2014年6月5日
財務面から見て解雇の必要性はまったくなかった~筆者の立証~
私は本件裁判で東京高裁に財務の面から見て本件整理解雇の必要性を反証する意見書を提出した。その中で、一審判決が解雇の必要性を認める拠り所にした「二次破綻回避論」を反証した箇所を抜粋しておきたい。
「(JAL乗員と客室乗務員裁判の)ふたつの判決は、更生計画策定時の日本航空が直面していた財政状況を不動の前提にし、その後の日本航空の財政状況の変化を顧みることなく、『破綻的清算を回避するため』、あるいは『二度と沈むことがない船にするため』には整理解雇を実行する必要性があったと判断した点で共通している。また、そうした判断を導く過程で、「事業規模の縮小に見合った人員の縮小」というフレーズを多用し、人員削減を人件費削減の手段としてではなく、それ自体が更生計画の目的であったかのようにみなすことによって、更生計画の実行に伴って日本航空の財政状況が好転したからと言って、整理解雇の必要性はいささかも変化しないとみなす点でも、ふたつの判決は軌を一にしている。」
「(このような)「危機回避型」整理解雇の必要性を判断するには、整理解雇当時の日本航空が、なお二次破綻の危険から脱していなかったとみる状況判断が妥当だったのかどうかが問われる。通常、企業の破綻は当座の資金繰りの行き詰まりが契機になることが多い。そのため、短期的な債務弁済能力が重視され、それを測る財務指標として伝統的に用いられてきた代表的な指標は「当座比率」(=当座資産÷流動負債)と流動比率(=流動資産÷流動負債)である。
このうち、流動比率は短期間のうちに(金銭債務であれば1年以内に)決済期限が到来する流動負債に対する流動資産(現金預金のほか、短期間に換金できる金銭債権、製品・商品等)の倍数を表し、この比率が大きいほど短期的な支払い能力が安定していることを示す。一律に下限値があるわけではないが、1990年1月から2007年1月の間に倒産した138社をサンプルにしてデフォルト・リスクの予見にどのような財務比率が有効かを検証した桜井・村宮の研究によると、流動比率は100%が安全性の一応の判定値でこれを下回ると倒産に至る懸念が生じると指摘している(桜井久勝・村宮克彦「倒産企業の財務比率の時系列特性」『国民経済雑誌』196巻6号、2007年12月、15ページ)。
また、当座比率は、流動負債に対して短期的な決済手段に充て得る当座資産(現金預金、営業未収入金、受取手形、流動性の高い有価証券)をどの程度保有しているかを表すものである。これもどの程度なら安全かを一律にいえるわけではないが、この比率が1を超えていれば、会社が支払い不能に陥る危険性はなく、事業の存続に関して懸念すべき点はないことになる。上記桜井・村宮の実証論文は当座比率については50%が一応の判定値で、これを下回ると倒産に至る懸念が生じると指摘している。
そこで、会社更生手続中の期間を挟む時期の日本航空の流動比率と当座比率の推移を全日空と対比すると次のとおりである。
これを見ると、2008年度末から2009年12月当時の日本航空は流動比率が100%を下回り、当座比率も50%を下回る水準で、債務決済のための資金繰りが逼迫していた状況が窺える。しかし、整理解雇の時点に近接する2010年度末には当座比率は100%を超え、流動比率は150%を超える水準まで復調して、全日空を大きく上回る状況になっている。
表1 日本航空と全日空の流動比率の推移(連結ベース:%)
2007年度末 08年度末 09.12.31 10年度末 11年度末
JAL 100 75 61 161 157
ANA 86 89 104 105 119
(出所)両社の有価証券報告書、決算短信より算定
表2 日本航空と全日空の当座比率の推移(連結ベース:%)
2007年度末 08年度末 09.12.31 10年度末 11年度末
JAL 92 53 44 135 130
ANA 55 46 73 68 87
(出所)表1と同じ
次に、損益計算項目から会社の財務的安定性を測る指標としてしばしば用いられるのが「インタレスト・カバレッジ・レシオ」(=(営業利益+受取利息・配当金)÷(支払利息・割引料))である。計算式から明らかなように、借入や増資等に頼らず、年々の営業利益と金融収益で年々の金融費用を支払い続けることができているかどうかを測る指標であり、これが1を超えていれば、事業を継続できる財務的安定性が備わっているとされている。
この比率の推移を全日空と対比すると表3のとおりで、日本航空は2010年度には27.9と、全日空(3.65)の8倍近い値になっている。つまり、向こう28年分の利払いに必要なキャッシュをこの年度の営業活動から生み出したことになるのである。日本航空のインタレスト・カバレッジ・レシオがこれほど好転した主な理由は、会社更生の過程での債務整理を通じて有利子負債が9,210億円(2009年12月末時点)から4,818億円(2011年3月末時点)へと激減したことにある。
表3 日本航空と全日空のインタレスト・カバレッジ・レシオの推移(連結ベース)
2007年度 08年度 09年度 10年度 11年度
JAL 4.87 (—) * 27.9 18.9
ANA 5.93 0.71 (—) 3.65 5.08
(出所)表1と同じ。」
「次に、中長期的な財務の安定性を評価する代表的な指標とされてきたのは、有利子負債償還年数と自己資本比率である。このうち、自己資本比率については、ここまでの行論で触れてきたので、ここでは有利子負債償還年数を取り挙げておきたい。
ここでいう「有利子負債償還年数」とは有利子負債残高を営業活動によるキャッシュ・フローで除した数値のことで、現在の有利子負債を現在のプラスの営業収支尻で返済するのに要する年数を表す。当然ながら、この値が小さいほど短期のうちに有利子負債を完済できることを意味し、それだけ会社の中長期的な財務の安定性が高いことになる。
そこで、日本航空と全日空の有利子負債償還年数の推移を調べると表6のとおりである。これを見ると、経営破綻直前期の日本航空の償還年数は28.8年と際立って高い水準だったが、整理解雇時点に近接した2010年度末の時点では5.6年と大幅に短縮され、全日空とほぼ同水準になっている。
ちなみに、企業再生支援機構が2010年1月19日に作成した「日本航空に対する支援決定について」と題する文書で、支援適合基準の一つとして有利子負債のキャッシュ・フロー倍率を挙げ、日本航空ではこれが3年後には2.2倍になり、機構が定めた10年以内という基準を満たすため、支援の基準を充足する、と記している。実際は約1年2ヶ月後の2010年度末で5.6倍、2年2ヶ月後の2011年度末時点で0.8倍となっている。この点からも、さらに自己資本比率が更生計画の目標値を超えるテンポで改善していた事実を併せて考慮しても、整理解雇当時の日本航空に、予防的解雇を実施しなければならないような経営破綻の予兆は全くなかったといえる。むしろ、この時点では、再上場の要件をほぼ満たすまでに財務状況は改善しつつあったといえる。
表6 日本航空と全日空の有利子負債償還年数の推移(連結ベース)
2007年度末 08年度末 09.12.31 10年度末 11年度末
JAL 6.2 28.8 (注1) (注3) 0.8
ANA 4.6 (注1) (注2) 4.6 4.4
(出所)表1と同じ
(注1)は営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスのため、計算せず。
(注2)は営業期間が9ヶ月、(注3)は営業期間が4ヶ月のため、他の年度との
時系列の比較ができないので、計算せず。」
営業費用の0.13%にすぎない人件費がJAL再生を左右するとみなす常軌を逸した判決
結局、今回の東京高裁判決は、本件整理解雇の必要性はなかったとする被控訴人や筆者の意見書の立証事実について認否をせず、更生計画に書かれたこと、管財人が必要と判断したことには合理性があるという論法に尽きる。これでは、更生手続き下の解雇の不当性を求める労働者の訴えの利益は中身の審理以前に実質的に排除されているに等しい。これでは司法の独立も存在意味もないに等しい。
判決は次のように述べている。
「本件解雇について、被控訴人に巨額の債務超過と累積赤字があって高度の経営上の困難に陥っており、被控訴人が企業の事業を維持するためには、本件解雇に係る人員の削減が必要であって、被控訴人の合理的な運営上やむを得ないものと認められるのであるから、この観点から検討しても、その人員削減の必要性が認められるものと言うべきである。」
本当にそうか?
筆者は本件控訴審につき、東京高裁に提出した意見書の中で次のように立証・主張した。
「乗員81名、客室乗務員84名を整理解雇することによって削減される人件費は約14.7億円だった。
原告請求金額合計÷原告人数×1.3(法定福利)×0.7(新人事賃金制度による3割カット)=14.7億円
この金額は、2009年度のJALグル-プの営業費用合計額の0.09%、2010年度の営業費用合計額の0.125%に過ぎない(乗員訴訟甲170/客乗訴訟甲176・2ページ)。
かりに会社が指摘するように、整理解雇による人件費削減の通年効果額を20億円と想定しても、それぞれの割合は0.123%、0.170%に過ぎない。
つまり、整理解雇による費用削減効果を解雇時点の日本航空の財政状況に照らして見ると、営業費用合計額の0.1%台にすぎなかったのである。にもかかわらず、一審判決は、更生計画の実行がまだ緒についていない計画策定の時点の日本航空の財政状況を前提にして、人員削減による費用削減の必要性を――その時点でさえ人員削減の費用削減効果はデータに基づいて検証されていなかったのだが――云々したため、営業費用合計の0.1~0.2%を削減する程度の効果しかない整理解雇を実施しなければ、日本航空は、破綻的清算を免れなかったとか、再び沈む船になる恐れがあったとかのようにみなす常軌を失した判断に陥らざるを得なかったのである。
本件整理解雇が事業再生に果たす財務的効果がこれほど僅少であった事実に鑑みると、かりに会社が主張し、一審判決が追認したような余剰人員が整理解雇の時点で存在したとしても、「余剰人員の削減を解雇によって達成しようとしている経営上の目的が余りにもささいであるときは解雇という手段によって従業員を失職させるという結果を生じさせることとの均衡を失しているといわざるを得ず、そのような場合に余剰人員の削減について経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有するということはできないのであって、解雇権の行使は濫用に当たると言わざるを得ない」(ナショナル・ウェストミンスター銀行解雇事件東京地判平成11年1月29日、労働判例782号35ページ以下。下線は筆者が追加)という判断がそっくり当てはまる。」
本件控訴審を担当した大竹裁判長他、裁判官は筆者のこのような立証・主張をどのように受け止めたのだろうか? 整理解雇当時の日本航空の営業費用合計の0.1~0.2%にすぎなかった整理解雇者の合計人件費を削減しなければ、日本航空の事業を維持できなかったなどとなぜ言えるのか―――この問いに答えず、本件解雇はやむを得ないものだったなどと結論づけるのは常軌を逸した暴論である。
整理解雇当時のJALに更生計画が掲げた人員削減目標に未達の状況があったかどうかの争点については、この記事の(上)で論じた。その争点は別としても、「人員の削減を解雇によって達成しようとしている経営上の目的が余りにもささいであるときは解雇という手段によって従業員を失職させるという結果を生じさせることとの均衡を失しているといわざるを得ず、そのような場合に余剰人員の削減について経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有するということはできないのであって、解雇権の行使は濫用に当たると言わざるを得ない」というナショナル・ウェストミンスター銀行解雇事件(東京地判平成11年1月29日)の判決が本件JAL整理解雇の必要性を判断する上で貴重な先例になると私は考えており、このような指針を採用すれば客室乗務員解雇撤回訴訟も、今日行われる乗員解雇撤回訴訟も、解雇無効の判決以外、あり得ないのである。(完)
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