「虚妄の自由貿易原理主義で農業を荒廃させてはならない」

2018112

 日本ほか11ヶ国が合意したTPP11がこの1230日に発効することになった。これを受けて、JAcom(農業協同組合新聞)が緊急に企画した「TPP11 1230日発効」に寄稿したところ、今日、同紙の〔電子版〕にアップされた。以下はその全文である。
 https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/2018/11/181102-36561.php 

 なお、
この緊急特集には、今の時点で、田代洋一さん(横浜国立大学名誉教授)、小林光浩さん(JA十和田おいらせ代表理事専務)の寄稿も掲載されている。
 https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/111230-1/ 

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  虚妄の自由貿易原理主義で農業を荒廃させてはならない

                          醍醐 聰

農業に相容れない自由貿易原理主義

 自由貿易主義を支えるのは、生産性で比較優位の財を輸出し、比較劣位の財を輸入することで、貿易当事国双方の利益を最大にするという国際分業論である。はたして、農業に対等な国際的分業は成り立つのか? 多国籍ならぬ無国籍企業が幅を利かせるTPPやEPSに国際分業は当てはまるのか?
 人間の生命維持に関わる農産品の需要は工業製品のように価格弾力性が高くはない一方、農産品の供給は収穫が自然環境に左右されて変動する。そのため、世界的規模での農産品の価格は、わずかな供給量の変動でも大きく変動し、供給過剰の時は価格が暴落して生産者は打撃を蒙る一方、供給不足の時は、生産国は自国の需要充足を優先し、余剰品は購買力の大きな先進国が買い占めるため、購買力の乏しい国々では飢餓が絶えない。
 生産不足の時の輸出制限、生産過剰の時の輸出補助金によるダンピング輸出の奨励、相手国の需給バランスを無視した余剰米の押し売り輸出(ミニマムアクセス米など)などは、農業に国際分業が成り立ちにくい事情を物語っている。

 かつてクリントン米大統領が国際世界食料デー(20081016日)で「食料は他の商品と同じではない。われわれは食料自給率を最大限高める政策に戻らなくてはならない。世界の国々が食料自給率を高めることなく、開発を続けることができると考えることは馬鹿げている」と演説したのも至極、正論だった。
 そもそも食料自給率38%(穀物自給率28%)の日本と穀物自給率が押しなべて100%を超えている米国、カナダ、EU先進国が同じ土俵で自由貿易を議論する(できると考える)こと自体、ナンセンスなのである。いわんや、穀物自給率28%の日本の政府が自由貿易を牽引するなどと得意げに語ること自体が滑稽なのである。自国ファーストのトランプ米大統領から「いうことを聞かなかったら自動車にものすごい関税をかけるぞと脅かすと、直ぐに〔二国間〕交渉をすると言ってきた」と見くびられた安倍政権が自由貿易主義を牽引すると語るのは笑止の沙汰である。

 

◆TPPを上回る譲歩

 結局、この先の日米二国間交渉は、自動車をカードに使って、日本にTPPを上回る農業市場の開放を迫るトランプ流の大国主義的「ディール」に安倍政権が、巨額の兵器購入も含め、屈する売国交渉となることが避けられそうにない。農業に関しては、全容が定かでない、TPPに備えた国内対策を織り込んで試算された影響額はあてにならない。また、目下、政府が検討している外国人労働者向けの在留資格の緩和措置に対象業種に農業が含まれた場合、TPPそれ自体の影響かどうかは別にして農業に及ぼす影響が懸念される。

 そもそも、性格の異なる自動車と農業を「ディール」と称して天秤にかけること自体、不見識である。また、自動車も農業分野の交渉のカードで終わるわけではなく、来年1月からの交渉入りを待たず、早くも、米国内の雇用拡大を目指す米国政府に、輸入関税の大幅引き上げや現地生産の拡大を迫られている。
 政府は農業など物品の分野ではTPPの水準を守ったというが、国内向けのPRに過ぎない。合意文書では「尊重する」と謳われただけで、対米交渉でアメリカを拘束するものではない。TPPはひどい内容だと不満を募らせて政権発足早々にTPP合意から離脱したトランプ大統領がTPP合意を尊重する意思などあるはずがない。

 そもそも論を言えば、TPP水準ならいいなどと日本の農業・酪農関係者は誰一人考えていない。たとえば牛肉の関税を今の38.5%から16年後に9%まで下げるというTPP並みの水準は、これ自体、激変である。しかも、16年かけてというが、初年度に27.5%まで一気に引き下げるスケジュールになっている。また、合意停止のセーフガードも牛肉の場合は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止(豚肉は12年目で廃止)となっている。
 しかも、政府は米国のTPP復帰の見通しが消えた場合、セーフガードの発動基準数量などを見直すとしてきたが、今現在、いつ、どのように見直すのか不明である。経済成長といえば、GDPと企業の経営環境しか眼中にない安倍政権にとっては、それでよいのかもしれないが、基幹的食料の自給率の低迷は百年の災いとなって後代にのしかかる。

 昨年12月に合意された日・EUEPA(経済連携協定)について農水省は大臣談話(201776日の大筋合意の時点)で、長期の関税引き引き下げ期間と輸入急増に対するセーフガード等を確保したというが、ソフト系チーズ、スパゲティ、マカロニ、小麦、ワインではTPPよりも譲歩した内容となっている。たとえば、ワインのセーフガードはTPPでは8年目撤廃であるが、日・EUEPA合意では発効時に撤廃となっている。年間醸造量が100kl以下の小規模ワイナリーが80%を占めると言われる日本のワイン業への影響が懸念される。

 そもそも、新規就農/離農は経営の将来見通しをもとに判断されるのであるから、関税の段階的引き下げとかセーフガードの一定期間後の撤廃という猶予の意味は乏しい。
 こうした農業への甚大な影響を阻止、緩和するには日米二国間交渉の中止、日EUEPAの見直しが不可欠であるが、今の政府に日本農業を守るという意志がないなら、農業者は政権選択まで踏み込んだ意思表示と行動が必要になってくる。

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自動車の盾として農業を売り渡す屈辱交渉は許されない

2018928

 今日、「農業協同組合新聞」に、「自動車の盾として農業を売り渡す屈辱交渉は許されない」というタイトルの小論を寄稿した。さっそく、同紙の「電子版」に掲載されたので、その全文をこのブログに転載することにする。
 https://www.jacom.or.jp/nousei/tokusyu/2018/09/180928-36239.php 
 
 
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自動車の盾として農業を売り渡す屈辱交渉は許されない  

                          
醍醐 聰 

 日本政府は、今回の日米関税交渉合意は「TAG」(投資・サービスなどを含まない物品の関税交渉)だと強調し、「これまで日本が結んできた包括的なFTAとは全く異なる」(安倍首相)と語っているが、幾重にも言葉遊びの欺瞞である。
 ①合意文書には、物品の関税交渉が決着したら、物品外の交渉に入ると明記されている。投資やサービスは交渉から「除外」ではなく、交渉入りをずらしたに過ぎない。だから、今回、日米首脳が合意した交渉入りは紛れもなく「FTA」(日米二国間協議)であり、この種の交渉は拒むと言ってきた政府の公約違反である。
 ②しかも、当面は物品に限ったから心配ない、などとどうして言えるのか。「交渉中は自動車の関税問題は棚上げする」という確約を得た? 交渉という以上、当り前で、日本の成果でも何でもない。

しかし、実際は当たり前にすらならない恐れがある。トランプ大統領は、農業分野の関税引き下げ等について言うことを聞かなかったら交渉中でも報復関税を課すと公衆の面前で安倍首相に脅しをかけたからだ。メンツをつぶされた格好の安倍首相は、へらへら苦笑いしただけだった。どこの国の首相なのか?
 結局、今回の日米関税交渉合意は、自動車をカードに使って、日本に農業市場のさらなる開放を迫るトランプ流の「ディール」に安倍政権が早々とも屈した売国交渉以外の何物でもない。また、自動車も農業分野の交渉のカードで終わるわけではなく、米国内の雇用拡大を理油に輸入関税の大幅引き上げや現地生産の拡大を迫られる公算が大である。

 これについて、政府は農業など物品の分野ではTPPの水準を守ったというが、国内向けのPRに過ぎない。合意文書では「尊重する」と謳われただけで、対米交渉でアメリカを拘束するものではない。なぜなら、アメリカ第一主義を掲げ、TPPはひどい内容だと不満を募らせて政権発足早々にTPP合意から離脱したトランプ大統領にとって、TPP合意を尊重する意思などあるはずがないからである。
 この意味で、この先の物品分野の日米交渉にとってTPPはスタートラインに過ぎず、関税、非関税のどちらの面でも、安保と拉致問題での「借り・貸し」を絡めながら、譲歩を迫るトランプ政権に日本が押し込まれる公算が大である。

 また、そもそも論を言うと、TPP水準ならいいなどと日本の農業・酪農関係者は誰一人考えていない。たとえば牛肉の関税を今の38.5%から16年後に9%まで下げるというTPP並みの水準は、これ自体、激変である。しかも、16年かけてというが、初年度に28.5%まで一気に引き下げるスケジュールになっている。また、合意停止のセーフガードも牛肉の場合は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止(豚肉は12年目で廃止)となっている。

 結局、この先の日米二国間経済交渉はどの面から見ても日本にとって得るものが乏しい反面、被害は多くの分野で、とりわけ農業の分野では、所得減、離職、後継者難が相まって、計り知れない。
 国会、世論には、アメリカへの屈辱的な朝貢交渉を止める独立国としての自尊心と勇断が求められている。


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TPPバスから下車することが唯一・最善の道~12月2日、参議院TPP特別委で意見公述~

2016124

  今月2日、急きょ、参議院TPP特別委員会に参考人として出席して意見を公述した。私の他、遠藤久夫氏(学習院大学教授)、西尾正道氏(北海道がんセンター名誉院長)が冒頭15分ずつ意見を述べ、その後、7会派の委員と各20分、質疑を交わした。以下はその録画である。

醍醐の冒頭の意見陳述の録画 (約16分)
https://www.youtube.com/watch?v=tf7DV5eTtP0&feature=youtu.be
 

公聴会全体(7会派の議員との質疑を含む)の録画 
https://www.youtube.com/watch?v=P0DSFaZh9-w&feature=youtu.be
 

なお、NHKが夕方のニュースで公聴会の模様を短く伝えたことを一昨日、帰宅して知った。

TPP参院特別委で参考人質疑 医療分野で意見NHK 122 1618分)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161202/k10010792771000.html
 

 なお、ネットを検索するうちに、「ももな」というニックネームの方が私の冒頭意見陳述を文字におこしてくださっていることを知った。
http://ameblo.jp/sumirefuu/entry-12225264393.html

ご尽力に感謝しながら、拡散可という趣旨の添え書きがされているので、以下、転載させていただく。なお、私の不明瞭な発言のため、聞き取りづらかったことから表記の正確を期すため、数か所、訂正と加筆をさせていただいた。また、このブログに掲載するにあたって小見出しを付けた。なお、参議院としての議事録が追って作成される。それが公式の記録である。

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               醍醐聰 冒頭意見陳述

 醍醐と申します。こういう機会を頂きましてありがとうございます。

国会承認は譲歩の国際公約となる
 私が申し上げたい事は、大きく二つでございます。もはや発効が見込めなくなったTPP協定。それでも国会で承認するという事は、ただ無意味であると言うにとどまらず、危険な行為だと言う事をお話ししたい。
 では、どこが危険なのか。協定案をスタートラインとして、二国間協議に入って行く事がどうして危険なのか?その事を少しお話しします。その場合、本日の主なテーマである医療、薬価問題を中心にお話ししたいと思っております。

 TPP協議に参加入りを決めた時に、全国の大学教員が非常に将来を危惧しまして、約850人の様々な分野の大学教員、私の様な名誉教授も含めまして、TPP参加交渉からの脱退を求めようという会を作りました。
 今回、1128日に緊急声明を発表しました。今日の私の話と関わる所を少し読み上げさせて頂きます。

 「死に体のTPP協定をわが国が国会で承認しようとするのは、無意味であるというにとどまらず、危険な行為である。協定文書を国内で承認すれば、仮にTPPが発効に至らないとしても、日本はここまで譲歩する覚悟を固めたという、不可逆的な公約と受け止られ、日米二国間協議の場で協議のスタートラインとされる恐れが多分にある。」
 この点を私は強調したいと思っております。

 これは実は大学教授の会だけが言ったのではなくて、安倍首相ご自身が国会で実はおっしゃっている訳です。28日、昨日、私もテレビで見ましたが、この特別委員会の場で安倍首相はこういう答弁をされています。

 協定案が国会で承認されるならば、「日本がTPP並のレベルの高いルールをいつでも締結する用意があるという国家の意志を示す事になる」、こういうことを明言されています。解釈は全く逆ですけれども、将来の見通しについては奇しくも同じになっている様な気がしました。
 しかし、その解釈の違いなのですが、つまりTPPバスの行き先が全く違うと言う事ですね。協定案は、それほど、安倍首相がおっしゃるほど胸を張れる内容なのか?  バスの行き先は、墓場から至福へといつ変わったのか? 私は変わったとは思っていません。むしろTPPの原理主義で例外無き関税撤廃に向かってひたすら走り続けるという事だと思っております。

国会決議に背く協定案
 そのようなTPP協定を国会が承認すると言う事は、そもそもなぜ危険なのかというと、危険に警鐘を鳴らした国会決議に背いていると言う事です。これにつきまして、ある議員が「日本は他国に比べて多くの例外を確保した」とおっしゃっていました。昨日、TPP特別委員会をテレビで見ておりまして、その録画をとってお配りしている〔パワポバージョンの〕資料に貼付けました。これは、よく頑張ったというおっしゃり方でした。しかし、この他国に比べてと言う時に、日本は他国がほぼ100%関税を撤廃したのに対して、日本は全品目では95%農林水産品では82%という数字をパネルで紹介されました。問題は、この82%から外れたのは一体なんなのだと。その事を触れられなかったのを私は奇異に思いました。
 重要5品目が594ラインです。そのうちの28.5170品目で関税を撤廃しております。また、269品目45.3%で税率削減か新たな関税割当をしております。このような内容抜きに、よくやった!ととても言えるものではないと思っております。

 しかも強調したい事は、この協定案がファイナルではないと言う事です。これからがむしろ、どんどんとTPPバスが先へまっしぐらに走り続けると。その事が、皆様には言うまでもない事ですが、協定案の附属書をご覧になればもう随所に協議、協議と言う言葉が登場します。しかもまた、セーフガードにつきましても牛肉は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止。豚肉は12年目で廃止。と軒並み廃止です。

片道切符の継続協議の約束に触れないのは欺瞞
 次のページです。安倍首相は再協議には応じないってことを繰り返しおっしゃっています。私はこの言葉がすり替えだと言うふうに思う訳です。
 そもそもTPP協定案で明記されているのは再協議と言う事ではなくて、協議、協議、つまり継続協議を約束すると言う事が、TPP協定の根幹だと思っているわけです。
 「協議を継続する」と協定案の中に明記されている事を、あたかも任意でやったりやらなかったりできるかのような「再協議」と言うふうに呼び方を変えると言うことはすり替えだと思います。
 しかも、この継続協議といいますけれども、逆戻りが出来るのかどうなのかです。

 

片道切符のバスと書きましたが、例えば第241では、「いずれの締約国も現行の関税引き上げ又は新たな関税を採用してはならない」となっている訳ですから、もう逆戻りは出来ないということです。これは、もう好き嫌いではなくて約束している訳ですね。これは安倍首相といえども変える事は、離脱しない限り、出来ない訳です。
 それから、同条の2で「漸進的に関税を撤廃する」ということも明記しています。
 また、同条3では、「関税の撤廃時期の繰り上げについて検討するため、協議を継続する」と言う事も明記しております。
 さらに、「附属書2D 日本国の関税率表 一般解釈の9a)では、「オーストラリア、ニュージーランド又はアメリカ合衆国の要請に基づき、原産品の待遇についての約束、これにはセーフガードも含むとあります、について検討するため、この協定が効力を生じる日の後7年を経過する日以降に協議する」となっています。協議と言いましても、どちらにも向けるのでは無くて、関税を下げる、撤廃の方向にひたすら走る協議だということは、もうこれは動かせない事実となっております。
 この後は少し、医療をめぐって、意見を述べさせて頂きたいと思います。

医療の分野にも組み込まれた継続協議の約束
 協定の第26章、このあたりは時間が無いのでやめますが、その中の第5条で
 「各締約国はこの附属書に関連する事項について協議を求める他の締約国の要請に好意的な考慮を払い、協議のための適当な機会を与える」と言っています。つまりTPP協定全般ではなくて、医療でもこのような約束が明記されています。

 また、この協議に関して、日米両国間が交わした書簡が含まれています。今年の24日に日米がかわした書簡で、フロマン氏からこういう書簡が出されています。

 「日本国及び合衆国は、附属書26A5に規定する協議制度の枠組みの下で、附属書に関するあらゆる事項、この中には保健医療制度を含むとあります、について協議する用意があることを確認する。本代表は貴国政府がこの了解を共有する事を確認されれば幸いであります」と書かれています。これに対し、同じ日に高鳥修一副大臣名で、
 「本官は、更に、日本国政府がこの了解を共有していることを確認する光栄を有します。」
と述べています。
 つまり、この書簡で医療をめぐって協議を入る事を約束している、TPPの中に二国間協議の入り口がリンクされている訳ですね。ですから、TPPと二国間協議はもう連動している訳です。TPPを承認すると言う事は、このような協議に入る事を約束すると言う事になる訳です。
 あるいは、TPPが発効しなくても安倍首相の言葉を借りれば、それを国際公約として胸を張って約束するということをおっしゃっている訳ですね。

二国間協議で薬価の高止まりを要求する米国
 そのことが、どういう懸念があるのかと言う事ですが、20112月に発表されました日米経済調和対話の中の米国側関心事項と言うのがあります。
 その中で、先程からちょっと出ました、新薬創出加算を恒久化する。加算率の上限を廃止すると記しています。それから、オブジーボの件でこの後、出てくる市場拡大再算定ルールが、企業のもっとも成功した価値を損なわない様、これを廃止もしくは改正すると。こういう事を米国は要望事項として出しています。
 その市場拡大再算定ルールを前倒しで使って半額にしたのがご承知のオブジーボです。詳しい事は時間が無くて触れられません。これが前倒しした事でオブジーボは緊急でしたが半分に下がった訳です。
 因にこれオブジーボだけでは無いということを申し上げたいので、(お配りしました)高額新薬品データー一覧をご覧ください。例えば、一瓶あたりとか、あるいは一日薬価とか、12週間とか。軒並みこれが一日薬価でも万単位はざらに出て参ります。このようなものが軒並みある訳ですね。これらをどうするのかと言う時に、予想よりも市場が拡大した、あるいは効能が拡大した、そのことをもって、それに市場が拡大したものに見合うだけ薬価を下げると言う仕組みが、今後の薬価の高止まりを抑える決め手になると私は思う訳ですが、アメリカはそれをやると成功した医薬品の価値を損なうといって廃止を求めてきている訳です。これはものすごく脅威だと私は考えております。

あり余る余剰資金~開発費の回収は薬価加算の理由にならない~
 私がこういうことを言うと、それをやると新薬開発のインセンティブを損なうのではないかという指摘がございます。しかし私、会計学を専攻している者として、これにはどうしても一言二言申し上げたいと思う訳です。
 「開発費の回収は薬価加算の理由にならない」と書きましたスライド原稿のところです。今回、意見陳述の準備をする過程で20052014年度の売上高営業利益率調べました。売上高を100とした時に営業利益としていくら残ったかの割合です。製造業の加重平均は3.4%でした。それに対し、東証一部上場27社の製薬企業は16.3%、製造業平均の約5倍弱でした。
 大事な事は、この営業利益というのは試験研究費を費用として差し引いた後の数字だと言う事を是非ご理解頂きたいと思います。
 次に、今度は製薬企業上位16社の財政状況です。製薬工業会が出しているデーターですが、20103月期から20163月期の6年間で見ますと、留保利益は7.5兆円から8.7兆円に1.2兆円増えています。では留保利益全部を設備投資等に使ったのか? そうじゃない。この間、現金預金は1.6兆円から2.7兆円。つまり留保利益が増えたのとほぼ同じ額だけ、手もとの現金預金として持っている訳です。
 もっと薬価上げて欲しいと言う前に、これなぜ使わないのですか?こんな状態で、お金が足りない、インセンティブが損なわれます、なんて言って社会的に通用するのかということを、ぜひとも申し上げたい訳です。

国民皆保険を未来の世代に引き継ぐ政治の責任が問われている
 最後に私が感銘を持ったのは、201374日、自民党長老の尾辻秀久議員が選挙の出陣式でおっしゃったことです。YouTubeで聞きました。こういう場で画像まで取り出すのはいかがかと思ったのですが、貼り付けました。
 「米では4000万人が医療保険に加入していない。」
 「WTOは世界の医療保険制度で文句なしに日本が一番と太鼓判を押した。」
 「なんで15番の国、米から世界一の日本が偉そうに言われるんですか?」
続きまして、
 「私たちの宝を、米の保険会社の儲けの走狗にするためになくすなどという愚かな事を絶対にしてはいけない。」

 私はこの言葉を聞いて本当に感銘を覚えました。そこでこれを受けまして、最後に。

・多国籍製薬資本の営利に国民皆保険制度を浸食されて良いのか?
・国民皆保険制度を財政面から揺るがさないためには、TPPバスから
 下車するのが唯一最善の道だと私は考えます。
・結局、今、国会議員の皆さま、あるいは国民一人一人、有権者一人
 一人に問われているのは、未来の世代に尾辻さんのおっしゃる貴
 重な財産、宝物を未来の世代にしっかりと引き継ぐ事ができるのか
 どうなのか。それを引き継ぐ責任が問われている、

と言うふうに申し上げて終わらせて頂きます。

 



 

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TPPからの離脱を~大学教員の会:緊急声明を発表~

 20161128
 
 TPPの国会承認手続きが緊迫した状況になっている折、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は17名の呼びかけ人が協議した結果、本日、次のような緊急声明をとりまとめ、報道関係者にリリースするとともに、TPPに関わりが深い団体、個人に広報した。(以下、文中で赤字にしたのは筆者の編集である。)

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                   20161128

緊急声明
  TPPの国会承認手続きを中止し、TPP協定からの離脱
           を要求する

     TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会

 日本政府はトランプ・米次期大統領がTPPからの離脱を明言した今もなお、日本主導でTPPの発効にこぎつけると公言し、国会承認手続きを強行しようとしている。
 当会は、以下の理由から、政府与党のこうした動きに強く抗議し、TPP協定の国内承認手続きを直ちに中止するとともに、日本がTPP協定からすみやかに離脱することを要求する。

 1.目下、国会で承認を求められているTPP協定には、わが国がTPP交渉に参加するにあたって衆参農林水産委員会で決議された事項に反する内容が随所に含まれている。そのような協定文書を国会が承認することは国権の最高機関として自殺行為に等しい。また、TPP反対を公約に掲げて当選した国会議員がTPP協定の承認を強行する「数の力」に加担するのは国民に対する重大な背信行為であり、とうてい許されない。

 2.目下、国会で審議されているTPPのテキストだけでは不明な懸念事項が山積している。
 協定文書には、「物品の貿易に関する小委員会」、「農業貿易に関する小委員会」、「政府調達に関する小委員会」などの設置が明記され、多くの分野で追加協議が行われることになっている。政府は再協議には応じないと語っているが、かりにTPPが発効した場合、これら小委員会の場で日本に対し、目下の最終テキストを上回る市場開放要求ならびに規制・制度の改変・撤廃の要求を突きつけられる公算が大である。
 そのように不透明な要素をはらむTPPを前のめりに承認することは、わが国の国民益をグローバル企業に売り渡す危険を顧みない暴挙であり、許されない。

 3.とはいえ、米国の離脱が確定的になったことから、TPPの発効はもはや不可能となった。そのような死に体のTPP協定をわが国が国会で承認しようとするのは無意味というにとどまらず、危険で愚かな行為である。
 なぜなら、トランプ次期米国大統領はTPPに代えて、今後はアメリカ第一主義の立場に立った二国間協議に注力すると明言している。日本がこの二国間協議の最大のターゲットになることは明らかである。となると、日本が各国の動向を顧みず、協定文書を国内で承認すれば、たとえ、TPPが発効に至らないとしても、各国から「日本はここまで譲歩する覚悟を固めた」という不可逆的な国際公約と受け取られ、日米二国間協議の場で、協議のスタートラインとされる恐れが多分にある。このような懸念は以下の事項で特に大である。
 
 ➀ すでに日本はTPP協定交渉に参加するにあたって「入場料」としてBSEの輸入制限を30か月齢以下まで緩めた。この先、米国は「科学的根拠を示せない輸入制限は撤廃すべき」と迫ってくることは必至である。遺伝子組み換え食品の表示やポスト・ハーベストの規制についても同様の論法で撤廃を迫られる恐れが強い。TPP協定文書では、農業・畜産の分野で関税ゼロに向けた片道切符の市場開放の協議を約束させられている。
 TPPの発効を待たず、「自主的に」米国の理不尽な要求に屈して市場を「開放」してしまった汚点は消えないが、TPP協定の国会承認を思いとどまることは、これ以上、米国の要求を飲まされる「アリ地獄」にはまらないための歯止めとしての意義がある。と同時に、国会決議に反して約束させられた市場開放を無効化し、今後の日米二国間協議で理不尽な市場開放・規制撤廃要求を拒む足場となる。

 ② もう一点は医療の分野での懸念事項である。わが国では超高額医薬品の登場が大きな社会問題(限度を超える患者負担、医療保険財政への過重負担)となっている。過日、市場拡大再算定制度を発動して緊急の値下げが図られた事例があるが、米国は日米経済調和対話の場で、「成功した製品の価値を損なう」として、この薬価再算定ルールの撤廃を要求してきた。
 わが国が「自由貿易主義の旗手」を気取って国民のいのちと健康を守る規制の撤廃を受け入れる意思を表明したり、国内の審議機関への外国資本の参加に道を開いたりすることは、米国第一主義の餌食となる恐れが強い。

 当会は、対等平等、互恵の精神に立った国際的な経済連携の実現を期待する立場から、それとは相容れない、食の安全と自給、国民のいのちと健康、国と地方自治体の経済主権を多国籍資本の営利に明け渡すTPPの国会承認の中止、TPP協定からの離脱を政府と国会に要求する。

                           以上

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なお、大学教員の会の呼びかけ人(17名)は以下のとおりである。
  磯田 宏(九州大学准教授/農業政策論・アメリカ農業論)
  伊藤 誠(東京大学名誉教授/理論経済学)
  大西 広(慶応義塾大学教授/理論経済学)
  岡田知弘(京都大学教授/地域経済学)
  金子 勝(慶応義塾大学教授/財政学・地方財政論)
  楜澤能生(早稲田大学教授/法社会学・農業法学)
  志水紀代子(追手門学院大学名誉教授/哲学)
  白藤博行(専修大学法学部教授/行政法学)
  進藤栄一(筑波大学名誉教授/国際政治学)
  鈴木宣弘(東京大学教授/農業経済学)
  醍醐 聰(東京大学名誉教授/財務会計論)
  田代洋一(横浜国立大学名誉教授/農業政策論)
  萩原伸次郎(横浜国立大学名誉教授/アメリカ経済論)
  日野秀逸(東北大学名誉教授/福祉経済論・医療政策論)
  廣渡清吾(東京大学名誉教授/ドイツ法)
  山口二郎(法政大学教授/行政学)
  渡辺 治(一橋大学名誉教授/政治学・憲法学)




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大学教員の会、TPP「妥結」に抗議する緊急声明を発表

20151010

  米国・アトランタで開催されたTPP交渉会合に参加した12か国の閣僚は、105日午前(日本時間5日夕刻)から開催された全体会議を終えて交渉は「妥結に達した」と発表した。
 これを受けて、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」(以下、「大学教員の会」)は109日、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の「妥結」に抗議する緊急声明」を取りまとめ、同日、発表した。その全文は次のとおりである。

「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の『妥結』に抗議する緊急声明」
2015109日 TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会)
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/TPPdaketu_kogiseimei_20151009.pdf

 
以下、この声明の骨子を掲載しておきたい(小見出しは筆者が追加したもの)。

声明は今回の「妥結」がはらむ大きな問題を3つに要約している。


全容示さぬまま「妥結」が独り歩き
 【1】日本政府も日本の大手マスメディアもそろって「大筋合意」と喧伝しているが、果たしてどこまで具体的に「合意」した上での「妥結」なのか極めて不透明だということ。
 具体的に言うと、「閣僚声明」は、「合意の結果を公式化するには完成版協定テキストを準備するための技術的作業を継続しなければならない」としており、協定本体すらできあがっていないことを公言している。また12ヵ国による『協定の概要』では,全体がほとんど具体性を欠くだけでなく、投資の市場開放,サービス貿易の市場開放、政府調達、国有企業規律といった、日本をはじめ各国の市民生活や国家主権にもとづく政策・規制実行にかかわる重大な事項に関する例外のリストや適用範囲が、いずれも「附属書に記される」とされたままで、明らかにされていない。
 これでは、今回の「妥結」なるものが、主要交渉国の政治日程(米国大統領選挙、カナダ総選挙、トルコでの主要20ヵ国閣僚会合、日本政府内閣改造など)への帳尻合わせと、「この機会を逃せば妥結まで年単位の時間がかかる」「その間に交渉各国での反対の世論や運動が高まってしまう」という危機感から、「妥結」という形式を既成事実化してしまうための「演出」なのではないかという疑念さえ否定できない。

国会決議、自民公約違反のオンパレード
 【2】日本政府が即日発表した説明文書、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」と「TPP交渉参加国との交換文書一覧」(内閣官房TPP政府対策本部)によると、衆参両院農林水産委員会決議(2013418日・19日)や自民党外交経済連携調査会決議(2013227日。201212月総選挙公約の再確認・具体化)との関係で以下のような重大な問題がある。

 第1は、妥結内容が、「米,麦,牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目を、(関税交渉の)除外又は再協議の対象とする」とした国会決議・自民党決議に違反しているということである。例えば、

 ①米はミニマムアクセスの他に米国とオーストラリア向けに当初5.6万トンから13年目以降は7.84万トンの追加輸入枠を供与し、ミニマムアクセス枠の内部でも6万トンを実際上米国向けとし,さらに調整品・加工品は関税撤廃ないし削減した。

 ②麦もWTOで約束したカレントアクセスの他に、米国、オーストラリア、カナダ向けに小麦で当初19.2万トンから7年目以降25.3万トン、大麦で当初2.5万トンから9年目以降6.5万トンの輸入枠(SBS方式)を供与し、さらにこれら国家貿易分全体に対する関税にあたるマークアップを9年間で45%削減するとした。

 ③牛肉は自民党自身が「これ以上は譲れないレッドライン」と公言していた日豪EPAでの最終関税19.523.5%を大幅に下回る9%まで削減し、20年目以降はセーフガードさえ実質的に廃止する道を開いた。

 ④豚肉も従価税4.3%を10年間で廃止するとともに、もっとも重要な,安価品の国境措置となってきた従量税482/kgを当初125円とした上で、10年間で50円まで引き下げ、さらにセーフガードも12年目には廃止とした。その結果、牛肉・豚肉については限りなく関税撤廃でセーフガードもないというところまで市場を開放する内容となった。

 さらに乳製品でも特別輸入枠を設定して拡大するというように、国会決議・自民党決議への「違反」がオンパレードの状況になった。
 さらに「重要品目」以外でも,輸入の伸びている林産物(合板・製材)を16年間で関税撤廃、あじ、さば、さけ・ます、ぶり、するめいか等の水産物でも1116年で関税撤廃というように、農林水産物分野全般で、とめどない譲歩を差し出した。


利益相反抱えるISDS仲裁人

2に、市民生活にとって懸念材料である食の安全・安心、自動車等の安全基準、環境基準、国民皆保険、公的薬価制度の仕組みの維持、濫訴防止策等を含まないISDS(投資家国家間紛争条項は合意しないといった点を担保する具体的措置がなんら示されていないということである。例えば、ISDSの「濫訴抑制」を誇示するために、政府は「全事案の判断内容等を原則公開とする」「外国投資家による申立期間を制限する」という規定が入っていることを強調しているが、これらが「濫訴抑制」、まして「濫訴防止」の歯止めになる保証は何ら担保されていない。
 それどころか、仲裁廷では、多国籍企業のコンサルタントや顧問弁護士を日常業務とする世界でひとにぎりの法律事務所・法律家が、投資家、国家、仲裁人を入れ替わり立ち替わり務めている実態があり、そこには謂わば「ISDSビジネス」が成立している。これでは多くの仲裁人は「利益相反」の立場にあるといえる。

内容不詳の「合意」

 また、「TPP交渉参加国との交換文書一覧」には,「医薬品及び医療機器に関する手続きの透明性・公正性に関する附属書」「自動車の非関税措置」「自動車の基準」など、TPP協定本体とは一応別ではあるが、私たちの市民生活に重大な影響を及ぼしうる日米間協議事項が多数あげられながら、「(※全て関係国と調整中)」として「合意」されていないか、あるいは「合意」されているのに概要すら公表されていないものが山積している。
 このような、国会決議や自民党決議にもある重要事項についての重大な懸念が「全て調整中」などとしたままの「妥結」は、はたして「合意」「妥結」といえるのか、深い疑義を持たざるを得ない。

国民主権、国会の審議権を蹂躙した国内承認スケジュール
 【3】この「妥結」が「大筋合意」だと既成事実化されてその後のプロセスが米日両政府などの思惑どおりに進められるなら、そこでは国民、そしてその代表として協定「承認」の是非を議論すべき国会(国会議員)に対して、協定(協定本体、譲許表、附属書、附属書簡、交換文書などを合わせると数千ページになるとされている)をまともに知り、理解し、精査し、議論し、そして判断する機会を奪う、つまり国民の知る権利、国民主権、国権の最高機関たる国会権限をいずれも蹂躙するという重大問題がある。

 日本政府は20161月招集の通常国会にTPP協定承認案を上程して審議・可決し、すかさず「TPP対策予算」を組んで重大な被害が及ぶ農業等の分野に対する何らかの「手当」を済ませた上で、7月の参議院選挙に臨もうとしている。しかしこのような党利党略的スケジュールでは、日本の国民も国会議員も、20161月招集の通常国会に上程されるまで、TPP協定について公式の情報を知ることができなくなってしまう。限られた期間内に、国民が,そして国会議員が膨大なTPP協定の全貌について認知し、理解し、精査し、その上で是非を判断することなど事実上不可能と言わざるを得ない。つまり政府・与党が政権延命のために「大筋合意」~「署名」~「承認案通常国会上程・審議・可決」というスケジュールを描いているとすれば、それは国民の知る権利、国民主権、議会制民主主義の蹂躙にならざるを得ない。


政府に対して3つのことを要求
 
 大学教員の会の緊急抗議声明は以上3つの重大な問題を指摘した上で、次の3点を実行するよう、政府に求めている。


 1.ただちに「妥結」「大筋合意」の全内容を、附属書(譲許表、ネガティブリスト、非適用措置その他)、附属書簡、「調整中」の交換文書などを含めて、公開すること。

 
2.政府自身が衆参両院の農林水産委員会決議に違反していないことを明白に証明し,かつそれを両委員会が精査の上承認しない限り、今次「合意」の撤回を日本政府として他の交渉参加国に呼びかけること。それが受け入れられない場合、今後の「署名」に至るプロセスには加わらず、TPP交渉から脱退すること。
 
 3.上の二の過程では、いわゆる業界団体に限らず、希望する最大限の一般市民・国民に「合意」の全内容を誠実かつ正確に伝達し、それら関係者、市民、国民からの意見聴取を行なう機会を、全国各地で設けること。

  今回の大学教員の会の声明は、発出者である呼びかけ人の1人として私が言うのも気が引けるが、発表された「TPP合意」がはらむ問題点、未解明の論点を全面的に検討し、「妥結」と称されるものの危険な内容を知らしめる上で価値ある文書と考えている。
 関係各位はもちろん、多くの国民の皆様にぜひとも一読いただき、拡散にご協力いただくことをお願いしたい。

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平均値で隠された賃上げ格差の実態~安倍首相の自画自賛を検証する (その4)~

 20151月13日

 1つ前の記事では安倍首相が使う「過去15年間で最高の賃上げ率2.07%」という数字は全雇用者の5%程度をカバーするに過ぎない連合傘下の大企業の賃上げ率を指すことを指摘した。この記事では平均値で示された賃上げ率によって隠された格差の実態をもう少し掘り下げて確かめることにしたい。

従業員1,000人以下の企業の約4割は賃上げ率1.4%以下
 
1は従業員規模を4つの階級に分け、階級ごとに賃金改定率の分布を示したものである。

 
1 企業規模別に見た1人平均賃金の改定率の分布
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyokibo_betu_chinage_kaiteiritu_no_bunpu.pdf
   (出所)厚労省「平成26年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」付表
     4より作成 

 上の表を見ると、従業員1,000人以上の企業では賃上げ率の最頻値は2.02.9%で、4550%の企業が2.0%以上の賃上げ率を達成している。
 これに対し、従業員999人以下の企業では賃上げ率0.11.4%が最頻値で、約40%が賃上げ率1.4%以下に属している。また、従業員999人以下の企業の60%以上は賃上げ率が1.9%以下となっている。
 
 全規模の賃金改定率の分布をグラフにすると正規分布とならず、0.11.4%と2.02.9%に2つのヤマができる。これは、規模別の賃金格差が存在していることを表している

 ところで、上の厚労省の集計では、企業規模が常用雇用者数に応じて4つに区分され、規模ごとの1人当たり賃金改定率が示されている。しかし、集計対象に就いては、「民営企業で、製造業及び卸売業,小売業については常用労働者30人以上、その他の産業については常用労働者100人以上を雇用する企業のうちから産業別及び企業規模別に抽出した 約3500企業を対象とした」、「平成26年調査の回答企業は 2,044社で、有効回答率は 57.8%であった」と記されているだけで、2,044社の規模ごとの分布は示されていない。
 企業規模ごとに賃金改定率にバラつきがあるにもかかわらず、集計対象の規模ごとの分布が示されず、各調査項目に対する回答も百分比のみで実数が示さていないのは統計調査の結果の公表の仕方として不可解である。

集計対象の割合を直近の実態に合わせて組み替えると加重平均賃上げ率は1.5%を割り込む
 連合201473日に発表した2014年春季生活闘争 第8回(最終)回答集計」(平均賃金方式)では、従業員規模ごとに賃上げ回答があった組合、人員数、加重平均賃上げ率が示されている。そこで、連合が集計した人員(常用雇用者)の企業規模ごとの割合を「平成24年経済センサス-活動調査」に収録された常用雇用者(国内)の規模ごとの分布と突き合わせると次のとおりである。

 
2 連合の集計対象を組み替えた上での賃上げ率の加重平均の再計算
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/rengo_no_chinageritu_no_kumikaekeisan.pdf


 そのうえで、連合が集計した常用雇用者の企業規模ごとの割合(分布)を「平成24年経済センサス」で集計された常用雇用者数の企業規模別百分比に合わせて組み替え、それをもとに全規模の賃上げ率の加重平均を計算し直すと1.87%となり、連合が発表した2.07%より0.2ポイントだけ低くなる
 さらに、より最近の実態を集計した国税庁「民間給与実態統計調査」(平成25年分)に収められた「事業所規模別の給与所得者数の構成割合」に準じて連合の集計組合割合を組み替えて賃上げ率の加重平均を再計算すると、上の表で示したように、全規模の賃上げ率の加重平均は1.43%となり、連合が発表した数値より0.64ポイントだけ低くなる

 そうなるわけは、表2の対比表からわかるように、実際には全常用雇用者の32.7%を雇用するにとどまる1,000人以上の規模の企業に属する常用雇用者が連合の集計においては全体の68.7%を占めるという集計対象の偏りに起因して、これら大企業の相対的に高い賃上げ率が全規模の賃上げ率の加重平均値を押し上げたからである。

 また、連合の集計では常用雇用者99人以下の中小・零細企業は全集計対象の常用雇用者の3.9%を占めるにとどまっているが、「平成24年経済センサス」では全規模の常用雇用者の37.8%がこの規模の企業に属し、国税庁「民間給与実態統計調査」(平成25年分)では全規模の常用雇用者の47.1%がこの規模の企業に属している。

 しかも、経産省2014815日に公表した「中小企業の雇用状況に関する調査 集計結果の概要」によると、常用雇用者100人以下の企業(集計数では6,981社)のうち定期昇給制度を含む賃金制度を持たない企業が4,108社(58.8%)を占め、そのうちの61.7%(2,535社。集計された常用雇用者100人以下の企業の24.4%)は2014年度中に月給の引き上げを実施しなかったと回答している。連合の集計では、このように賃上げを見送った中小・零細企業のウェイトが実態よりも極端に低かった。このことからも連合が発表した2014年春闘における平均賃上げ率2.07%という数字は実態よりも相当高めの数字だったことは明らかである。

 

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賃金統計をつまみ食いした「賃上げ成果」論のまやかし ~安倍首相の自画自賛を検証する (その3)~

  20141226

賃上げ率2.07%」の出所は?
 
 安倍首相は先の衆院選のさなか、特に後半、アベノミクスの成果のひとつとして、「賃上げ率は、過去15年間で最高(2.07%)」という数字を何度も挙げた。多くのマスコミも安倍首相のこのセリフをそのまま右から左へ伝えた。
 しかし、この「2.07%賃上げ率」の出所を知っている人、この数値がどのように抽出されたかを知っている人はどれくらいいるのだろうか? 出所は、連合が発表した今年の春闘の最終回答の集計資料である。

連合「2014年春季生活闘争 第8回(最終)回答集計結果について」
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/shuntou/2014/yokyu_kaito/kaito_no8_pressrelease20140703.pdf?07031415

 この資料の2目の最上段の表を見ると、平均賃金方式で計算した集計組合数5,442、集計組合員数2,689,495人の平均賃金の引上げ率は確かに2.07%と記されている。

全体の5%を反映したに過ぎない「平均値」
 しかし、この数字はよくよく注意して読む必要がある。
 上の2014年春闘での賃上げ率は加入組合員674万人の連合傘下の組合員1人当たりの賃上げ率の加重平均である。この674万人は201410月時点の全雇用者(5,279万人)の12%に過ぎない。かつ集計されたのは連合傘下の組合のうちで回答を引き出した5,443の組合、組合員数でいうと約269万人だから、全雇用者の5.1%にすぎない。しかも、回答を引き出した組合とは連合内で中核組合とか先行組合とか呼ばれている自動車、電機・金属、情報、交通・ガス、自治労といった大手企業が多数を占めており、平均より相当高い率の賃上げ回答を得た組合が多いと考えられる。
 このように、全雇用者に占める割合が5%程度にとどまり、かつ、高めの賃上げ回答を得た組合員の加重平均の賃上げ率がどこまで全雇用者の賃上げ状況を反映しているのか、慎重な検証が必要である。
 そこで、厚労省「毎月勤労統計調査」平成2610月分結果確報」に収められた「時系列第1 賃金指数」(調査産業計)にもとづいて、平成22年平均=100とした時のこの1年間の各月の「所定内給与」の指数、および、対前年同月比の推移を示すと次のとおりである。なお、ここで「所定内給与」を採ったのは賞与や残業代など一時的な業績変動に左右される給与を除外し、持続性のある給与引き上げに限定するためである。

  一般労働者の「所定内給与」の推移
 
  ――事業所規模5人以上/調査産業計――

           賃金指数       実質賃金
 
        指数   対前年同月比  対前年同月比  
 2010年     100.0    0.6        1.3
 2011年              99.8    -0.2                   0.1
 2012年      99.9     0.1       -0.7
 2013
年      99.9           0.0                    -0.5
 2014
年1月      99.4           0.1       -1.8
        2月    99.7           -0.2        -2.0  
      3月   100.2    -0.1       -1.3 
      4月   101.0     0.1        -3.4
      5月      99.0           0.4                    -3.8
      6月   100.4     0.5        -3.2
        7月    100.2          0.6       -1.7 
      
8月   100.1      0.5                    -3.1
      9月   100.7     0.8       -3.0
   
 10月   100.7           0.6       -3.0
   (出所)「毎月勤労統計調査」201410月分 

 このように5人以上の事業所規模にまで調査対象を広げると対象となる常用労働者数は201410月時点では4,710万人となり、全雇用者の89.2%となる。
 そして、このように対象を広げると、第二次安倍政権発足後(2013年以降)の賃金水準の変化は上の表にあるとおり、ほぼ2010年の水準のままで推移している。また、前年同月比でいうと、今年の5月以降、微増傾向にあるが、プラス1%未満で安倍首相が使った2.07%とは大きく乖離している。
 一国の内閣総理大臣たる安倍首相にして、全雇用者の約90%の賃金動向を集約した政府統計データがあるにもかかわらず、なぜ、わざわざ、全雇用者の5%程度をカバーしたにすぎない連合の賃上げ集計結果を使って、賃上げの成果を喧伝するのか? ごく限られた大手企業の賃上げ実績をつまみ食いして自画自賛に夢中になる安倍首相の眼中には、景気回復の実感から程遠い中小零細企業の実態は入らないのか?

12%の企業は賃下げか、据え置き
 安倍首相が使った連合の集計資料は今年の春闘における「賃上げ率」を示したデータである。しかし、厚労省大臣官房統計情報部 雇用・賃金福祉統計課賃金福祉統計室がまとめた次の資料(5ページの第1表)によると、賃金を引き下げた企業や賃金の改定をしなかった企業が少なくないことが示されている。

 厚労省「平成26年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」
 http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/14/dl/10.pdf

 企業規模別に見た賃金改定の実施状況(割合)
  
 
 
企業規模   1人当たり賃金  1人当たり賃金  改定しない
      
    を引き上げる   を引き上げる 
 
  総計         83.6%     2.1%     9.7%
5,000
人以上      95.4%        0.7%            3.9%
1,000
4,999人   94.3      0.4%       4.3%
300
999人    89.3%     2.0%     6.4%
100
299人    80.9%       2.3%     11.2% 
 
(行ごとのパーセントの合計が100にならないのは「未定」(計では4.6%)があるため。)

 これを見ると、集計企業全体では約10%の企業が賃金引下げか据え置きを実施したか、予定している。特に、この中では最小規模の企業では約2割が賃金引き下げか、据え置きとなっている。「賃金引上げ率」を集計した資料では、こうした「賃金引下げ」、「据え置き」のケースも通算して平均値を出せば、引き上げ率は幾分なりとも下がるはずである。
 また、平均値以前に全体の約1割の企業、常用労働者300人未満の企業の約2割が賃金引き下げか改定なしだった事実も注視する必要がある。この点では、「賃上げをした企業」だけに焦点を当て、「賃上げ幅の率」だけを問題にするのは一種のバイアスである。

実質賃金は下げ幅が拡大している
 上の表を見ると、物価水準の変動を織り込んで名目賃金を改訂した実質賃金は2011年当時から対前年同月比でマイナスに転じていた。第2次安倍政権が発足(201212月)して翌2013年から今年の3月までマイナスが続いたが、4月以降は下げ幅が3%台へと上昇している。これは同月から始まった消費税率の8%への引き上げとそれに伴う物価上昇に賃上げが追いついていないことを意味していると考えられる。
 日銀と連携して脱デフレをうたい文句に物価上昇を誘導する傍らで、賃金については物価水準の動向が反映しない名目賃金を使うとは、どういう経済感覚なのか?

経済政策の「起点」と「結果」を逆立ちさせたアベノミクス
 「経済の好循環を生み出す」が安倍首相の常用句であるが、消費税率引き上げ後の実態はどうか?
 次表は、2010年以降の企業の設備投資(有形固定資産残高)と家計の可処分所得・消費支出の推移を指数(201013月期=100)で示したものである。

 「企業と家計の経済諸指標の推移」
  http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyo_to_kakei_no_keizaishoshihyo_no_suii.pdf

 この表から毎年の79期と今年の四半期ごとの数値を抽出して示すと次のとおりである。

        企業
の設備投資      家  計  
 
       (有形固定資産残高) 可処分所得  消費支出 
2010
13月    100.0       100.0     100.0
2010
79月      97.9             98.6     100.4
2011
79月     96.5          98.8      97.8
2012
79月     94.6        98.4      98.1
2013
79月         90.0        97.9      98.7
2014
13月     91.3        98.2     103.4
   4~6月     91.2           95.7      94.0 
   7~9月    92.1               93.9      94.1

 これを見ると、アベノミクスが経済の好循環を生み出すための起点(牽引要素)とみなした設備投資(有形固定資産残高)は増加どころか、微減となっている。そうなったのは企業の労働分配の低さ、消費税増税等による家計の可処分所得の減少から、GDPの約6割を占める個人消費が低迷したためである。
 つまり、供給サイドに「稼ぐ力」を付けることを経済循環の起点においた安倍政権の経済政策は消費税増税の影響もあって需要サイド(家計)の可処分所得が縮小する状況では、消費の低迷→設備投資の低迷→雇用の低迷→家計の可処分所得の縮小→消費の低迷、という悪循環を招いているのである。
 そうなったのは、本来、「結果」であるはずの「デフレからの脱却」を経済政策の目標に据え、本来、「起点」に据えるべき個人消費の底上げ、そのために必要な正規雇用の拡大、賃上げ等による家計の可処分所得の増加を、経済の好循環の「結果」であるかのように錯覚したからである。
 このように目的-手段の関係をわきまえない無謀な経済政策の帰結を冷静に観察し、自省するどころか、統計数値を身勝手につまみ食いして自画自賛しているのが今の安倍首相の姿である。

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大企業に足りないは投資財源ではなく需要 ~法人税減税は中止すべき(3・完)~

20141125

わが国の大企業は再投資財源を事欠いているのか?
 このテーマの連載記事の1回目で記したように政府は、利益を上げている企業の再投資余力を増大させ、収益力改善に向けた企業の取り組みを後押しすること、を理由の一つに挙げて来年度から数年で国・地方を合わせた法人税の実効税率を現在の約35%から20%台まで引き下げる税制改正の検討を進めている(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014624日;政府税制調査会「法人税の改革について(案)」2014627日)。
 しかし、わが国では法人税率(基本税率)は1990年当時の37.5%からから現在の25.5%まで12%も引き下げられた。その上、なお、国、地方を合わせた実効税率を20%台まで引き下げなければならないほど、わが国企業は再投資(特に設備投資)の余力(原資)に事欠いているのかどうか、あるいはわが国企業には、より多くの原資を必要とするほど投資資金の需要があるのかどうかを確かめておきたい。

 次の表は2008年度末から2014年第1四半期(6月)末までの資本金1億円以上のわが国企業(全産業)の財政状況等の推移を示したものである。

    わが国企業の経営状況の推移(20082014.6年度/期)
 
         ~全産業・資本金1億円以上~
 
  
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kigyo_no_keieizyokyo_no_suii.pdf
  (財務省財務総合政策研究所調査統計部「法人企業統計調査」時系列
   データより作成)

 これを見ると、法人税率が段階的に引き下げられたこの6年間に有形固定資産は横ばいで、近年はわずかながらも2008年度の水準を下回っている。では財源に事欠いたからかというと、課税後の可処分利益を社内に留保した利益剰余金は51兆円増加し、2008年度対比でいうと約26%も増えている。この利益剰余金とは減価償却費に見合う内部留保資金などとともに、企業財務論でいうところの内部金融の主な源泉である。
 では、これほど潤沢な設備投資の財源があったにもかかわらず、それが設備投資に充てられなかったとなれば、どのように運用されてきたのだろうか?
 運用の累積実績からいうと、上の表にあるように資産側で顕著に増加したのは「投資その他の資産」(長期投資目的の有価証券や貸付金、子会社等への出資)で、この6年間の増加額、伸び率は利益剰余金のそれをやや上回る水準となっている。
 このほか、上の表では、原資料(「法人企業統計調査〕に金融・保険業を含む全産業ベースの該当データが収録されていないため、表記していない現金・預金残高の推移を、金融・保険業を除く全産業ベース(資本金1億円以上)で調べると、2008年度末現在で53.7兆円だったのが20143月末現在では70.3兆円へと16.6兆円増加している。

足りないのは財源ではなく需要
 このように見てくると、2008年度以降を見ても、わが国大企業には、法人税のさらなる引き下げで増やさなければならないほど、再投資余力(財源)が不足した状況は全くない。むしろ、逐次の法人税減税で増加した内部留保はほとんどが設備投資の純増には回されず、あるいは賃上げや雇用の拡大にも充てられず、大半は長期投資目的の有価証券や社外出資に充てられ、16兆円余も現金・預金が増加している状況なのである。
 これでどうして、再投資余力の増大を理由に法人税減税を実施する大義が成り立つのか? 欺瞞も甚だしい。
 設備投資が伸びないのは財源が足りないからではない。製・商品に対する需要が伸びない、見込めないためである。法人税率を引き下げ続けたにもかかわらず、わが国企業の生産の海外移転が止まるどころか、増加し続けるのは、前の記事で示したように、移転先の現地で日本国内よりも製品需要が見込まれるからだ。

的はずれの安倍首相、黒田日銀総裁の見識
 であれば、政府が打つべき政策は供給サイドの「稼ぐ力」を付けるための金融緩和や法人税減税ではなく、需要サイド(家計)の購買力を高める政策である。
 安倍首相は企業を強くすることが日本経済の成長を牽引し、それが家計にも恩恵を及ぼす好循環をもたらすという信念にとりつかれているようであるが、きわめて有害な「信念」である。
 日銀、特に黒田総裁は他の委員の異論・反対を押し切る形で、2%の物価上昇率の達成を自己目的かのように唱え、この目的達成のためには今後も追加的な金融緩和を実施すると公言しているが、的はずれも甚だしい。
 縮小した需要をどう底上げするかを省みず、物価上昇を善とみなす「デフレ脱却策」は賃金を上回る物価上昇の実態を一層悪化させ、消費税増税の影響も重なって、景気を低迷させる結果にしかならない。

 次の記事では、250兆円に上る大企業の留保利益をいかに活用すべきかについて考えたい。

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法人税負担率はすでに20%以下 ~法人税減税は中止すべき(2)~

20141123

 政府与党は目下、来年度から数年で国・地方を合わせた法人税の実効税率を現在の約35%から20%台まで引き下げる税制改正の検討を進めている。
 前回の記事では、その根拠の一つに挙げられている「日本の立地競争力の強化」が実態に照らして的外れであることを指摘した。
 しかし、そもそも論を言えば、法人税率引き下げの根拠の適否を議論する前に、わが国の法人税の実効税率の水準を把握する基準を明確にしておく必要がある。
 いうまでもなく、納税者にとっての税負担額は税率×課税ベース(課税対象額)で決まるのであって、税率だけで負担の軽重が測れるわけではない。そして、法人税負担率と言う場合、

 法人税の納税額
 ------------------
  課税対象額 

で測るのが常識である。
 ところが、過年度に欠損を計上した企業の場合、当期の課税対象額は欠損金の繰越控除制度によって過年度の欠損金で相殺された金額、さらにその他種々の所得控除分だけ圧縮されている。同様に、分子は租税特別措置による研究開発費の税額控除等を受けている医薬品業等では当該税額控除分だけ納税額が圧縮されている。
 そこで、これら諸控除を分母、分子に戻し加えた時の法人税負担率(これが企業の実質的な税負担率とみなされる)を財務省自身が示している。次の資料がそれである。

 実際の税負担率
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/zei_futanritu.pdf
 (財務省説明資料「法人税課税の在り方」2013122日より作成)

 これを見ると、2011年度の時点で全法人の平均税負担率は21.3%となっている。これは法人税の標準税率30%から欠損金の当期控除分として6%だけ圧縮され、さらに租税特別措置による税額控除の影響で0.8%だけ税負担が引き下げられたことなどによるものである。その結果、電気機械器具(18.2%)、輸送用機械器具(19.7%)は2011年度時点で、すでに実質的な税負担率は20%以下になっている。

 以上は2011年度時点の状況であるが、時系列でみるとどうか?
 次の棒グラフは利益計上法人の益金処分の内訳(百分比)を時系列で表わしたものである。用いた資料は2011年度分までは前記の財務省説明資料であるが、2012年度分は国税庁「会社標本調査」をもとに財務省が採用したのと同じ方法で筆者が計算したものである。

 利益計上法人の益金処分の内訳(推移)
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/ekikinshobun_uchiwake.pdf
 
 この場合の益金はおおむね、課税対象所得と一致するから、そのうちの法人税額の割合は上で示した毎年度の法人税の実質的な税負担率を表している。例えば、このグラフで示された2011年度の21.3%は前掲の表で示された2011年度の全法人の実質的な税負担率の平均値と一致している。
 このグラフから読み取れるポイントは、
 ①2000年度に法人税率が37.5%から34.5%に引き下げられて以降、税負担率が30%台から25%以下に急減する一方、社内留保の割合が40%台後半へ急増したこと、
 ②2012年度には税負担率が17.5%まで下がったこと、
である。
 つまり、全法人の平均値で見ると、わが国企業の実質的な法人税負担率は2012年度には30%を割り込むどころか、漸次の税率引き下げと種々の特別措置の適用によって、20%台を下回る水準まで下がっているのである。
 こうした実態を無視して税率だけに着目して法人税の税負担率がまだ下げ足りないかのような議論をするのは重大な錯誤と言わなければならない。
 さらに、わが国企業は過去20年間の法人税率の引き下げで増加した可処分利益を増配に充てる以外は内部留保に回してきたこと、これが次の記事で取り上げるわが国企業の留保利益の増加につながったことを確認しておく必要がある。
 加えていえば、政府の税率の高低に偏重した税制論議を鵜呑みにして報道するメディアに対しても、調査報道の貧困、それに起因する政府広報化に猛省を促さなければならない。

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法人税減税は中止すべき (1)

201411月19日

実態にもとづく検証が必要:引き下げの2つの理由
 政府与党は年末の法人税制改定にあたり、国と地方を合わせた法人税の実効税率の引き下げに向けた議論を進めている。具体的には来年度から数年で現在の34.6%を20%台まで引き下げるという。
 こうした法人税率引き下げの理由として政府は、①わが国の立地競争力を高め、わが国企業の国際競争力を強めること、②
利益を上げている企業の再投資余力を増大させ、収益力改善に向けた企業の取り組みを後押しすること、の二つを挙げている(閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014624日;政府税制調査会「法人税の改革について(案)」2014627日)。しかし、これらが法人税を引き下げる根拠として正当かどうか、事実にもとづいて検証してみたい。
 なぜなら、わが国の国際的立地条件や企業の競争力が他の先進諸国と比べて劣後しているとしても、法人税率の高さがその主たる原因なのかどうか、さらに言えば、そもそもわが国の法人税率は国際比較で高いのかどうか、事実で検証しなければ議論を先へ進められないからである。
 また、わが国企業は法人税率を下げて財源をねん出しなければならないほど再投資余力に事欠いているのかどうかも事実による検証が必要である。

 法人税の高さが投資の阻害要因か?
 ――わが国企業の場合――
 わが国の法人税率が国際比較で高いかどうかを確かめる前に、そもそも、法人税の税負担の多寡が世界市場でのわが国の立地競争力のネックになっているのかどうかを検証しておきたい。
 ここで政府が言わんとするのは法人税率を引き下げることによってわが国企業の投資の海外逃避を抑制しようということである。では、実際に、わが国企業が海外投資を決定する際に税制(税率や税の優遇措置)をどの程度考慮しているのだろうか? この点を確かめるうえで参考になるのは経産省『海外事業活動基本調査』が実施した、わが国の海外進出企業の意識調査である。

わが国企業の海外投資決定のポイント(2011年度)
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaitoushikettei_point_nipponkigyo.pdf

 これを見ると、わが国の多くの海外進出企業が海外投資を決定する際に重視しているのは「現地の製品需要」(73.3%)である。「他の日系企業の進出実績」(32.2%)、「進出先近隣諸国での製品需要」(26.4%)、「良質で安価な労働力の確保」(23.5%)がこれに続き、「税制融資等の優遇措置」を挙げた企業は複数回答可でも9.7%に過ぎない。ここから、税制のいかんは海外投資の是非を判断するポイントとしてはきわめて弱い要因であることがわかる。
 現に、わが国では1987(昭和62)年から1990(平成2)年にかけて法人税の基本税率が43.3%→42%→40%→37.5%へ段階的に引き下げられ、1998(平成10)年から1999(平成11)年にかけて37.5%→34.5%→30%へと引き下げられた。さらに、2011(平成23)年の税制改正では30%から25.5%へと引き下げられた。その結果、国、地方を合わせた法人実効税率は40.69%から35.64%へと下がった。
 では、この間のわが国企業の海外生産比率はどのように推移したか?

 わが国企業の海外生産比率の推移
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/kaigaiseisannhiritu.pdf

 これを見ると、海外生産比率は、国内全法人ベースでは1990年から2011年にかけて、法人税基本税率は37.5%から30%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は下がるどころか、6.0%から18.0%へと3倍に上昇している。
 海外に事業展開している製造業の場合も、1990年から2013年にかけて法人税基本税率は37.5%から25.5%へ引き下げられたにもかかわらず、海外生産比率は13.7%から34.6%へと約2.5倍に上昇している。
 国内生産か海外生産かの意思決定はさまざまな要因の合成作用で決まるとはいえ、上のデータを見る限り、法人税率の大幅な引き下げはわが国企業を国内生産に回帰させたり、海外生産を抑制したりする効果は全く果たしていないことがわかる。

法人税の高さが投資の阻害要因か?
 
 ――海外企業の場合――
 
 次に、海外企業から見て、法人税率の高低が、どの程度、わが国への投資の決定要因として作用しているかを確かめてみたい。
 次の表は海外の企業が日本のビジネスの「強み」と「弱み」をどのようにとらえているかを調査したものである。

 海外企業から見た日本のビジネス環境の「強み」と「弱み」
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nippon_no_bisineskankyo.pdf


これを見ると「強み」として挙げたトップ(約40%の企業)は「市場の大きさ」であり、「社会の安定性」、「高度人材の獲得」などが続いている。他方、「弱み」のトップは「事業活動コスト」で、「英語でのコミュニケーション」、市場としての成長性」がこれに続いている。注目すべきは「税制・規制の透明性」が「強み」の12位、「弱み」の9位にとどまっていることである。しかも、これは「税制・規制の透明性」であって「法人税率の水準」だけを指すものではない。このように考えると、もともと法人税率の高低は海外からの対日投資を左右する要因としては有意なものとはみなされておらず、法人税率の引き下げで対日投資を呼び込むという政策判断が実態とマッチしたものとはいえないことがわかる。
 また、対日直接投資の推移を示した次のグラフを見ると、わが国への直接投資(ネット)は法人税率が37.5%から段階的に25.5%まで引き下げられた1996年から2006年にかけて「流入」が上昇し続けている。これだけを見ると法人税率の引き下げの海外資本誘因効果であるかのように見える。しかし、同じ期間中、「流出」も上昇し、ネットではマイナス(資本の引揚げ)となっている。
 同様に、20062007年にかけて「流入」が「流出」を上回る規模で急騰し、ネットでもプラスになっている。そこから、2005年になされた法人税率の引き下げ(34.5%→30%)の効果とみなされるかも知れない。しかし、その後、2011年まで法人税率(基本税率)は30%台のままだったにもかかわらず、20082009年にかけて「流入」が「流出」を上回る勢いで急落し、ネットではマイナスとなっている。

 対日直接投資の実績の推移
 
 
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/tainai_chokusetutoshi_no_suii.pdf

 このことは、法人税率の引き下げが対日直接投資にほとんど影響を及ぼしていないか、影響を及ぼしているとしても一律に一定の方向に(「流出」の抑制、「流入」の誘引)及ぼすものではないことを示している。

 以上見てきた事実からすると、わが国の立地競争力という観点からみて法人税率の水準はわが国の立地競争力と無関係か、他の要因との対比で微々たる影響しか及ぼしていないといえる。よって、わが国の立地競争力の向上のためとして法人税率を引き下げるのは的外れな政策と言って間違いない。

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