閣当時、財務省では公文書の隠蔽、決裁文書の改ざんという前代未聞の悪質きわまりない国民への背信行為が発覚しましたが、それでも麻生氏は、会見の場で記者を見下す不真面目で下品下劣としか言いようがない答弁を繰り返しました。

 こうした経歴の麻生氏が私たちの税金を預かり、税金の使い道を采配する財務省のトップに居座ることに、私たちと大多数の国民は、もはや我慢の限界を超えています。
 麻生氏を留任させた安倍首相の任命責任が問われるのはきわめて当然のことですが、任命権者の意向以前に私たちは、麻生氏自身が自らの意思で進退を判断されるべきだと考え、次のことを申し入れます。

               申し入れ
  麻生太郎氏は財務省をめぐる数々の背任、国民に対する背信
     の責任をとって直ちに財務大臣を辞任すること

           <以下、署名欄 省略>

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署名の第一次集約日 117日(水) 
署名用紙のダウンロードは → http://bit.ly/2ygbmHe
 用紙の郵送先:
  〒134-0083
  江戸川中葛西五郵便局局留 視聴者コミュニティ 渡邉 力宛

ネット署名は → http://bit.ly/2IFNx0A から。
メッセージもぜひ、添えて下さい。
寄せられたメッセージは、個人情報を伏せて、次のサイトで公開しています。
 →  http://bit.ly/2Rpf6Pm

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■財務省前アピール行動+デモ■ 

11
11日(日) 
 
13時~1330分 財務省前アピール行動 
  (直接、財務省正門付近にお集まりください)
 1330分~14時 日比谷公園西幸門へ移動 
 14時 デモ出発(コースは警視庁と折衝中) 

チラシのダウンロードは  
 → http://sinkan.cocolog-nifty.com/20181111/11.7demo.pdf 

*背任、背信の吹き溜まりの財務省トップとしての責任感覚ゼロの麻生大臣
*国民をなめ切った悪態を繰り返す麻生大臣

こんな下劣な悪代官に、庶民の財布に手を突っ込む消費税増税を采配されてはたまったものではない! 
 

辞任を求めるのが世論調査でも示された過半の民意、大義 
麻生氏を辞任に追い込むことは安倍政権を退陣させる決定打

皆さまの
絶大なご支援をお願いします。
この署名に関するお問い合わせは、
 E
メール:yurusazu-aso@yahoo.co.jp 
 電話:070-4326-219910時~20時)まで

諸々の資料のURLなどをまとめたサイトはこちら。
→ http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/1111-5336-1.html


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「戦力不保持」こそ最善の自衛

2018921

専守防衛に代わる不戦の戦略

 では「専守防衛」に代わる不戦の砦はなにか? 結局、どの国からも武力攻撃の標的になるような武力を持たない「戦力不保持」が最善の自衛であるという考え方が、シンプルではあるが、もっともリアリティのある答えとなる。なぜなら、これもシンプルではあるが、戦力を持たないということは他国を攻める意思がないことを内外に事実で示すことであり、それによって「潜在的脅威の抑止」とか「防衛的先制」とかを大義名分にした武力攻撃を受ける可能性を排除できるからである。

 「他国の攻撃に丸腰でいいのか?」、「独立国として自分の領土を自分で守るのは当たり前」という意見が多いが、単純すぎてリアリティに欠ける。

 「丸腰はダメ」? では、どんな武器を腰にぶら下げたら足りるのか? 武器が武器を呼び、これで抑止力として足りるという天井がないのが実情である。
 いや、その前に「他国からの攻撃」というが、「他国」とはどこなのか? 北朝鮮? 射程を伸ばしたミサイル開発、核開発がその証拠? 

 しかし、冷めた目で見れば、北朝鮮のこうした行動は、いずれも外交カード、伝統的に言えば「瀬際外交」のカードであって、日本を含むどこかの国を攻撃する軍事的動機を持っていないどころが、そのような行動が自らにもたらすリアクションをわきまえないほど北朝鮮はおろかな国ではないはずだ。
 もちろん、「外交上のカード」とはいっても、「アメリカを火の海にする」と公言したり、日本上空を跳び越すミサイルを発射したりするのは挑発以外の何物でもなく、北朝鮮にとっても、軍事的リアクションでないせよ、経済制裁というリアクションを招いた。

 ただし、愚かな行為とはいえ、北朝鮮が日本を標的に挑発行為をした背景には、自衛隊が北朝鮮に対して軍事的圧力をかけるアメリカに追随して共同演習を行ったり、米艦隊の防護に出動したり、安倍政権が「対話のための対話は意味がない」などと唱えてアメリカの経済制裁に忠実に同調してきたりした経緯があったことは間違いない。

 であれば、日本が戦力不保持を明言し、自衛隊が米軍との共同演習を停止した場合、北朝鮮が日本に対して軍事的挑発行動をする動機はなくなる。また、日本が北朝鮮を仮想敵国と見立てて、先制攻撃能力はもとより、専守防衛能力の整備・増強に努めなければならない理由はなくなる。また、日本防衛のための「用心棒」として米軍に頼る理由もなくなる。

米朝対話の進展
 折から、南北朝鮮首脳の3回目の会談がピョンヤンで開催された。そこで採択されたピョンヤン宣言2018では、南北間の恒久的不戦宣言が盛り込まれた。また、アメリカの対応的行動(朝鮮戦争の終結)を条件として、北朝鮮が非核化を早期に完遂する意思も表明された。
 これを受けてポンペオ米国務長官は、南北朝鮮首脳のこうした合意を歓迎するとともに、米朝首脳の2度目の会談の実現に向けて担当者間で早急に協議する意向を表明した。

 このように米朝間の対話による和平実現に向けた動きが加速しつつある背景には文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の粘り強く、優れた仲介があったことは間違いない。それによって南北首脳間で信頼関係が醸成された意義は大きい。「信頼こそ外交の礎」の見本といえる。

(注)
「田中均氏『国内に威勢のいいこと言うのが外交じゃない』安倍首相の拉致対応に苦言(朝日新聞デジタル 20180704 0759分)
https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/03/abe-diplomacy_a_23474167/ 

「非核化への米朝外交『信頼が欠如』 在韓米軍司令官、核能力を警戒」
(『東京新聞』2018723日、夕刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201807/CK2018072302000237.html

 この先、重要なのは、金正恩氏が非核化に関して言行一致を貫くこと、ポンペオ氏が米国内になお根強い北朝鮮への不信感を説得し、ぶれるトランプ大統領を補佐して、米朝間の「行動対行動」の和平を加速させる役割を果たすことだと思う。そのためにも、金正恩氏の非核化に向けた言行一致が強く求められる。
 (ただし、そもそも論を言うと、アメリカが、北朝鮮が保有する核兵器(10未満)と比較にならない(約4000)核兵器を保有する現実を棚に上げて北朝鮮の非核化ばかりを要求したり、核不拡散条約への署名を拒む日本がアメリカに同調して北朝鮮に非核化の履行を迫るのは、条理に反している。)

2017

Photo                (「報道ステーション」2018年8月9日より)

吉田茂ドクトリンへの回帰
 こうして朝鮮半島をめぐる軍事的緊張が解消するなら、日本のこれまでの防衛政策の通念も見直しを迫られる。なぜなら、武力で自衛しなければならない「仮想敵国」、武力で自衛の備えをしなければならない「脅威」の策源地が名実ともになくなるからである。
 そもそも論をいうと、日本国憲法が制定されてまもない194950年当時の国会では「自衛権」といっても、「武力による」自衛を意味しないという議論が主流だった。それは吉田茂首相(当時)の答弁に明快に示されている(以下、これを「吉田ドクトリン」という)。

 「私はこう考えております。日本は戰争を放棄し、軍備を放棄したのであるから、武力によらざる自衛権はある、外交その他の手段でもつて国家を自衛する、守るという権利はむろんあると思います。」
 
19491121日、衆議院外務委員会)

 「また、わが国の将来の安全保障につき内外多大の関心を生じていることは当然のことでありますが、我が憲法において厳正に宣言せられたる戦争軍備の放棄の趣意に徹して、平和を愛好する世界の論を背景といたしまして、あくまでも世界の平和と文明と繁栄とに貢献せんとする国民の決意それ自身が、わが安全保障の中段をなすものであります。(拍手)戦争放棄の趣意に徹することは、決して自衛権を放棄するということを意味するものではないのであります。(拍手)わが国家の政策が民主主義、平和主義に徹底し、終始この趣旨を厳守して行動せんとする国民の決意が、平和を愛好する民主主義国家の信頼を確保するにおきましては、この相互の信頼こそ、わが国を守る安全保障であるのであります。(拍手)この相互信頼が、民主国家相互の利益のため、わが国の安全確保の道を講ぜんとする国際協力を誘致するゆえんであるのであります。」(1950123日、衆議院本会議)

 3年前、集団的自衛権を容認する安保関連法が上程されたとき、多くの憲法学者がこれに反対の意思を表した。自からの学問的見識を社会に向けて表明したという意味では重要な出来事だった。
 しかし、そこでは、個別的自衛権との区別で集団的自衛権の違憲性がもっぱら語られ、個別的自衛権それ自体の合憲性なり、リアリティなりはほとんど語られなかった。

 私がこの記事で述べた「戦力不保持こそ最善の自衛」という考え方は、決して目新しいものではなく、67年前に当時の吉田茂首相が語った上記の考え方そのものなのである。

吉田ドクトリンは、その後の米ソ冷戦や核による抑止力競争の負の連鎖に伴って現実味があせたかに見え、「武力ではなく、信頼を礎とする対話」は政治の表舞台から遠のいた。

 しかし、韓国での政権交代によって登場した文在寅大統領の対北朝鮮対話路線、それに呼応した北朝鮮政権の軍事一辺倒の外交路線から対話併用路線への転換に伴い、「武力ではなく、信頼を礎とする対話」の流れが再び、現実味をおびてきた。

 こうした流れの中で日本の防衛政策はどうあるべきなのか?
 集団的自衛権の実績作りに躍起になっている安倍政権の動きを封じなければならないのは当然だが、それだけでなく、否、そのためにも、「専守防衛」の国是を抜本的に改める必要がある、というのが私の考えである。

 なぜなら、「専守防衛」も「武力による自衛」を容認し、前提にしている点では、吉田ドクトリンと相容れず、吉田ドクトリンの真価が発揮されるべき今の東アジア情勢と相容れないからである。そればかりか、専守防衛はその名に反して、「防衛的先制」を内包し、軍事的抑止力競争の負の連鎖を押しとどめることができないジレンマを抱えている。

憲法「改正」ではなく、自衛隊法の改正こそ急務
 「自衛隊は違憲というが、それなら災害救助に当たる自衛隊も違憲なのか」という議論がある。
 こうした意見は自衛隊違憲論者の本意にそぐわないが、しかし、今の自衛隊法をそのままにした自衛隊違憲論の不備を突く意見ではある。
 これに関する私の考えは要点だけ記すと、自衛隊の主要任務を定めた自衛隊法第3条の改正が必要だと言うことである。

 現行の自衛隊法は第3条で「自衛隊の任務」を次のように定めている。

第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。」(以下の各項、省略)

 では、自衛隊が災派遣等に当たる根拠規定はどこにあるのかというと、第83条で次のように定められている。

 災害派遣
 「第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。

2 防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。」

 地震防災派遣
 「第八十三条の二 防衛大臣は、大規模地震対策特別措置法(昭和五十三年法律第七十三号)第十一条第一項に規定する地震災害警戒本部長から同法第十三条第二項の規定による要請があつた場合には、部隊等を支援のため派遣することができる。」

 原子力災害派遣 
 「第八十三条の三 防衛大臣は、原子力災害対策特別措置法(平成十一年法律第百五十六号)第十七条第一項に規定する原子力災害対策本部長から同法第二十条第四項の規定による要請があつた場合には、部隊等を支援のため派遣することができる。」

 もっとも、政府・防衛省は自衛隊の災害等への派遣を、自衛隊法第3条後段の「公共の秩序の維持」に含まれると説明してきた(2012314日、参議院予算委員会、田中直紀防衛大臣答弁)

 しかし、これは民主党政権時代の政府の条文解釈答弁であり、明文に定めがあるわけではなく、政府見解として定着したものかどうかも明らかでない。
 かりに、政府見解だとしても、災害派遣等は「必要に応じ」と定められた副次的任務とみなされている。

 前回とこの記事で述べてきたような昨今の日本を取り巻く安全保障環境が「厳しさを増す」のではなく、「和平の方向に進む」状況では、「武力不保持」=近隣諸国との「信頼を礎にした対話外交」に舵を切るなら、国土防衛はもはや自衛隊の主たる任務でも副次的任務でもなくなる。
 (ただし、たとえば、原発を標的にした小型の武器や化学兵器等を使ったテロの可能性などは残っているから、現在の自衛隊に蓄積されたこれらの武器使用の危険を防護する人員、技術、装備は保持する必要がある。)

 むしろ、近年、自衛隊に期待されるのは、相次ぐ大雨・水害・土砂災害、地震災害等による被災地救援のための活動である。
 であれば、自衛隊法第3条を改め、
自衛・他衛を問わず、「防衛」を主たる任務とした定めを削除し、代わって、災害等の被災地救助を主たる任務とするよう改正するのがふさわしい。
 また、こうした法改正とあいまって、「自衛隊」を「災害救助隊」(仮称)と改め、同じ目的で任務に当たる消防庁、警察庁などとの組織統合あるいは組織的連携(情報の共有、指揮監督系統の整備など)も検討されてしかるべきである。

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専守防衛は不戦の砦とならない

2018921

要約
 はじめに、この記事と次の記事で私が言おうとしていることを要約しておく。専守防衛はなぜ不戦の砦にならないと考えるのか? 専守防衛に代わって何を不戦の砦にするべきなのかについての私の考えの骨子である。

 (1)「専守防衛」はその言葉のイメージに反して、自衛を超えた武力装備、武力行使の歯止めにならない。それどころか、自衛のための武力装備のはてしない競争を通じて、軍事的緊張を高める源になる危うさを孕んでいる。
 (2)「自衛」と「他衛」、「専守」と「先制」の区別は、現実の軍事では、自明でない。「自衛」は「武力による」自衛を想定する限りは、先制攻撃の必要性を排除できない危うさを伴う。
 (3)「専守防衛」も武力による自衛を意味する点では、昨今、「信頼」を礎にして日本周辺で進展する対話による和平(武力に頼らない和平)の流れに逆行する。

保革を超えて共有される「専守防衛」への疑問 
 自衛隊の存在を合憲とする趣旨の条文を憲法9条に追加するかどうかが目下の改憲問題の大きな争点になっている。
 今の9条の条項をそのままにして、こうした趣旨の条項を追加することに整合性があるのか? 今、そうした条項を追加するのはどういう意図からなのか? 自衛隊の合憲・違憲をめぐる今後の議論を縛ることにならないか?など、疑問だらけである。

 しかし、その一方で、保守政党もリベラル立憲政党も防衛省も、自衛隊を「戦力」とみなした上で、「専守防衛」を国是とすることによって、自衛隊が他国に脅威を与えるような「戦力」とならないよう歯止めをかけるという原則で、自衛隊をめぐる憲法論争に対処してきた点では共通している。

 たとえば、『防衛白書』(2016年版)は「専守防衛」を「憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢」と説明している。
 また、集団的自衛権の行使を容認する安保関連法案を阻止しようとしたリベラルル立憲勢力も、自衛隊を違憲とする論者と、自衛隊を合憲としながらも集団的自衛権は容認できないとする論者が連携した運動だった。その際、連携を支えた共通項はやはり「専守防衛」だった。 

 しかし、現実はどうか?
 (以下、高橋杉雄「専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって――弾道ミサイル脅威への1つの対応――」『防衛研究所紀要』200510月を参照)

 「専守防衛」は、「他に手段がない場合に」「必要最小限度の」という言葉と接合されると、武力行使に自制的なニュアンスを醸し出し、支持を取り付けやすい。しかし、もともと「専守防衛」はいうなれば理念の宣言であって、近年、政府が進めている自衛隊の装備の実態(自衛隊のリアル)との乖離がどんどん大きくなっている。
 防衛問題の専門家の間では、以前から、「攻勢防衛」とか「積極防衛」とか言った形容矛盾と思える言葉が使われてきた(高橋、前掲論文、106ページ)。
 政府・防衛省も近年、「防衛」のための「必要最小限度の攻撃力」を広く解釈して、相手国からの長距離ミサイル・核ミサイル攻撃を抑止し、無効にするための先制的な策源地攻撃能力の向上に努めている。

「いずも」の空母化
 たとえば、海上自衛隊の護衛艦「いずも」は最大14機のヘリコプターの搭載が可能と言われている。政府は「護衛艦」と説明しているが、各国の軍事関係者はヘリ搭載「空母」とみなしている。そして今、政府・防衛省内では、この「いずも」を戦闘機が離着艦できる空母に改修する案が検討されている。
 これが実現すると、「いずも」は尖閣列島など離島防衛に出動する米軍戦闘機に補給を行えるようになり、自衛隊と米軍の一体化がさらに加速することになる。
 また、将来的には、日本自身が短距離・垂直の離着艦ができる、アメリカの最新鋭ステルス戦闘機F35Bを導入して、「いずも」に搭載する案まで浮上している。
 こうした空母を自衛隊が保有するのは憲法92項が禁じた「戦力」に当たらないか、国会でたびたび論議された。しかし、その都度、政府は、いやこれは「攻撃型空母」ではなく、「防衛型空母」であると称して疑念をかわしてきた。
 (以上、「いずも」の運用については、増田剛「検討進む『攻撃力』強化 問われる『専守防衛』」(NHK「時論公論」2018116日、を参照)

 しかし、「攻勢防衛」の意味があやふやなのと同じ様に、「防衛型空母」と「攻撃型空母」はどういう基準で、誰が線引きするのか? 「空母化の研究 
 専守防衛からの逸脱だ」(『朝日新聞』社説、201863日)といっても、解釈論争から抜け出せそうにない。「自衛のための必要最小限度の範囲内」といっても実効性のある議論にならないのは、安保関連法案の国会審議からも明らかだ。

巡航ミサイルの導入
 2017128日、小野寺防衛大臣は長距離巡航ミサイルの導入を正式に表明し、それに向けた関連経費として約22億円を2018年度予算案に追加要求した。北朝鮮のミサイル警戒にあたるイージス艦の防護や離島防衛が目的と説明した。
 しかし、各方面から指摘されているように、巡航ミサイルに搭載するアメリカ製のミサイルは射程900キロは、日本海から発射すれば北朝鮮全域に届くことになる。小野寺氏は相手国の攻撃から届かない遠方から攻撃するためというが、これほどの長距離を射程にした巡航ミサイルが離島防衛のためとは想定しにくい。いくら防衛用といっても、相手国には先制攻撃用の装備強化と受け取られ、軍事的緊張をいっそう高め、防衛予算の際限ない肥大化を生むのは必至である。

 実際、政府・防衛省は2018年度「防衛」予算に、「島嶼部に対する攻撃への抑止・対処力の向上」のためとして戦闘機(F-35A)の取得(6785 億円)、輸送機(C-2)の取得、2435 億円)、水陸両用作戦における部隊の展開能力等を強化するためとしてティルト・ローター機(V-22)の取得(4393 億円)の購入予算を計上した。
 また、弾道ミサイル攻撃等への対処として、陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)と、それに搭載する迎撃ミサイル(SM-3ブロックIIA等。一式627億円)の購入予算を計上した。

 
結局、一方当時国がいくら専守防衛用と言っても、相手国から見れば先制攻撃用となり、それぞれが対処能力を向上させる装備体系の競い合いが避けられず、仮想「防衛」のための予算の肥大化に歯止めが利かなくなる。緊縮財政を叫ぶ一方で、有権者はいつまでこうした仮想防衛に税金を託すのか?

「専守防衛」のリアル 
 近年、折に触れて議論される「敵地攻撃能力」は専守防衛の理念のリアルを問いかける先鋭な問題である。
 従来から、「他に適当な手段がない場合」は「座して死を待つ」のではなく、一定の制限の下で攻撃的な行動をとることは法理論上、許されると解釈されてきた。しかし、たとえば、いくつもの移動式ランチャ-から発射される弾道ミサイルに対する防御的戦力とはいかなるものかとなると、議論は混迷する。
 弾道ミサイル発射後の反撃能力を整備して報復的抑止を利かせると言う考え方がある。しかし、いくつもの移動式ランチャ-から発射されるとしたら、すべての発射位置を事前に把握して反撃するのは事実上、不可能である。また、いくらハイテク兵器を使っても相手国の攻撃能力を抑止するには通常兵器では不可能で、確実な反撃能力というなら、核武装にすすまざるを得ないという見方がある(高橋、前掲論文、115ページ)
 しかし、そうなると相手国もこうした核抑止力を上回る核武装に進むのは必至で、際限のない「抑止力」競争が軍事的緊張をさらに高めるという悪循環を避けられない。

 もう一つ、考えられるのは「先制的一撃」論である。こちらからの先制的一撃で相手国のミサイル攻撃力を破壊し、無力化するという発想である。
 しかし、この場合も、すべての移動式ランチャ-を撃破できなければ、残りのランチャーから即座の反撃に遭うことを覚悟しなければならない。その意味で「先制的一撃」論は危険なオプションと言われる(高橋、前掲論文、116ページ)。
 また、一方が「先制的一撃能力」を整備していると知れば、他方も「座して死を待たない」のは当然だから、相手国の一撃能力を上回る先制的攻撃能力を開発しようとするのは避けられない。

 
このように考えると、「専守防衛」という理念は、相手国の戦力は一定(たえば、ミサイル発射基地は固定型、攻撃能力も当方の攻撃能力の向上にかかわりなく一定不変)という、非現実的な想定の下でしか、意味をなさない
ことがわかる。


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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(下)

201888 

一世一元制と象徴天皇制・国民主権との関係をめぐって

坂本太郎(整合するという意見)
 「現憲法は、申し上げるまでもなく『天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であって、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。』と定められております。象徴というのは、大変含蓄ある言葉であります。かつて、この憲法制定のことを担当せられました金森国務大臣は、これをあこがれの中心というように敷衍しておられたことを思い起こすのであります。終戦直後におきまして大多数の国民は、天皇が政治上の権能を一切失われたことを認めましても、なおこれを景仰し、尊敬するにやぶさかではなかったのであります。今日におきましても、日本文化の中心、日本の道義の中心として天皇を仰ぐのが大多数の国民の心理であると存じます。その天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなは、いろいろな行事、たとえば新年の歌御会始めの行事であるとか、各地への御巡幸であるとか、いろいろとございますが、最も深い意義を持つ制度は、天皇の代のかわるごとに元号を改めるということであると存じます。
 元号は、新天皇が国家の繁栄、国民の幸福を祈念する心を体して定められるはずのものでありまして、新元号によって国民の耳目を一新する効果があるでありましょう。」

長谷川成安(矛盾するという意見) 
 「新憲法の施行とともに、天皇家の家法としての旧皇室典範が効力を失い、新しい法律としての皇室典範が施行されるようになったときに、元号制度を法制化しなかったのは、それが天皇家とかたく結びついた制度であったからだと思います。明治憲法のもとで、憲法、法律によって規定せず、皇室の家法である皇室典範、皇室令で規定していたものを、国民主権を原理とする新しい憲法のもとで、憲法、法律の内容に移し植えるということは明らかに民主主義に逆行するというふうに当時思われました。私たちは、新憲法の施行と同時に元号制度を支える法的支柱が一切取り払われたということだけではなくて、そのときあった法的支柱は天皇家の法であり、国家のものではなかったということの意味を現在もう一度考えてみる必要があると思います。」

 坂本氏の意見は天皇の象徴性の淵源を「国民にとってのあこがれの中心」「尊敬の念」といった国民の抽象的精神に求め、そうした象徴天皇制の性格に照らして元号(法案)の合憲性を主張(違憲性に反論)していると考えられる。
 しかし、国権の最高法規である日本国憲法の冒頭に置かれた象徴天皇制条項の立法事実をそのような不確定な概念に求めるのは憲法解釈としてあまりに稚拙な意見である。
 しかも、そのように元号を存続させる理由を、象徴天皇制の支柱たる国民の精神性に求める一方で、天皇と国民とを具体的に結びつけるきずなを表す典型例として一世一元の改元を挙げるのは、根拠と結論をないまぜにする意味不通の議論である。

 私は長谷川氏が述べるように、現憲法下の象徴天皇制を前提にしても、元号は一ファミリーの家法に過ぎない。それを国法として法制化するのは公私の混同を免れない。

思想の心棒を捨てた政党の行方

 以上のように終戦後、ならびに昭和から平成への改元の時期に国会で交わされた参考人の意見を振り返るとき、戦前・戦中、天皇制と命がけで闘ったと自負する日本共産党の元号を巡る態度の変貌には、たんなる年数の表記の問題では済まない「思想の変質」を感じる。

 日本共産党は201741日から機関紙『しんぶん赤旗』の日付が、それまでは西暦のみだったのを改め、元号を併記し始めた。それから一週間後の同紙の「知りたい 聞きたい」という欄に、「『赤旗』が元号を併記したのは?」という見出しの記事が掲載された。そこでは次のように記されている。番号は議論の整理のため、筆者が追加したものである。

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 「①今回の措置は、『西暦だけでは不便。平成に換算するのが煩わしい』など読者の皆さんからの要望をうけた措置です。」
  ②「元号そのものについては、西暦か元号かどの紀元法を用いるかは、歴史と国民の選択にゆだねるべきで、法律による使用の強制には反対するというのが、日本共産党のかねてからの主張です。」
 ③「1979年の元号法制化に際しては、天皇の代替わりごとに改元する『一世一元』は、主権在民の憲法下ふさわしくないとして、その法制化。固定化に反対しました。」
 ④なお、『赤旗』は昭和天皇が死去した198917日付まで西暦に加え、『昭和』の元号を併記していました。」  

 しかし、こうした文章は、同党が機関紙上で201741日に至って、なぜ元号を西暦に併記することにしたのかを説明するには説得力がない。

 (1)まず、これまでから、読者より、元号を併記してほしいという要望が寄せられていたのなら、なぜ、この期になって「読者の要望に応えて」という理由で元号を併記することにしたのか不明である。
  戦後、『赤旗』が、198917日までは西暦に加え「昭和」の元号を併記していたのを、「平成」に改元されてから2017331日まで西暦のみを使っていた事実を考えれば、なぜ201741日から、併記に戻したのか、途中、なぜ西暦のみにしていたのかを説明しなければ説得力がない。

 (2)『赤旗』読者の意見・要望というなら、元号を併記してほしいという要望は読者全体の中でどの程度の割合だったのか? 某府の党委員長は「本日からから元号を併記」という赤旗の告知記事を見て、「うーん、エイプリルフールではないよね」と自身のツイッターに書き込んだ。こういう反響は党内や赤旗読者のなかで少数だったのか? 

  あるいは、昨今の共産党には、党内や支持者の意向よりも元号に親近感を持つ読者の意向を重視しようとする何かしらの動機があるのか? あるのならそれはどういう動機なのか、を率直に語るべきである。

 (3)元号の慣習的使用に反対せず、西暦と元号のどちらを使うかは、国民の間の慣行に委ねるという日本共産党の見解は、対社会関係における同党の立場である。そのことと、同党自身が機関紙上で西暦を採用するのか、元号を採用するのか、両者を併用するのかは、まったく別問題である。市民生活上は選択にゆだねるにしても、同党もそれに合わせる必要がある、合わせるのが望ましいと言えるわけではない。

 (4)天皇の代替わりに合わせて改元する「一世一元」は主権在民の憲法下でふさわしくないというのが日本共産党の本来の見解なら、読者の要望がどうか以前に、自党の政党活動の場では、元号は使わず西暦を使うのが首尾一貫した態度である。そうした公党としての自律的見地を棚上げして、「読者からの要望に応える」という名目で元号を併記するのは、姑息な態度か、そうでなければ同党自身が元号使用の根底にある「一世一元」の思想に同化する変節の道へ歩み出したことを意味する。

 最後に私の見解はというと、いたってシンプルである。
 1人の人間の̪死に合わせて、どうして万人が過ごす時間を区切らなければならないのか?  1人の人間が誕生した日をどうして国民全体の休日とし、そのファミリーの代替わりに伴って、休日を移動させるのか? 
 結局、元号が立脚する一世一元制は、主権在民、万人平等の原理と相容れない。

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一世一元制に立脚する元号は主権在民・万人平等の原理と相容れない(上)

201888

憲法制定当時、元号の廃止を議論

 『東京新聞』201882日朝刊の二面に、「元号と政治(上)終戦後 国会で廃止議論」という記事が掲載された。その中で、天皇一代につき元号は一つとするのが一世一元制だと説明された後、次のように書いている。
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 「その元号は戦後、廃止の可能性に直面する。占領下で旧皇室典範が廃止され、法的根拠を失ったためだ。1946年、吉田内閣は、元号に法的根拠を持たせ続けようと、元号法案を閣議決定したが、天皇主権の復活につながるとして連合軍総司令部(GHQ)が反対し、撤回。翌47年、現行憲法施行に合わせて旧皇室典範は廃止された。
 国際社会への復帰を目指していた当時の日本。独自の表示方法である元号をなくし、西暦に一本化すべきとの声は強かった。日本学術会議は50年の総会で元号廃止を決議し、政府や国会に申し入れた。元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている。」

日本学術会議の意見 

 日本学術会議の元号廃止を求める決議の全文は次のとおりである。
 「元号廃止 西暦採用について(申入)」昭和2556
 
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-57-m.pdf 

 日本学術会議は元号を廃止し、西暦を採用することを適当とする理由を4点にまとめて述べているが、そのうちの2つは次のとおりである。

 「1. 年を数える方法として元号は不合理であり、不便である。元号を用いるために、日本の歴史上の事実でも、今から何年前であるかを容易に知ることができず、世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当たるのかをほとんど知ることができない。」「したがって、能率の上からいつても、文化の交流の上からいつても、速やかに西暦を採用することが適当である。」
 「3. 天皇が主権を有し、統治者であってはじめて、天皇とともに元号を設け、天皇のかわるごとに元号を改めることは意味があった。新憲法の下に、天皇主権から人民主権にかわり、日本が新しく民主国家として発足した現在では、元号を維持することは意味がなく、民主国家の観念にもふさわしくない。」

 次に、『東京新聞』の記事に、「元号廃止は、国会でも議論されたことが当時の議事録に残されている」と書かれていたので、国会会議録を検索してみた。

国会での議論

 文科委員会の委員長・田中耕太郎は元号存廃問題の審議を始めるにあたって次のように発言している。

 「委員長(田中耕太郎君)元号に関する調査承認要求の件でございます。要求書の内容を申上げますと、一、事件の名称、『元号』に関する調査、一、調査の目的、新憲法の制定後『元号』に関する法的基礎が不明確となつており且つ、新憲法の精神から見ても、一世一元の制が果して妥当であるかという問題についても研究の必要が生じて来た。又講話会議を控え将来我が国が国際社会の一員となるべき立場からも、この際文明諸国共通の年号計算に従つてはどうかという問題が起つてくるというような見地から、元号に関する調査を行なつて、速かにその対策を講ずる。これが調査目的でございます。」(参議院文部委員会、1950221日)

 また、審議のなかで法務府法制意見長官(のちの法制局長官)、佐藤達夫は委員からの質問に答えて次のような意見を述べている。
 「元号につきまして今後別段の立法措置がなされません限りは、実際の問題としては現在の天皇の御一代限りということになるのではあるまいかというような感じを持つております。
 さような点から申しますと、仮にこの今の元号を廃止するのにはその時期はいつだろうかという、いつがいいかというような問題があるといたしますると、その手掛りとしては今申しましたところから言えば現在の天皇の御一代の終ということが、一つの手掛りとして考えられはしないか、併しその手掛かりは外にもいろいろ考え方がございます。
 例えば仮にこれをいわゆる西暦に切り換えるということであれば丁度来年が手頃であるというような意味の一つの手掛りもありましようし、或いは又講和條約でも成立して我国が真の独立国として出発するというような時期がいいのではないかというような考え方もあると思います。
 このようにこの元号を仮にやめるといたしました場合のその時期ということにつきましても、いろいろ考えようはあろうと思いますが、それは仮にこれを廃止するとして、代りに何を持つて来るかということになつて参りますと、大体勢のおもむくところというものは決つておるじやないかというような感じがいたします。即ちいわゆる西歴というようなことに落着くのではないだろうか。」
 (参議院文部委員会、昭和25228日、会議録)

元号法案制定時の議論

 しかし、政府は197966日に「元号法」を成立させ、「昭和」という元号に法的根拠を定めた。また、昭和天皇の死去の時は、198917日に「元号を定める政令」を公布し、「平成」への改元の法的根拠を整えた。

 このうち、1979年に「元号法案」を審議した衆参内閣委員会には各界15人が参考人として招致され、法案に関する賛否の意見を述べている。意見が分かれた主な論点は、①元号の伝統文化としての意味をどう見るか、②象徴天皇制のもとでの元号の一世一元制と国民主権の関係をどう見るか、③元号の法制化と思想・信条・信仰の自由との関係をどう見るか、だった。
 以下では、法的な強制力を付与するかどうかは別にして、そもそも論(思想)としての一世一元の「元号」を問題にするので、③の論点は取り上げないことにする。

元号の伝統文化性をめぐって

小川 泰(伝統文化性を高調する意見)
 「日本は現在独立国である、一つの国家、こういう立場に立ってみますると、国民の統合の象徴として元号というものは明確に位置づけなければならない、こういう前提に立ちます。多くの説明は必要ないかもしれませんが、一つの民族が国家を形成し、他の民族あるいは何人にも侵されないでその民族が独立して存続しようとするこの厳然たる歴史を私は大事にしていくのが本来の姿ではないか、こういう考え方に立ちます。」
 「千三百三十年以上続いておるということは、私はその間日本の民族が英知を集めて日本人自身のものとして守り育ててきた、こういう事実ではないのかなというふうに思いますので、むしろこの種のものは何物にもかえがたい文化であるということを誇りを持って私は確認すべきではないか。したがって、このようないい歴史と伝統というものは守り育てていかなければならないというふうに考えます。」

村上重良(伝統文化性を否定する意見)
 「日本では八世紀初めぐらいから中国にならって元号を採用したわけでございます。・・・・明治維新の際に、いま問題の一世一元制が、これも中国にならって採用されたわけでございます。
 これは言うまでもなく、元号はもともと天皇が定め、改めるものであったという関係にあったものを、今度は元号そのものを天皇その人と直結するという結果になったわけでございます。つまり、頻繁な改元を避けるという一種の合理化の要求もあったわけでありましょうけれども、同時に、それは天皇の存在というものと元号とが全く一体化する、そういう結果をもたらしたわけでございます。ですから、現在、問題になっております事実上の一世一元制というのは、比較的近い時代に日本の歴史にあらわれてくるわけでありまして、それをもって何か手を触れることもできないような伝統というようなことは全くないわけでございます。」

 元号の伝統文化性を重んじるか重んじないかの違いは、元号を「一世一元制」と結びつけて捉えるのか、それとも、より抽象的な伝統と見るのかの違いに起因しているように思える。
 しかし、どの論者も明治以降の元号が、天皇在位中に天変地異が起こるつど、頻繁に改号された明治以前とは違って、天皇の代替わりに改元される制度になっていることは否定しないはずである。であれば、元号の伝統文化性と言っても、せいぜい明治以降の制度ということになる。
 また、文化の伝統という点から内在的に考えても、断髪を例に挙げた松岡英夫の次のような意見に理があると思える。

松岡英夫(伝統文化性を否定する意見)
 「社会習慣というものは、いつでもこれは必要があれば変えてよろしいものであります。この習慣が昔からあるから、それを変えちゃいけないということはないのでありまして、一つの習慣を変えると、その変えたものがまた新しい習慣として定着していくということは、これはよくあることで、歴史的に非常に例の多いことであります。
 明治四年でしたか、日本で断髪令というものが出まして、日本人、男、男子はちょんまげをやっておったものを全部切って普通の長髪にしろということになったんですが、そのときは、この何百年かちょんまげになじんできた日本の男は、もう泣きの涙でちょんまげを切ったという話が伝わっておりますし、島津久光という薩摩の殿様などは一生涯死ぬまでちょんまげを乗っけておったというような話が伝わっております。しかしながら、一たんちょんまげを切ってしまいますと、それが、普通の長髪が新しい社会習慣となって定着して、ちょんまげなどをつけておる者はこれはもう時代おくれの旧弊人ということで軽べつされたということがあったわけであります。」
 

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自民党議員の暴言を議事録から抹消するのは公文書の「改ざん」である

2018323日 

 
渡邊美樹議員、和田政宗議員の暴言が議事録から消されようとしている

今朝の『東京新聞』の<特報>欄に「議事録からの発言削除次々」と題する記事が掲載された。それによると、自民党の渡邊美樹議員が313日に開かれた参議院予算委員会の過労死防止等に関する公聴会で出席した過労死遺族に対して「お話を聞いていると、週休7

日が人間にとって幸せなのかと聞こえる」と発言した箇所が議事録から削除することを同委理事会で決したとのことである。
 また、自民党の和田政宗参院議員が319日の参議院予算委員会で、財務省の太田充理財局長に向かって、「民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めており、増税派だからアベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているのか」と発言した件も、翌20日、自民党の申し出を受けて、予算委理事会で会議録から削除されることになった、と伝えている。

 議事録からの削除は「改ざん」である
 そこで、参議院事務局の文書課に問い合わせたところ、次の通りだった。
 ・予算委員会の理事会で渡辺議員、和田議員の該当する発言箇所を
  削除することが決まっている。その箇所を含め、目下、議事録を
  作成中である(未完)。
 ・渡辺議員の該当発言箇所は全て削除、和田議員の該当発言は一部
  を削除(書き換えではない。)
 ・こうした削除は「参議院規則」第158条に基づいてなされた。

 しかし、こうした暴言はそれ自体、発言した国会議員の資質を国民が判断する上で必要な情報であり、それを会議録から削除することは議員・政党に不都合な事実を抹消する『改ざん』=公文書の私物化にほかならない。

 削除は参議院規則にも背く
 
ちなみに「参議院規則」第158条は、次のとおりである。

 「発言した議員は、会議録配付の日の翌日の午後五時までに発言の訂正を求めることができる。但し、訂正は字句に限るものとし、発言の趣旨を変更することができない。国務大臣、内閣官房副長官、副大臣、大臣政務官、政府特別補佐人その他会議において発言した者について、また、同様とする。<以下、省略>」

 つまり、発言の「訂正は字句に限」り、「発言の趣旨を変更することができない」と定められているのである。今回の渡邊議員発言、和田議員発言は「字句の訂正」で収まるものでないことは明らかであり、当該箇所を削除すれば、「発言の趣旨」は不明となる。したがって、発言の削除が「参議院規則」第158条に違反することは明らかである。

 削除前の発言は決裁文書で残されるが公開されない
 今日、参議院事務局文書課にかけた電話の最後で、こんなやりとりをした。
 醍 醐「委員会議事録も公文書と考えてよいか?」
  (しばらく間をおいて)
 参議院「そう考えている」
 醍 醐「では、削除前(元)の発言はどこに残るのか?」
 参議院「決裁文書に残る」
 醍 醐「その決裁文書は情報公開の対象となるのか?」

 参議院「非公開としている」
 醍 醐「不開示理由のうちのどれに該当するのか?」
 参議院「そこまでここで説明できない」
 醍 醐「決裁文書も公開されないなら議事録から削除された暴言は
     国民の目に触れる機会がなくなる」
 参議院「録画はある」
 醍 醐「しかし、それでは『公文書管理法』が定めた文書主義を遵
     守することにならない」

 公文書としての議事録は国民共有の知的資源であり、国民の知る権利をかなえる公器であって、政党・政治家が身勝手に手を加えることができる私物ではない。この意味で、議事録の改ざんは国民の知る権利を冒瀆する不当行為である。


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