NHKはネット配信に執心する前にやるべきことがある

2017711

〔追記〕記事のタイトルを改めました。(2017年7月12日、12:20)
 (旧)NHKはネット配信に執心する場合か?
 (新)NHKはネット配信に執心する前にやるべきことがある

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 NHKが年来、検討してきた常時同時のネット配信の可否、課金のあり方を検討してきたNHK受信料制度等検討委員会はこの627日に「常時同時配信の負担のあり方について」と題する答申(案)を公表し、今日711日まで意見募集をしてきた。答申(案)の概要は次のとおりである。
 http://www.nhk.or.jp/keieikikaku/

 

 締め切り間際になったが先ほど、インターネットで意見を提出した。以下はその全文である。

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「常時同時配信の負担のあり方について」答申(案)に対する意見

                         醍醐 聰

 (1)答申(案)は視聴環境設定型の負担方式を推奨しているが、答申(案)が例示しているアプリケーションのダウンロードを課金の契機にするとなれば、従量制の「有料対価型」に酷似したものとなり、現行の〔定額制の〕受信料制度との接合性は到底成り立たない。また、IDの取得を前提する場合、各種の受信端末を保有する世帯の中で、テレビ受信機を持たない世帯を識別するのは容易でない。答申(案)は、認証の具体的なあり方は今後さらに検討していくことが必要としているが、今後ではなく、実行可能な課金の方法を示さなければ、有償の常時同時配信は机上の空論で終わる。

 (2)答申(案)は「インターネットの特性上、自分に都合の良い情報だけを見るようになる傾向がある」、「事業者側が個人の嗜好に沿ってレコメンド(推薦)することによって発生するいわゆる『フィルターバブル』という現象が起きうる」と指摘しながら、結論では、各種の認証、特にアプリケーションのダウンロードを前提にした課金付きのネット配信を容認している。しかし、上記のとおり、アプリケーションのダウンロードを前提にした受信方式は自分に都合の良い情報だけを見る視聴傾向を助長し、「多様な価値観への思いがけない接触や多くの人々の間の共有体験」を保障できないことは明らかである。
 検討委員会が、NHKの常時同時配信を是とするというなら、こうしたネット配信の負の機能にどのように対応するのか、対応できるのか、見解を示すべきである。それなしにネット常時同時配信を是認するのは支離滅裂である。

(3)昨年6月にNHK放送文化研究所の世論調査部が行った「テレビ・ラジオ視聴の現況」(木村義子・山本佳代・吉藤昌代・林田将来共著『放送研究と調査』20169月)によると、NHKの代表的な報道番組の年代別視聴率は次のとおりである。

 〔NHKニュース7〕 
      20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上
   男   1%   4    4     7    16    33
   女   1%      2      5     8       16       27
 〔NHKニュースウオッチ9
      20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上

          男   1%    1        4     6    13    17

   女   1%   1              4     5     7      13

 

〔クローズアップ現代+〕
     20代  30代  40代  50代  60代  70歳以上
  男   0%   2       4     4        6 
  女   0           0             1              1             3     5 

2040代に見られる極端に低いテレビ視聴率はインターネットによる視聴に流れたからなのか? 常時同時配信をしたら上昇する見通しがあるのか? NHKはネット配信に労力を傾注するより、このような発問を真剣に検討し、本来業務の現状を再考するのが先決である。ちなみに、木村義子・関根智江・行木麻衣「テレビ視聴とメディア利用の現在」(『放送研究と調査』20158月)は201523月に実施された「日本人とテレビ・2015」の世論調査で行われた「いくつかの目的に一番役立つのはどのようなメディアか」という質問への回答結果を次のようにレポートしている。

                      テレビ  インターネット
  A.世の中の出来事や動きを知るうえで     64.5%                16.5
  B.教養を身に着けるうえで                        28.5%                  9.3% 
  C.政治や社会の問題を考えるうえで         54.8      9.3% 

 つまり、インターネットが普及した中でも、熟議民主主義の基礎となる多様な価値観との接触、共有体験の保障、民主主義社会における言論・報道機関としての役割という点では、多くの市民が、インターネットよりも、テレビの存在価値を認め、期待を寄せているのである。であれば、今、NHKに求められるのは、ネット配信への業務拡大ではなく、テレビ番組を通じて、市民に有意な知見を提供し、さまざまな考え方の出会いの場を作るという本来業務をいかに充実させるかということである。政府広報機関に成り下がっている、国政の重要課題が審議される国会の模様を中継しない、などという視聴者の不評に木で鼻をくくったような対応しかしないまま、有料のネット配信に傾注するのは本末転倒である。

 

 

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北朝鮮関連は手厚く、森友学園関連は足早に伝えるNHK

201738

NHKと民放の違い、くっきり

  森友学園問題をめぐって参議院予算委員会で集中審議が行われた36日の夜の報道番組で、この件がどう伝えられたかについて、NHKニュース7、同ニュース・ウオッチ9、報道ステーション、TBSニュース234つを比較したシートを作った。

201736日夜の報道番組 比較検証シート

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/20170306newswatch.pdf 

 北朝鮮が日本海にミサイルを発射した出来事が重なったこともあって、NHKと民放番組の違いがくっきり表れた形になった。(以下、敬称略)

 *時間配分
   ①北朝鮮関連報道(大使出国、ミサイル発射)に宛てた時間の
    割合
    NHKニュース7          47.1  1408秒/30分  
     NHKニュース9      33.7  2015秒/60
     報道ステーション    12.6    938秒/76
         ニュース23TBS)   12.4%  1030秒/85

  ②森友学園関連に宛てた時間の割合
          NHKニュース7      11.4   325秒/30
     NHKニュース9       8.2   456秒/60
    報道ステーション     22.0%  1642秒/76
    ニュース23TBS)    12.2%  1020秒/85

*報道内容~民放が伝え、NHKが伝えなかったこと~
  ①国会質疑
 NHKニュース7 
     蓮舫の質問(20秒)と安倍首相の答弁(57秒)
    NHKニュース9      
     西田昌司(自民)、蓮舫の質問と安倍首相の答弁
    報道ステーション  
      福山哲郎(民進)、蓮舫、西田、辰巳孝太郎(共産)の質問と
     安倍首相の答弁
 ニュース23TBS 
     福山、森裕子(自由) の質問と安倍の答弁
  ②木造校舎への補助金申請における森友学園の建築費虚偽
    報告
    (NHKは翌日の昼、夜のニュースで後追い報道)
  ③昭恵夫人が森友学園で行った講演の映像
   (すでに民放は何度も放送。HKはこの日も昭恵夫人が講演
    を行ったことを取りあげながら、映像は流さなかった。)
  ④建築地で発見されたゴミを埋め戻すよう近畿理財局が森友
    学園に要請したことを記したメモがあったこと(ニュース23
       報道)

*報道内容~NHKが伝え、民放が伝えなかったこと~

  会計検査院に調査を要請することが全会一致で決まったこと

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政府、安倍夫妻に不都合な事実を伝えないNHK

 森友学園問題について、参考人招致も含めた国会での真相究明を拒み、調査権限に限界があることが分かり切った会計検査院に調査を投げようとするのが今の政府の姿勢である。NHKの報道はそうした政府の意向に焦点を仕向ける空気醸成といってよい。

 また、昭恵夫人が森友学園でどのような講演をしたか、森友学園に対する安倍首相の思いをどう語ったか、夫人の前で園児たちはどんな唱和をしたか、それを目の当たりにして昭恵夫人はどのような感想を持ったか、講演の後、自身のツイッターにどのような書き込みをしたか
―――こうした事実を伝えるなら、安倍夫妻は森友学園に「利用された」のではなく、すすんで協賛した実態が理解できるはずである。

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  安倍夫妻に不都合な事実を「伝えないNHK」は自立した公共放送とはいえない。それは会長がどうのではなく、番組制作スタッフ11人の「意思」の問題である。


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「クローズアップ現代+」 「韓国 過熱する少女像」に質問書提出

2017226

 私が共同代表の1人になっている「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、今年の124日に放送された「クローズアップ現代+  韓国 過熱する
少女像問題 初めて語った元慰安婦」の内容を精査した結果、番組の編集方法に多くの重大な疑問点が浮かび上がってきた。
 そこで、疑問点を9項目からなる質問書の形にまとめ、224日、私ともう一人の運営委員が渋谷のNHK放送センターに出向き、これを提出した。310日までに書面で回答を要望している。
 各質問項目には説明文を付け、質問を細分しため、A4サイズで計10枚とやや長い文書になった。初めに全文のURLを張り付けておきたい。
 http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/nhk-799a.html

 以下、ここでも改めて、全文を載せることにする。

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                              2017
224

NHK会長         上田良一 様
NHK放送総局長    木田幸紀 様
 NHK クローズアップ現代+」制作担当 御中
 番組キャスター    鎌倉千秋 様

「クローズアップ現代+」「韓国 過熱する少女像問題 初めて語った元慰安婦」(2017124日放送)に関する質問書 

 NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
 共同代表 湯山哲守・醍醐 聰
             http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/ 

 本年1 24 日に放送された「クローズアップ現代+  韓国 過熱する
少女像問題 初めて語った元慰安婦」(以下、「本番組」という)の内容、編集方法には、「放送法」、「NHK放送ガイドライン2015」に照らして種々、重要な疑問点がありますので、以下のとおり質問をします。
 ご回答は、本年310日までに書面で別紙宛てにお願いします。その際は、質問項目ごとに、質問に噛み合う形でご回答をお願いします。なお、以下で引用する韓国紙の論説、記事はすべて日本語版です。

Ⅰ.元「慰安婦」の声はさまざまと言いながら、なぜ、日本の支援金を受け取った3組の元「慰安婦」とその家族の声だけを伝えたのか?

 今回の日韓合意や日本からの10億円の「支援金」に対する韓国の元「慰安婦」の対応はさまざまです。番組でも、「一人一人の元慰安婦の方々にそれぞれの思いがあって、決して十把一からげにできない」(奥園秀樹・静岡県立大学准教授)とか、「当事者の多様な声があって、それを置き去りにしないことが求められている」(鎌倉キャスター)とか語られました。ところが、番組が伝えたのは、日本からの「支援金」を受け取った3人の元「慰安婦」とその家族の声だけでした。
 しかし、韓国の元「慰安婦」10人は、今回の合意は日本の法的責任を認めた謝罪ではないとして、昨年129日に連名で国連人権機構に対して審査を請願しています(『聯合ニュース』2016128日、1420分)。また、昨年327日には生存する元「慰安婦」29人の遺族と生存者家族など41人が韓国の憲法裁判所に対し、日韓合意は被害者の財産権と人権を侵害するものであるとして違憲の憲法訴願をしています(『聯合ニュース』 2016328日)。
 番組の中で、こうした元「慰安婦」やその家族の声をまったく伝えなかったのは、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにするよう求めた「放送法」第4条第1項第4号の規定に反していませんか? 皆様のお考えを説明ください。

なお、近く別の番組の中で、日韓合意に異議を唱える元「慰安婦」とその家族の意見を伝える予定があるのなら、その予定をお聞かせください。

Ⅱ.番組に登場した3人の元「慰安婦」本人の意思は取材を通じて確認されたのか?

 番組では、生存する元「慰安婦」46人のうち34人が日本からの「支援金」を受け取る意向を示しているが、その事実が韓国内で伝えられていないと解説しました。そして、「7割を超える方々が、この合意を受け入れてくださったということは重く受け止めるべきだ」(奥園氏)という発言を放送しました。つまり、本番組は、日本からの支援金を受け取ったこと、すなわち、日韓合意を受け入れたこと、とみなしたのです。しかし、この番組は元「慰安婦」とその家族の次のような会話も放送しました。

 元慰安婦の家族:「日本から1億ウォンを受け取ったと話したよね?」
 元慰安婦:「誰が1億ウォンをもらったの?」
 同上家族:「このように話していても何が何だか分からないのです」

 さらに、この元「慰安婦」の家族は取材に対して次のように語りました。

「(母は)日本が謝罪して補償してくれるなら、それ以上は望まないと言っていました。しっかりしている時にもらっていれば、本人も気持ちを伝えることができたはずなのに、今は(お金をもらった意味さえ)分かっていません。」

 

 このように90歳を過ぎ、認知症が現れ、受け取ったお金の趣旨はもとより、お金を受け取ったという事実さえ、認識できていない元「慰安婦」が日韓合意の内容を理解できたのか大変疑問です。「日本が謝罪して補償してくれるなら」と本人は話していたと家族は語りましたが、この元「慰安婦」は日韓合意に盛られた安倍首相の「お詫び」は自分が求めていた謝罪になっているのかどうかについて自分の判断を伝えられる状態だったのかも疑問です。
 ちなみに、元「慰安婦」のキム・ボクトゥクさん(100歳)は、最近になって、甥が「和解・癒やし財団」から「支援金」を受け取っていた事実を知らされ、「受け取っていたのなら返してほしい」と語っています(『ハンギョレ新聞』2017123日)。

 以上のような事実を知ると、34人が「支援金」を受け取る意向という報道は、はたして元「慰安婦」の確かな意思と受け取ってよいのか、慎重な裏付け調査・取材が必要です。
 具体的に言えば、「和解・癒やし財団」は元「慰安婦」に「支援金」を支給するにあたって、元「慰安婦」本人が日韓合意に同意することを条件にしていたのでしょうか? そうであれば、「支援金」の受け取りを以て日韓合意に同意したと言えますが、はたしてそのような条件が付されていたのでしょうか? 元「慰安婦」はそうした条件を了承して「支援金」を受け取ったと言ってよいのでしょうか?

 NHK放送ガイドライン2015は、「放送の基本的な姿勢」の項で次のように定めています。

 「NHK のニュースや番組は正確でなければならない。正確であるためには事実を正しく把握することが欠かせない。しかし、何が真実であるかを確かめることは容易ではなく、取材や制作のあらゆる段階で真実に迫ろうとする姿勢が求められる。」

 
本番組に登場した3人の元「慰安婦」とその家族を取材した時、こうした「NHK放送ガイドライン2015」の定めは忠実に貫かれたのでしょうか? 元「慰安婦」の家族の説明が元「慰安婦」本人の意思をどこまで代弁できているのかを慎重に見極められたのでしょうか? ご説明ください。
 なお、昨年1221日に韓国の『聯合ニュース』の記者有志は会社に対し、公正な報道や人事を求める声明を出しました。その中に、「慰安婦問題の日韓合意に好意的な被害者(元慰安婦)が圧倒的に多いという政府の主張を実証する記事を書くよう求める指示もあった」(『朝日新聞DIGITAL201713日、0054分)と記されていることを付け加えておきます。

Ⅲ.「当事者の思いと異なる形で少女像が設置された」という解説はどのような事実に裏付けられたものか? 

 ①番組では、「当事者の声を置き去りにした」というナレーションや発言が幾度か流されました。たとえば、鎌倉キャスターは「まさに、当事者の思いとは異なる形で少女像が設置されている」と発言されましたが、「当事者の思い」とは「誰の」「どういう思い」を指しているのでしょうか?

 ②「当事者」とは元「慰安婦」のことだとしたら、「当事者の思いとは異なる形で少女像が設置されている」という鎌倉キャスターの解説を裏付けるのは、番組に登場した1人の元「慰安婦」の家族が語った、「(お金を)受け取ったのだから(少女像は)撤去しなければならないと思います」という言葉だけです。しかし、この元「慰安婦」は寝たきりの90代の女性です。家族のこうした発言は、はたして元「慰安婦」本人の気持ちを代弁したものと言えるのでしょうか?

 ③また、取材を通じて、少女像は撤去すべきだと語った元「慰安婦」は他に何人もいたのでしょうか? 「当事者の思い」と一括できるほど、多くの元「慰安婦」が「少女像は撤去すべきだ」と語ったのでしょうか? 取材で得られた事実に基づいてご説明ください。

 ④当会が確かめたところでは、たとえば、元「慰安婦」と名乗り出ている金福童(キム・ボクドン)さんは2015424日、東京有楽町の外国特派員協会で会見し、日本政府による公的な謝罪と賠償を求めるとともに、少女像は「過去に何が起こったかを表す一つの方法」、「自らの体験を伝える助けになる」と語り、像の設置を歓迎する意思を表明しています。(このニュースのソースは、
http://www.j-cast.com/2015/04/24233948.html?p=all
  

 また、日韓合意発表後の2016126日、来日した元「慰安婦」の李玉善(イオクソン)さんと姜日出(カンイルチュル)さんは「私たちを無視した日韓合意は受け入れられない。」「私たちがこうやって生きているのに<少女像>を撤去するなんて・・・私たちを殺すことと同じです」と語っています(岡本有佳・金 富子責任編集『<平和の少女像>はなぜ座り続けるのか』増補改訂版、2016年、世織書房、77ページ)。
 番組制作にあたって、こうした元「慰安婦」の<少女像>に対する思いは取材されたのでしょうか? 番組では、「少女像は撤去すべき」という1人の元慰安婦の家族の声を伝えましたが、少女像は自分たちの苦難の歴史の証しとして設置を歓迎する元「慰安婦」の声が全く伝えられなかったのはなぜなのか、ご説明ください。

 ⑤元「慰安婦」あるいはその家族の「思い」は重要ですが、韓国の各地に設置された「少女像」はその地の多くの若者、市民の募金で、痛ましい過去を記憶し、同じ過ちを繰り返さないという思いを込めた「平和の碑」として建てられたものです。
 たとえば、釜山の日本総領事館そばに少女像が設置されるにあたっては、「未来世代が建てる少女像推進委員会」が1年間にわたって呼びかけた製作支援の募金に市民から8,500ウオン(約823万円)が寄せられています。そして番組にも登場したマ・ヒジン推進委代表(釜山大学航空宇宙工学科3年生)は、「釜山の少女像は国民が建てた少女像という意味で『国民少女像』というニックネームもついた。誤った歴史を立ち直らせるまで、若者や青少年は国民と一緒に行動して闘う」と語っています(『ハンギョレ新聞』201719日)。
 「少女像」が設置されたこのような背景、経過を知れば、少女像をめぐる「当事者」とは元「慰安婦」にとどまらず、少女像の設置を企画した人々、設置に協力した人々だと考えてもおかしくありません。
 とすれば、日本政府が執拗に像の撤去を要請していることをこれらの人々がどう受け止めているかが問題ですが、昨年8月末に行われた世論調査では、ソウルの日本大使館前にある少女像について、76%が「日本政府が合意を履行したかどうかにかかわりなく、移転に反対」と答えています(『ソウル時事』201692日、1445分)。
 また、この21416日に韓国ギャラップが全国の成人1003人を対象に行った世論調査によると、釜山の少女像について、78%が「そのまま置いておくべきだ」と回答し、「撤去または移転すべきだ」と答えたのは16%にとどまっています(「
ソウル聯合ニュース」2017217日、1211分)。
 こうした事実に照らせば、「まさに、当事者の思いとは異なる形で少女像が設置されている」という鎌倉キャスターの解説は根拠不詳の発言、あるいは事実と食い違った発言だといえます。この点を皆様はどうお考えか、ご説明ください。

Ⅳ.多様な論説を掲げた韓国メディアの中で、韓国に非があるとする1紙の論説だけを伝えたのはなぜか?

 番組では、「過熱する」世論に対して「冷静さを呼びかける論調も広がっている」として、『韓国経済新聞』主筆のチョン・ギュジュ氏へのインタビューの模様が放送され、「韓国だけが、日本との関係において、過去から一歩も抜け出せないでいる」という同紙の論説が字幕に映されました。

しかし、韓国には12 の全国紙、9つの経済紙があり、日韓合意に関する評価は一様ではありません。

 たとえば、全国紙の1つ『東亜日報』は合意を拒否する被害者や団体の意見も、悩んだ末に異なる対応をした被害者らの選択も、どちらも尊重されるべきだとするコラム記事を掲載しています(2017119日)。その上で、この記事は「日本政府が10億円と少女像撤去を結びつけるという本末転倒な主張をするならば、日本政府を批判すべきであり、韓国政府を追及する話ではない」と述べています。
 また、『中央日報』は、過去の清算も重要だが外交関係で究極的な最高ラインは国益だ、そのためには韓日関係も未来志向的に導くのが望ましい(201717日、社説)と主張する一方、「日本の主張のように10億円を出したことで合意を忠実に履行したと見ることはできないというのが専門家らの指摘だ。被害者に日本側の謝罪メッセージを伝える案について安倍首相が『毛頭考えていない』(10月)と述べたのが代表的な例だ」と指摘しています(2017110日、掲載記事)。
 さらに、『朝鮮日報』は「日本が外交問題と歴史問題を分離する原則を捨て、感情的な対応を始めれば、両国の対立はブレーキがかからなくなり誰も望まない方向に進むだろう。そのため全ての関係国が今こそ冷静さを取り戻さなければならない」(2017110日、社説)と述べています。
 また、『ソウル聯合ニュース』201719日に配信した時論の中で、その前日に安倍首相が「日本は10億円をすでに拠出した、韓国にしっかり誠意を示してもらわなければならない」と語ったことに対し、「日本政府が韓国に無礼かつ身勝手な圧力をかけている」と非難しています。そして結びでは、「安倍氏がハワイを訪ね平和のパフォーマンスをする間、日本では閣僚や議員が靖国神社を参拝した。それでいて1枚の合意文書といくらかの金で慰安婦問題を永久に振り払うことができると信じるならば、大きな勘違い、誤算だろう」と痛烈に日本政府を批判しています。
 さらに、『ハンギョレ新聞』のように日韓合意そのものを根本から批判する韓国紙もあります。同紙は20151230日の社説で、日韓合意には、「慰安婦」問題の解決のためには欠かせない、徹底した真相究明、責任者に対する審判、事実に基づく明確な謝罪、被害者に対する賠償、関係資料の公開、教科書記述などを通じた再発防止策などが合意には一切、含まれていないと指摘し、ドイツのホロコーストに対する記憶と反省を例に挙げながら、「重要な歴史的犯罪に終止符などありえない」と断じています。

 このように韓国紙の中で、日韓合意の行き詰まりの原因はもっぱら韓国政府や韓国の市民社会の過熱した運動にあるとみなすのは極めてまれです。そうしたごく一部の経済紙の主筆だけを登場させ、「日韓合意の履行が行き詰っている原因は過熱した韓国社会の極端な主張にある」という論調が韓国のメディアの中で広がっているかのように伝えるのは、著しく事実を歪めると同時に、意見が分かれる問題については多角的に論点を伝えるという「放送法」第4条の規定からも逸脱しています。各位はこの点をどのようにお考えか、ご説明ください。

Ⅴ.釜山に少女像が設置された経過が歪めて伝えられた。

 番組では、釜山に少女像が設置された経過について、「政権のスキャンダルが次々と明らかになる中、国民の怒りが噴出。大統領を職務停止に追い込み、これまでの政策すべてを否定する勢いです。」「こうした政治的な空気の中で、プサンの日本総領事館前に少女像は設置されました」というナレーションを流しました。
 このような解説は、釜山に少女像が設置されたのは2016年秋から起こった朴大統領に対する韓国市民の抗議行動の空気の中からだという印象を視聴者に抱かせます。しかし、事実経過は全く異なります。

 釜山では日韓合意(20151228日)直後の2016年1月6日から日韓合意に反対する大学生や高校生ら若い世代を中心に、「人間少女像ひとりデモ」がはじまり、3月には「未来世代が建てる少女像推進委員会」が発足しました。同委員会は直ちに釜山の大学や市民に呼びかけて少女像建設のための募金活動を続ける一方、69日から823日まで釜山市民を対象にオンライン・アンケート調査を行っています。同月25日に推進委員会が発表した調査結果によると回答した1,168人の市民のうち、92.1%が東(トン)区草梁(チョリャン)洞の日本総領事館前に「平和の少女像」を設置することに賛成したとのことです。このアンケート結果を踏まえて推進委員会は日本総領事館前周辺の道路を管轄する東区と設置の許可を求める協議を進めたのです(以上、『ハンギョレ新聞』2016825日参照)。

 つまり、釜山に少女像を設置する準備は、2016年秋の朴大統領弾劾要求へと続く市民の抗議行動が起こる半年以上前から取り組まれたことは動かせない事実です。
 そうした釜山の若者や市民の運動を、朴大統領に対する抗議行動の「空気」の中から生まれたと解説するのは事実経過を歪めるものです。これについて皆様はどう受け止められるか、ご説明ください。

Ⅵ.日韓合意を批判する韓国の政党・政治家を「世論迎合」、「ポピュリズム」と決めつけるのは事実経過に反し、メディアが担う役割から逸脱している。

 番組では、「大統領選挙を視野に入れる野党各党は、世論に迎合する動きを強めています」というナレーションを流しました。
 また、「与党も野党も今年(2017年)前半にはパク大統領の弾劾が確定して、選挙が前倒しされる可能性があるという読みのもと、日本との関係改善よりも大衆の支持獲得に必死です。その結果、各党・各候補とも慰安婦問題で日本をたたく、ポピュリズムに走ってしまっています。この流れを変えるには、まず、韓国の政治家たちがこうした外交問題を選挙に利用するのを自制することが不可欠だと思います」という池端修平・NHKソウル支局長の現地報告を伝えました。
 さらに、「この慰安婦問題というのが、大統領選挙を念頭に置いた時に非常に有効で手っ取り早い、格好の材料と化してしまっているということが残念ながら言えるんだろうと思います」という奥園秀樹氏のスタジオ発言も流しました。

 しかし、韓国の政党、特に日韓合意に批判的な野党の姿勢を「世論に迎合」、「ポピュリズム」と決めつけるのは事実経過に反する粗雑な発言です。
 日韓合意に関する評価については韓国野党内でも当初から意見がまとまっていたわけではありませんが、朴大統領の弾劾訴追が国会で可決され、次期大統領選挙が前倒しで実施される公算が出てきたのを受け、世論の動向に阿る形で、日韓合意反対、再交渉を唱え出したわけではありません。
 韓国の最大野党「共に民主党」の文在演(ムン・ジェイン)代表は日韓合意が発表されてから20日後の2016119日に、「慰安婦」被害者と国会の同意なしにかわされた日韓合意は「史上最悪の外交惨事」と批判しています(『朝鮮日報』2016120日)。また、同じ日に、同党の都鐘煥(ト・ジョンファン)報道担当は、安倍首相が慰安婦集めにあたって「強制性」はなかったと改めて発言したのを指して、「韓日慰安婦合意が無効であることを宣言したのと同じだ」と強く批判しています(前掲、『朝鮮日報』記事)。そこで、以下➀~③について質問します。

 ①「世論に迎合」とは自らの政治的信条を曲げて民意に阿ること、「ポピュリズム」とは聞こえの良い言動で世論を扇動することだとしたら、日韓合意に関する韓国野党の政治姿勢にそうしたフレーズをあてがうのは上記の事実経過を曲げた評価だと考えますが、いかがですか?

 ②そもそも、政党が民意をくみ取り、民意を自らの政治活動に反映させるのは、民主主義にかなう政治姿勢であり、非難されるいわれはないはずですが、皆様はそうは考えないのですか?

 ③今回の日韓合意をめぐる韓国の個々の政党、政治家の言動が一貫性を欠き、世論迎合、ポピュリズムと非難すべきものかどうかを決めるのは韓国の有権者であって、日本のメディアではないと考えますが、いかがですか?

Ⅶ. 韓国社会で日韓合意に反対の意見が多いのは合意に関する理解が進まないからではなく、日本政府には加害国としての真摯な謝罪と反省がないと見られているからではないか? 番組はそうした韓国の民意と向き合わず、「合意を守らない韓国に非がある」という予断にもとづいて制作された。

 番組の中で奥園氏は、「決して多数ではない反対の声だけがクローズアップされていくと。その結果、その当事者を無視した合意であるというイメージが出来上がって、それが一人歩きをしてしまうと。合意そのものに対する理解も一向に深まらずに、日本国内にもそれが伝えられて、日本でも韓国に対する反発だけが高まっていくという悪循環に陥っているような気がします」と発言しました。

 1つ目の下線部分は根拠が不確かな発言です。これについては、前記の質問Ⅰ、Ⅱと重なりますので、ここでは立ち入りません。
 2つ目の下線部分は的外れな解釈ではありませんか? 過半の韓国市民が日韓合意に反対し、合意の破棄を求めているのは、合意の内容を理解しないからではなく(理解が進めば日韓合意に賛成する市民が増えるというものではなく)、日本政府が、性格のあいまいな10億円の資金拠出で「慰安婦問題」を幕引きしようとしていることを強く批判し、加害国の日本が10億円の見返りかのように少女像の撤去を迫ることに憤りを感じているからです。こうした憤りは、日韓合意を理解しないからではなく、合意が玉虫色にした点(10億円は法的賠償金なのか、少女像の撤去なり移転なりとリンクした条件付のものなのか)を十分、理解したうえで、「最終的・不可逆的な解決」というフレーズで日本政府が戦争責任を記憶し、未来の世代に引き継ぐ責務を免れようとしていると捉えたからです。
 この点で奥園氏の前記の発言は韓国の民意を、恣意的にかどうかは別として、取り違えていると言って差し支えないと思いますが、皆様はどう考えられるか、お聞かせください。

 なお、「クローズアップ現代」の前キャスターの国谷裕子さん自著の中で次のように述べています。

 「担当ディレクターの書いた番組の構成表の書き出しは、『なかなか理解が進まない安保法制』と言う文章から始まっていた。」「果たしてこの言葉の使い方は正しいのだろうか。」「この言葉は、今は反対が多いが、人々の理解が進めば、いずれ賛成は増える、とのニュアンスをいつの間にか流布させることにもつながりかねないのではないだろうか。そういう言葉を、しっかり検証しないまま使用してよいのだろうか、私にはそう思えた。」

(国谷裕子『キャスターという仕事』岩波新書、20171月、101102ページ)

 「なかなか理解が進まない」という言葉に対する国谷さんの警鐘は奥園氏の上記の発言にもそのまま当てはまると思えますが、皆様はどのように受け止められるか、お聞かせください。

Ⅷ.韓国政府に日韓合意に反対する市民団体を説き伏せる体力がなくなっていることを混乱の原因とみなす発言は、政府に対する市民の言論の自由に関する認識を欠くものではないか?

 番組では日韓両国政府がギリギリのところで歩み寄って合意にこぎつけたにもかかわらず、韓国社会では合意に反対したり、再交渉や合意の破棄を求めたりする意見が広がっていることを懸念する発言やナレーションがしばしば挿入されました。そして、池端修平・NHKソウル支局長は、「パク大統領は、少女像を含む、慰安婦問題の任期中の解決を外交上の大きな実績としたい考えでした。一連の事件で足元をすくわれ、強硬な市民団体を説き伏せるだけの、いわば政治的な体力というものがないのが実情です」と現地の状況をレポートしました(下線は追加)

 しかし、今回の日韓合意は両国の外相が会談を踏まえて、共同記者会見を行い、その場でそれぞれの立場を短い文書で発表したものです。合意は条約でもなければ、両国首脳の署名もなく、両国の国会での承認を経たものでもありません。韓国では元「慰安婦」への事前の説明も了解も経ていないことが問題とされているのは周知のとおりです。

 それでも公的な共同会見の場で発表された文書ですから、両国政府にはこれを尊重する責務があると言えますが、両国国民にはそうした政府間の合意についてさまざまに政治的意見を表明する自由があることは近代民主主義のイロハです。このような前提に立って、以下、お尋ねします。

 ①韓国政府が日韓合意に反対する自国民を「説き伏せる」ことができないのは、朴大統領に「政治的な体力」がないからだと断定できるのでしょうか? 日韓合意自体が民意にそぐわないため、国民を説得できないという別の見方を検討しなくてよかったのでしょうか? ちなみに、『ソウル聯合ニュース』はこの119日、1731分に「日本が反発しても少女像設置は続く 強引な合意の産物」というニュースを配信しています。
 また、国連女子差別撤廃委員会は201637日(現地時間)に日本軍慰安婦問題に関する最終見解を発表しました。その中で、「慰安婦問題を最終的かつ不可逆的に解決したというアプローチには、被害者中心のアプローチが十分に反映されていない」と指摘し、日韓合意そのものに欠陥があるという見解を示しています。「最終見解」の英文全文は次のとおりです。

Committee on the Elimination of Discrimination against Women, 7 March 2016Concluding observations on the combined seventh and eighth periodic reports of Japan*
 これらの資料もご参照の上、上記の質問にお答えください。

 ②中華民国大使館前を通る集団的示威行動の許可申請を受けた東京都公安委員会が進路変更を許可条件としたのを不服とし、指示の執行停止が申し立てられた事件について、東京地裁民事第2部は19671123日に申し立てを認める判決を言い渡しています。
 その理由として東京地裁は、憲法が保障する集団的示威運動による表現の自由は、外国人であっても日本国にあって、その主権に服している者には保障される、被申立人(東京都公安員会)は、ウィーン条約222項を挙げて、外交使節団が存在する地点を進路に含む本件集団的示威行動は公館の安寧の妨害、威厳の侵害に当たるとするが、許可申請された集団的示威行動は一部過激なスローガンを記載したプラカードがあったとしても整然とした秩序を保つものとなっており、「公館に安寧、威厳の侵害」を生じるものとは認められない、と述べています。
(判決全文は、第一法規法情報総合データベース、判例ID27603116
 また、米国内の外国大使館周辺で当該外国政府の評判を貶めるような掲示を出すことを禁止する法律の合憲性が争われた事件(Boss v. Barry 事件(1988))で連邦最高裁(485 US 312, 324-291988)はこの法律を違憲と判示しました。その理由として最高裁は、当該法律はパブリック・フォーラムでの政治的言論に対する内容規制に当たると認定したうえで、そうした法律はウィーン条約222項が定めた外国公館、外交官の尊厳を守るべき必要性の限度を超えて、個人の政治的言論の内容を規制するものだと述べています。
 以上のような判例を踏まえると、池端氏の前記の発言はパブリック・フォーラムでの市民の政治的言論の自由に関する認識を欠くものと思われますが、いかがですか? 

Ⅸ.番組は、日韓合意の行き詰まりの原因はもっぱら韓国側にあるという見立てで編集され、日本側の問題に全く触れなかった。こうした編集は政治的公平、多角的な論点を明らかにするよう定めた「放送法」第4第第1項の定めに反するのではないか?
 また、国際問題の報道のあり方を定めた「NHK放送ガイドライン2015」に抵触するのではないか?

 以上で記した質問事項とその説明文を総合すると、本番組は、日韓合意が行き詰まっている原因は、合意の破棄を唱える韓国社会の「過熱」し、「先鋭化」した主張にあるという見立てで編集されたことは明らかです。それは、番組のタイトルが「韓国 過熱する“少女像”問題・・・」と付けられたことにも表れています。また、番組の導入部分では、映像を映し出しながら、

 
「自分たちの思いを韓国社会はわかっていないのではないか。今回、取材に応じた元慰安婦の女性。これまで固く口を閉ざしてきましたが、はじめて胸のうちを明かしました。」

というナレーションが流され、それに続けて、

 a. 「私たちの苦労を韓国の国民は分かっていないのに、あのようなこと(騒ぎ)を起こしている。本当に心が痛みます。」

という一人の元「慰安婦」の声を流しました。さらに、続けて、「LOVE  JAPAN」というプラカードを持った人物が釜山の少女像のそばに登場した映像を映し、

  b.
「(日韓で)もう憎しみ合うのは止めましょう」

と語って、「少女像」を守る大学生らに抗議する場面を大写ししました(下線は追加)。こうした冒頭のシーン設定は、前記のような本番組の編集姿勢を如実に物語っています。

 しかし、日韓合意が行き詰まっている原因は、合意の破棄を唱える韓国社会の「過熱し」「先鋭化した」主張にあるという見立ては、日本サイドの見立てであり、韓国社会や国際社会で共有されているわけではありません。

韓国の世論やメディアの間では違った見方がされていることは、質問書のⅢ、Ⅳの説明文で記したとおりです。
 そのほか、韓国の丁世均(チョン・セギュン)国会議長も、今年の116日、フィジーで開催されたアジア太平洋議員フォーラムで中曽根弘文参議院議員らと会談した際、「多くの韓国人は安倍晋三首相の慰安婦関連の発言や立場について、大変残念に思っているのが事実」と指摘、「それが恐らく状況を悪化させている要因ではないか」と述べています(『聯合ニュース』2017116日、1130分)。
 また、国連女子差別撤廃委員会も日韓合意後にまとめた「慰安婦問題」に関する前記の最終見解の中で、日本の指導者や当局者が「慰安婦」問題に対する責任を軽く見るような発言を行い、被害者に再び心理的な苦痛を与えている、と指摘しています。
 このような各界の意見の状況を踏まえて以下、質問をします。

 ①韓国内では、同国の「和解・癒やし財団」が安倍首相に、元「慰安婦」宛に直接、謝罪の手紙を出すよう求めたのに対して、安倍首相は201610月3日の衆院予算委員会で、「毛頭そのつもりはない」と答弁しました。このような答弁に対して、韓国内では政治的立場の違いを問わず、強い批判、反発が起こっています。
 また、今年1月8日に放送されたNHK「日曜討論」の収録インタビューで安倍首相は、「日本政府はすでに韓国側が設立した元慰安婦支援の財団に10億円を拠出した、次は韓国にしっかり誠意を示していただかなければならない」と発言し、ソウルの日本大使館、釜山の日本総領事館のそばに設置された少女像の撤去を求めたのに対しても、韓国内では強い批判、反発が起こりました。
 皆様は、安倍首相のこうした発言に対して韓国で起こった批判、反発を「過剰反応」、「過熱した反発」と理解されているのでしょうか? それとも、安倍首相のこうした発言は自らの謝罪に誠意が欠ける証しと受け止められても致し方ないとお考えでしょうか?

 ②河野談話(1993)では、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と謳われました。しかし、日本の中学校の歴史教科書では2011年の検定で「慰安婦」関連記述がすべて消え、2015年の検定で「強制連行を直接示す資料は発見されなかった」という日本政府の見解を併記することを条件に、かろうじて1社の教科書に「慰安婦」関連の記述が復活しました。
 日韓合意が、こうした日本における歴史教育の現実を不問にしたまま、「慰安婦」問題を「最終的・不可逆的に解決する」と謳ったことに韓国社会では批判が起こっています。
 皆様は、こうした韓国社会から日本に向けられた批判も「過熱した」主張と受け止められるのでしょうか? 

 ③番組は、日韓合意の行き詰まりの原因はもっぱら韓国側にあるという見立てで編集され、韓国社会から日本政府に向けられた批判は、「過熱」「強硬」「先鋭化」というフレーズで印象付けされ、批判の内容を掘り下げた紹介はまったくありませんでした。こうした編集は政治的公平、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにするよう定めた「放送法」第41項第2号、同第4の定めに反すると考えます。皆様はどうお考えか、お聞かせください。

 ④「NHK放送ガイドライン2015は、国際・海外取材にあたっての基本姿勢として、「各国の利害が対立する問題については、一方に偏ることなく、関係国の主張や国情、背景などを公平かつ客観的に伝える」と定めています。
 上記のような本番組全体を貫く編集のあり様は、この規定から大きく逸脱していると考えます。皆様の見解をお示しください。
                                    以上

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「政治部話法」を根絶することが改革の第一歩 ~年末のNHK「解説スタジアム」を視て~

20161230
 
   29日、440分ごろまで4時間にわたって2017世界と日本 安心・安全は」と題した
「解説スタジアム・スペシャル」が放送された。今回は1年の締めくくりという意味からか、「スペシャル」と付け加えられたが、3ヶ月に1度の間隔で、さまざまな専門分野を担当するNHKの解説委員同士が時のテーマを多角的に徹底討論すえるという触れ込みの番組である。
   今回は、
1部 激論!国際社会と安全保障、第2部 暮らしの安心・安全は、第3部 “ゆたかな未来”にむけて、というように3部構成で行われた。時間が時間だけに私が視たのは第2部の中の「防災、原発、エネルギー問題」が議論された部分だけである。出演者は次のとおりだった。
   司 会:鎌田靖、アシスタント:岩渕梢
   討論者:板垣信幸・太田真嗣・後藤千恵・関口博之・竹田忠・
       早川信夫・増田剛・水野倫 之 各解説委員

多角的に論点を解説することが期待できる企画だが
   このような討論番組は、各出演者がそれと意図しなくても、各自が忌憚なく持論を語り合うことで、「予定調和的に」、視聴者に焦眉の問題について多角的に論点を解説するという結果をもたらすことを期待できる有意義な番組だと思っている。

   今回も、私が視た範囲でも、傾聴に値する意見がいくつか見受けられた。
 *「除染の費用は原発のコストに入っていない。その一方で、除染し
  ないと国土を失うことになる」(板垣)
 *「廃炉や賠償の費用を全国民の負担に転嫁しようとするのは、
   〔銃後の〕戦争被害への補償を受忍論で放棄させようとするのと
  同じだ」(早川)
 *「原発の再稼働をいかに守っていくかが最初からありきの政策
  で、もんじゅをやめても使用済み核燃料をどうするかが決まって
  いない。
  原発推進だけでやっているのでこういう決め方になる。第三者委
  員会を立ててエネルギー政策の徹底的な見直しをしなければな
  らない。」(水野)

「政治の代弁をする必要はない!」
     討論の中でこんな一幕があった。
 *「(政府が廃炉費用を電気料に課することへの批判については)
   政治担当としては、ぐうの音も出ない」(太田)
 *「政治の代弁をする必要は全然ないですよ」(司会/鎌田)

   太田氏はその前の発言でも、「政府としては・・・」と、まるで政府の報道官のようなセリフを2回、使っていて、私も視ていて、これが「NHKの政治部話法」かと思った矢先だった。解説委員同士がこんなふうに緊張感のあるやりとりをする気風が育つことはいいことだ。

   ただ、原発問題をめぐる討論は全体として、○○担当の解説委員の徹底討論というにしては、密度の薄い討論と思えた。

シャープに意見をかみ合わすには至らなかった
  この種の討論番組の成否は、ファクトベースの議論と鋭い持論がバランスよく展開されるかどうかにかかっている。この点で、私が視た範囲では、今回の「解説スタジアム」はファクトベースの議論が乏しかった。そのため、各委員の持論も雑駁で説得力に欠け、噛み合った討論にはなっていなかった。1つだけ例を挙げて、この点を説明しておきたい。

   終始、「当面原発必要論」を唱えた関口氏が、「自給率が低い日本にとって原子力は維持すべき国産エネルギーだ」と発言したが、これに対し、再稼働反対論者からの正面切った反論はなく、「原発維持政策の下では他のエネルギー開発が育たない。日頃びくびくした状態で暮らすのか、国土を失う危機を避けるのか、大きなテーマの中でエネルギー問題を考えるべき。〔その意味からは〕原発はたたむべき」(板垣)といった、雑駁な反論が出るにとどまった。
   しかし、日本は原子力の原料を自給できているわけではなく、核燃料のリサイクルで得られるウラン、プリトニウムを再利用することを指して「自給」とみなしているに過ぎない。この意味から、原子力は「準国産」などと称されている。
   問題は、そのリサイクルが破たんし、稼働の目途が立たないまま、閉鎖を余儀なくされているという現実である。
   再稼働批判論者が核燃料リサイクルの破綻を強調するなら、それと「原子力=準国産エネルギー」論をリンクさせ、「原子力=準国産」論は、核燃料リサイクルの破綻で夢想に終わろうとしている現実を指摘する意見がなぜ出なかったのか?

   こうした不満が残るが、ネット上では概ね好評で、「もっと昼間にやるべきだ」という意見がたくさん書き込まれた。同感だ。

自律的に「NHK政治部話法」の根絶を
   解説委員同士が「同僚意識」を捨てて、視聴者の前で、真剣勝負で意見をぶつけ合う中で、「NHK政治部話法」を自力で根絶できるかどうかは、NHKの報道番組にジャーナリズム精神を吹き込めるかどうかの試金石といっても過言ではない。


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国民に「伝える義務」を果たすNHKにするために

20161228日 

  「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の運営委員会は1226日、「籾井会長退任後の当会の運動の進め方」と題する文書をまとめ、同日、会員に通知するとともに、会のHPにアップした。
  http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/ 

 また、翌27日には、この文書を次期NHK会長に就任することが決まった上田良一氏宛に発送した。
 今回の文書は、
  *籾井氏不再任に伴う受信料凍結運動の解除
  *上田新体制のNHKに対する当会の基本的立場
 という構成になっている。

 文書の後半に書かれているように、「当会は従来から、NHKの政府広報化、国策放送化は会長の資質に還元して済む問題ではなく、政治部による報道番組のコントロール、番組制作現場の職員のジャーナリズム精神の劣化といった要因によるところが大きいと考えてき」た。
  そこから、「会長が交代したことによって、NHKの『政府広報』体質が改まるのかどうか、・・・・『会長が籾井氏だから、どうにもならない』といった言い訳が通らなくなったこれからが、NHK職員の矜持と力量が問われる時だと言っても過言ではない」と考えている。
  また、これに続けて書いているように、「目下、日本では数の力に頼んだ愚劣な政治が横行し、憲法『改正』、海外での武力行使、沖縄での米軍の基地機能の拡大強化、本土へのオスプレイ配備、原発再稼働、世代を超えた貧困の深刻化など、悪政の犠牲が広がっている。このような悪政を国民の意思で一掃するには、多くの国民が『事実を知ること』、『参政に当たって十分な判断材料を持つこと』が不可欠であり、そのためにメディア、とりわけNHKが担うべき役割は非常に大きい。」

  この1年を振り返ると、安倍政権の反理性・棄民の政治が対震災被害者、対韓国(「慰安婦」問題に関する日韓「合意」)、対沖縄(基地機能の強化の問題)で際立った年だった。
 と同時に、韓国市民、沖縄県民の権力を振りかざした不条理との非妥協的な運動と比べて、私たち(「本土」の)日本人11人、さらには日本の市民運動の地力の脆弱さ、「情と和の精神が理性を覆う」政治意識のひ弱さを実感させられた1年だった。

 その背景には、1人の有権者として「知っておかなければならない事実」を知らない実態、知らされない実態がある。これからNHKにどう向き合うかを考える時、政府に不都合な事実を「知らせないNHK」を、政府に不都合であればなおさら「知らせるNHK」に変えていく運動を、さまざまな方法、創意で強めることが重要になっていると痛感している。

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  20161226日 
     
       
 籾井会長退任後の当会の運動の進め方

         NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                       運営委員会

 籾井氏不再任に伴う受信料凍結運動の解除
 NHK経営委員会は12月6日の会合で籾井現会長を再任せず、現経営委員で監査委員を兼務した上田良一氏を新しい会長に選出した。NHKの政治権力からの自立と独自の取材にもとづく調査報道の意義をまったく理解しない妄言を繰り返してきた籾井氏の資質に照らせば当然の判断である。というより、資質の点でも品性の点でも、公共放送のトップと真逆の籾井氏を名ばかりの注意で放免し、任期を全うさせた経営委員会の無責任が厳しく問われなければならない。

 籾井氏を退任させたのは、多くの視聴者が粘り強くかつ継続的に籾井氏の言動に厳しい批判を向け、籾井氏が「非行・悪行」を行う度に即刻の罷免を要求して来たことが最大の要因である。各地で開かれた「視聴者と経営委員が語る会」で籾井氏の言動に手厳しい批判が相次いだことも、経営委員会の任命責任の重さを自覚させる大きな力になったのは間違いない。

 と同時に、各地の市民団体が3年近くにわたって続けた罷免要求の署名運動が8万筆を超えたこと、さらに、籾井氏の任期切れ半年前から、21の市民団体が共同で取り組んだ籾井氏不再任の要求署名が4か月足らずで35千筆を超えたことも、籾井会長の退場を促すダメ押しの力となった。

 当会は会長就任会見で籾井氏が「政府が右と言う時、左と言うわけにはいかない」などと発言したことを重大視し、201451日から、籾井会長の辞任を求めて半年間の受信料凍結運動を呼びかけた。残念ながら、それから半年が経過した10月末日に至っても籾井氏は会長職にとどまった。そこで、当会としては当初の呼びかけ通り、その時点で受信料凍結運動の解除をやむなきことと判断し、1117日付でその旨の見解を発表した。
 ただし、当時、籾井氏が会長職にとどまり、NHKの国策報道化が顕著になっていたことから、会員が自らの意思で受信料の凍結を続けるなら、その意思を尊重するという判断も明らかにした。

 今回、会長職への不再任という形ではあるが、籾井氏の退場が確定したことで、受信料凍結運動の所期の目的は達成された。そこで、当会は、会員ならびに当会の呼びかけに応えて受信料凍結運動を続けて来られた方々に凍結の解除、受信料の支払い再開を呼びかける。

上田新体制のNHKに対する当会の基本的立場
 次期会長に上田良一氏が選任されたことについて、「4代続けて財界出身の会長」、「経営委員から会長を選ぶのは異常」といった指摘がある。確かに、財界人の出身母体に由来する利害と公共放送のトップに求められる使命には無視できない利益相反がある。これまで経営委員として同僚だった上田氏と経営委員会が緊張関係を保ちながら各々の職務に専念するかどうかも注視しなければならない。他方、上田氏は今年の5月に函館市で開かれた視聴者と語る会で、

 「受信料は、契約を締結する義務は法律で定められていますが、支払い義務は負っていません。支払いを義務化するということは、『支払いの義務を負わせて、支払わない人に対して罰則を設ける』ということであり、国の力で受信料を徴収するということになりますので、国の影響が及んでくるという懸念があります。」
 「放送、ジャーナリズムが国家権力に追随するような形というのは、必ずしも望ましい形ではありません。」


と発言したことは注目に値する(
NHKホームページ・「『視聴者のみなさまと語る会』in函館」より)。当会は、上田次期会長が今後、こうしたジャーナリズム精神を貫いて職務にまい進するのかどうか、注意深く見守り、是々非々の立場で新執行部と向き合っていく。

 その際、重要なのは会長が交代したことによって、NHKの「政府広報」体質が改まるのかどうかである。当会は従来から、NHKの政府広報化、国策放送化は会長の資質に還元して済む問題ではなく、政治部による報道番組のコントロール、番組制作現場の職員のジャーナリズム精神の劣化といった要因によるところが大きいと考えてきた。「会長が籾井氏だから、どうにもならない」といった言い訳が通らなくなったこれからが、NHK職員の矜持と力量が問われる時だと言っても過言ではない。

 目下、日本では数の力に頼んだ愚劣な政治が横行し、憲法「改正」、海外での武力行使、沖縄での米軍の基地機能の拡大強化、本土へのオスプレイ配備、原発再稼働、世代を超えた貧困の深刻化など、悪政の犠牲が広がっている。
 このような悪政を国民の意思で一掃するには、多くの国民が「事実を知ること」、「参政に当たって十分な判断材料を持つこと」が不可欠であり、そのためにメディア、とりわけNHKが担うべき役割は非常に大きい。

 当会は今後も、予断をまじえず、NHKの番組をウオッチし、良質の報道・ドキュメンタリィ番組、豊かな文化と教養を育む番組には激励を送り、国策を援護したり、視聴者の知る権利に背いたりするような番組には厳しく批判を続けていく。また、NHKの番組に対し、政治権力の介入や圧力があった場合は報道の自由を守るために毅然と抗議していく。

 当会はNHKの報道の自由を守り、NHKのガバナンス改革を進めていくうえで経営委員会が果たす役割が大きいことを踏まえ、経営委員の選考過程の透明化、選任基準の明確化を求めると同時に、他の市民団体と共同して公募・推薦制を含む経営委員の選考制度の抜本改革を目指す運動に取り組んでいく。
 と同時に、さしあたっては、経営委員会の会議の公開(傍聴)、「視聴者と語る会」の充実(回数を増やすこと、語る会の模様をNHKの番組として放送することなど)を要望していく。

                              以上

 

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「会長が籾井さんだから」の言い訳が利かなくなった時

201612月6日

昨夜のNHKニュース7~
政府広報報道の長期保存版~
 昨夜NHKニュース7をご覧になっただろうか? リアルタイムで視てあ然とし予約で撮った録画を、改めてメモを取りながら視た。NHK報道の政府広報ぶりを示す典型例として長期保存版になりそうな録画だった。放送項目、時間配分は次のとおり。

    2016125日 NHKニュース7 ウオッチ・メモ

 1.  安倍首相、真珠湾訪問 犠牲者慰霊の意向   551
 
2.  イタリア国民投票、首相が辞任表明      619
 
3.  ブレーキ作動などデータ分析、福岡3人死亡事故 338
 
4.  まとめ記事、掲載中止相次ぐ         302
 
5.  超高層ビルに雷 破片落下の危険       341
 
6.  参院TPP特別委 安倍首相、自由貿易の重要性示す 
                         1
25
 
7.  大谷、来期は27000万円   
                      128
 
8. 安倍首相、真珠湾訪問 犠牲者慰霊の意向   234
 
9.  天気予報                    43秒 
 
 

コメント
 1. 安倍首相の真珠湾訪問の意向発表を緊急重大ニュースかのように番組内で2度、延べ825秒を充てた。放送内容も安倍首相の独演、岩田明子記者の協演解説といえるものだった。
 さらに、オバマ氏の広島訪問の返礼といった「強いられた訪問であってはならない」というオバマ大統領の気配りを伝え、「安倍首相独自の判断による訪問である」と字幕付きで伝える念の入れようは尋常ではない。

 2.③は続報。一瞬にして両親を亡くした子供のことを聞くと心が痛む。しかし、「ブレーキ作動などデータ分析」という情報を3番目に338秒を充てて伝える話題とは思えない。

 3  ④⑤は今日7時のニュースで伝えるほどのニュース価値があるとは思えない。もっと時間枠のある「おはよう日本」で取り上げればよいのではないか。

 4. ⑥の扱いに大きな疑問。「国のかたちを変える」とまで言われるTPP協定案。大詰めを迎えた国会審議というのに、質問に立った与野党8人のうち、放送されたのは公明党の議員と安倍首相との一往復の質疑のみ。時間にして125秒。⑦の「大谷、来期27,000万円」という話題よりも短かった。なぜ公明党議員の質問だけなのか? この1点だけでも大問題と思えた。

「会長が籾井さんだから」の言い訳が外れた時

 籾井現会長の不再任が濃厚になったと各紙が伝えている。当然のことというより、今まで罷免もされず、会長職にとどまり続けさせた経営委員会の体たらくが情けない。
 そんな中、今夜のニュース7を視て考えた。今日に始まった感想ではないが。

   籾井氏が会長職を退いたとして、今日のようなあからさまな政府広報はNHKの報道番組から姿を消すのか?

   「会長が籾井さんだから」という言い訳が、「政治部には、上司の指示には逆らえない」という言い訳にとって代わることはないのか?
 
 NHK
の番組制作スタッフの個としてのジャーナリズム精神の真価が問われ、NHKの報道番組の真贋を見極める視聴者の眼力、醜悪な番組を正す行動力が試される時である。

言論の自由を実践する場はメディアの外ではなく、内にある
  「J氏は新聞社に身を置きながら、『世界』に書いているようなことを組織内で堂々と主張し、上司と闘っているのだろうか。新聞労連の委員長氏は出身母体に戻ったとき、数々の正論をその通りに主張し、堂々と社内で上司と議論しているのだろうか。」

  「『言論の自由』は、対権力との関係において語られるが、しかし、言論の自由を実践する場所は『対権力=メディア企業の外側』ではなく、メディア企業の内部にこそある。」

(高田昌幸「北海道新聞を去るにあたって 『組織』ジャーナリズムとジャーナリスト『個人』の狭間で」『マスコミ市民』20119月)


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3万筆まであと1,000筆~次期NHK会長選考への要望署名~

2016114

〔続報/11月5日、1時34分追記〕 累計3万筆突破
 11月4日24時現在の集約で累計署名数は3万1,503筆となった。
 11月4日の増加署名数: 用紙署名2,379筆 ネット署名96筆
                 計2,475筆

 今日にも3万筆突破
 8
11日以降、全国27の市民団体は連名で次期会長選考に向けた3項目の要望の賛同署名は目下、第三次の呼びかけ中(集約日114日、最終締め切り116日)であるが、昨日(113日)現在で用紙署名到着分とネット署名を合わせ、累計で29千筆を超え、3万筆まであと一歩になった。今日、明日にも3万筆を超える見込みである。

  万単位の署名を積み上げることが、経営委員会に視聴者の声を届ける力の一つになると考えている。それだけに、残る期間内に市民団体の自力と多くの方々のご協力で、ぜひとも3万筆に少しでも上積みする署名を達成したい。

 署名呼びかけの詳細は次をご覧いただきたい。ネット署名の入力フォーマットも入っていて、そのままで送信できます。署名用紙のダウンロードもできます。ご協力をお願いします。
 署名用紙のダウンロード  
   http://bit.ly/2aVfpfH


 
ネット署名の入力フォーム   
  https://goo.gl/forms/G43HP83SSgPIcFyO2
 
ネット署名に添えられたメッセージはNHK改革の宝の山
 今回の次期NHK会長人事に関する要望署名運動は数を追求するだけの運動ではない。ネット署名に添えられたメッセージを読んでいくと、NHKを視聴者本位の公共放送に改革していくための宝の山という気がしてくる。と同時に、NHK問題に関わってきた自分の感性を洗い直す数多くの材料を得た思いがしている。

 メッセージの中のいくつかを、このブログでこれまでに6回にわたって紹介してきたが、以下では、この6日間に届いたメッセージの中から4つを紹介しておきたい。
 すべてのメッセージは、個人情報を伏せて、次のサイトで公開している。
 https://goo.gl/GWGnYc


以下、冒頭に付けるのは通しの番号である。

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2021

NHK番組でフリーランスとして、時折仕事をします。今のNHK体制だと恥ずかしくて、胸を張って自分の仕事を知人に紹介できません。現状の体制を改善するためにも、籾井現会長の再任に強く反対します。」
 
1029 フリーランス 映像関係)

4038
NHKのニュースと論説などは、ほとんどみません。以前のNHKを思うとまったくの、政権のプロパガンダ機関です。とくに、私たち沖縄に住む者にとっては、最悪の『公共』です。ほとんど、沖縄民衆の敵対者といってもいいものです。職員のなかには良心的で、現状を憂えている者も多数いるはずです。このままではのちのち大変なことになります。」

 (1031日/沖縄県)

4645

「国民の知る権利を奪うNHKの在り方、特にニュース報道に抗議します。私は、1956年生まれ、ちょうど中学生の頃、公害訴訟で負けっぱなしの原告側に物申すNHKの報道(朝ドラが始まる前7:458:15)を毎朝見て、歩いて3分の中学校に通ってました。私にとって国とは弱いもの、国民の見方ではないことをこの時代のNHKの報道から学び、憲法を教えたく教員の道を歩んできました。中立とは、日本国憲法が基準ではないのですか?」

111日/東京都)

4682
「偏向報道にうんざりしています。事実関係を淡々と伝えてほしいと思います。ささやかな、私なりの抗議として受信料契約を拒否し続けてきましたが勧誘員玄関ドアを激しく叩くという脅しについに屈し、今年になって契約してしまいました。大男が大声で呼びながらドアをたたくので恐怖を覚えました。所謂お笑い芸人が相方をひっぱたくような番組制作にも受信料が使われているのだと思うと怒りを覚えます。情けないことに、もっぱら衛星放送で映画を視聴して、元を取ったと思い込もうと努力しております『安倍放送局』は早急にやめていただきたいです。」

111日/岐阜県)

4886
「政府が隠し続ける事実を隠す手伝いをするのが、公共放送の役割ではないはずです。

国民の不利益を報じないのは報道機関としての役割放棄です。報道機関自らの報道規制は、先の戦前と変わらぬ事態です。国民に誤った歴史認識を植え付けたりしないで!

国民の目となり耳となり、事実を報道する勇気を持ち続けてください。権力に迎合するのは、容易いことですが、国民の立場に立つことは生半可ではできないこと。しかし、どんな困難な時代でも人間的であり続ける勇気を持ってください。報道の果たすべき役割はとてつもなく大きく、時代を変える力を持っています。それだけに、責任も重大です。報道機関としての誇りをどうかかなぐり捨てないでください。権力に自分を売り飛ばすな!人間であり続けて!」

113日/埼玉県)

 

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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(7/7)

20161020


上村氏の著書の書評依頼に関する経緯に思うこと

  最後に、貴紙と上村氏と私の三者にかかわるエピソードを振り返って思うことをお伝えします。
   昨年(2015年)秋、貴紙の文化部の方から、上村氏の新著『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』(201510月、東洋経済新報社)について書評依頼の電話が拙宅にありました。(貴部署はご存知なかったかも知れませんが、確かめていただければ、今でも経緯はおわかりになると思います。)
  私が「お受けしますが、この書物なら批判的な意見も書くことになると思います」と告げると、文化部の方は戸惑われたようで、「そうですか。・・・・それではどうするか検討して、改めてご連絡します」ということでいったん、電話は終わりました。
  約15分後に再度、先ほどの方から電話があり、応対した連れ合いに、「趣旨が違いますので、今回は見送らせていただきます」とのこと。

  それからしばらくして、貴紙の書評欄に、あるNHKOBの方の同書の書評が掲載されました。それは上村氏の著書を高く評価し、私なら指摘したはずの疑問・問題点の指摘は皆無でした。

  書評の評者を誰にするかは雑誌なり新聞なりの編集部の判断に委ねられるものですから、結果についてどうこう申し上げるつもりはありません。私の脳裏に残っているのは、私への依頼を見送る旨、告げられた際に聞いた「趣旨が違う」とはどういう意味なのだろうということだけです。機会がありましたら、「趣旨」とは何だったのか、お聞かせいただけると幸いです。

最後に

  この書簡に書いたような私の考えを私の周りにいる方々に話かけた時、返ってきそうに思える反応、異論は、「あなたが言うような意見の違いは、この時期に持ち出すのは控えた方がよい」、「今は多様な意見を互いに認め合って一致点で共同するべきだ」という「融和論」「多様性尊重論」です。
  実際、このような「融和論」、「多様性尊重論」は、私の経験に照らしても、今日の日本の市民運動の内部で広く共感され、支持される傾向があるように思えます。
  しかし、一致点と不一致点といっても一様ではありません。
  私がこの書簡で指摘した上村達男氏の言説を知った方々が、それでも上村氏を悪名高い籾井NHK会長を退かせる運動のための貴重な人材とみるのか、そうではなく、上村氏は真正の籾井批判者に値せず、同氏のNHK論全般を見れば、むしろ有害な見解が随所に含まれていると見るのか‐――この点を大いに冷静に議論する必要があるというのが今の私の考えです。
  この書簡で記してきた検討に照らせば、私が後者の見解にたどり着いたことは充分、おわかりいただけると思います。

 最後に一言しますと、最近、日本で見受ける「融和論」が「棚に上げる」のは、正確に言うと、「不一致点」ではなく、問題の核心に関わる不一致点を熟議することを避ける「理性の棚上げ」ではないかと私は考えています。


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〔追記〕

  以上(7回に分けて掲載した)が、しんぶん赤旗編集局/同ラジオ・テレビ部に宛てた書簡の全文である。
  連載を閉じるにあたって、この書簡を送った知人から届いた感想への返信をまとめながら考えたことを追記として、載せておきたい。

  私はアンチ共産党でも何でもないが、「主(あるじ)なし」の人間でよかったと最近、つくづく思う。
  今の市民運動を見ていると、「政府が右という時、左とは言えない」という籾井NHK会長の言葉を本当に批判できるのかと思うことがある。「政府」の代わりに「○○党」と置き換えたら、そっくり当てはまるような団体や人たちを見かけることが珍しくない。「左翼」にもタブーがあるような空気なのである。

  言論の自由というと対権力を念頭に、かまえた議論をしがちだが、私たちの日常生活や市民運動の内部でも、共感やほめ言葉は飛び交うが、批判や異論は疎まれがちである。「違いを認め合う」というと、日本古来の「和の精神」に適いそうだが、違いは認め合って脇に置くものではなく、すり合わせ、議論をするべきものではないのか? 

 
 「共闘」がキーワードになった時代のせいなのか、最近は主義の左右を問わず、
「摩擦」を負のエネルギー消費と捉える傾向が強まっているように思える。しかし、力学になぞらえていえば、「摩擦」は自省、進歩の契機として正のエネルギーとなり得るものである。
  というより、私には「摩擦のない同調、共感」はある種、宗教的で不気味な同質化としか思えない
  今は自民党政権を倒すことが革新の大義とされる。それ自体に疑問の余地はない。しかし、ここ数年、私はそうした政治体制の転換の後に来る言論、メディアの状況はいかなるものなのかについて、自分の体験に照らし、思いを馳せることがある。私の言論などは「趣旨に沿わない」と疎まれ、排除される状況になりはしないか、と想像したりする。げんに、その前兆と思える状況も一度ならず体験している。
  自分が生きているうちに、そんな政治体制の転換も深刻な言論状況も生まれそうにないという逆説で、安らぐのが賢い生き方なのかと思ったりするが。


                             (この連載、完)


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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(6/7)

20161019


視聴者目線が欠落した上村氏のNHKガバナンス論

1)経営委員会の職責をわきまえない上村氏の余剰資金活用論

   
NHKの次期3ヶ年経営計画が審議された20141014日の経営委員会で、籾井会長と上村氏(経営委員長職務代行/当時)が次のようなやりとりをしています。

 
 「(籾井会長)この3か年間での増収の合計1,000億円を何に使うのだということですね。これは明確に、何に使うというのか予定があります。ご承知のとおり、今、2つの大きなプロジェクトを抱えております。一つは東京オリンピック・パラリンピック、一つは新センターの建て替えでございます。やはり巨額のお金が要るものについては、そのときになってぱっとやるわけにはいかず、例えばオリンピックの場合は数百億円規模の放送権料をNHKは支払う必要があり、これを準備していかなければなりません。新センターの場合は、建設に要する経費も場所もまだ決まっておりません。そういう中で、今の建設費の高騰などを考えると、3,400億円で高いと言われていたものが、これでも足りないかもしれないということもあるわけです。結局、建てた後に急激な資金不足を来すことになり、損益が赤字になるということは、受信料収入で成り立っているNHKは、受信料を値上げしなければなりません。それを回避するためにも、今のうちから積み立てていき、余裕が出てきたら受信料を下げて還元することは、宿命的なものだと思います。私流に表現しますとそういうことですが、この2つの大プロジェクトを抱えているがゆえに、今の段階で値下げをすることは、必ず後に急激な値上げをする必要がでてきますので、今の計画のまま進め、この間にオリンピックの償却をしていくというのが一つです。やはり一番大きいのは、新センターの建て替え用の積み立てです。積み立てにより、将来の急激な受信料の値上げを回避する。NHKは収支を全部オープンにしていますので、そのときの収支の状況を見て、値下げなどについて検討させていただければと思います。」

   「(上村代行)これは感想ですが、余剰資金がある場合は、NHKがやりたいことを、あるいは国民が望んでいることがこんなにできるということを、NHKの側が言うのは当然だと思います。もう使い道はありませんといったら返すしかないということになる。日本の企業で、余ったお金があれば配当するように言われ、怪しげなファンドにただ金を移しているような風潮に非常に違和感を持っています。何となく戻すというものではなく、これだけの余剰資金で、こんなことができるということを是非おっしゃっていただきたい。」

  籾井会長の発言を受けた上村氏のこのような発言を知ると、NHK執行部とどのように向き合うのが経営委員会の職責なのか、考えさせられます。東京オリンピックや築地市場の豊洲移転をめぐって、当事者が立案した予算や事業計画のずさんさ、時間が経つにつれ、予算が膨らんでいく実態を市民、都民は厳しいまなざしで見つめています。

  NHKの放送センターについてもNHK執行部は第1期、第2期に分けた建設・財政計画を公表していますが、第1期計画でさえ、目下の予定で、今後の変更がありうることを断っています。いわんや第2期計画の予算は金額こそ公表していますが、概算にすぎません。
 
であれば、受信料の「公金意識」を徹底するよう謳っているNHKを監督する経営委員会の第一次的職責は、執行部が提案した建設・予算案を精査し、無駄を排除した上で必要な施設を建設するものになっているか、華美、不要不急の計画はないかをチェックすることであるのは明確です。

 
 (議事録を読む限り)そのような精査を行わないまま、「余剰資金がある場合は、NHKがやりたいことを、あるいは国民が望んでいることがこんなにできるということを、NHKの側が言うのは当然だ」、「もう使い道はありませんといったら返すしかないということになる」などと発言するのでは、上村氏が経営委員会の職責をいかに理解できていないかを示すものです。「国民が望むこと」を上村氏はどのように確かめたのでしょうか?
  しかも、そうした「感想」を営利企業の配当に例えて説明するのは、上村氏の「ガバナンス論」が営利企業版の引き写しで、公共放送には通用しない、有害なものでさえある言ってもよいでしょう。
 
 上村氏は放送法を引いて、健全な民主主義や公共を語っています。しかし、実践的な問題に直面した場面での発言を確かめると、上村氏の言う「公共」の真相は荘宏氏が語った放送法の原点、立法精神とは似て非なるものと言わなければなりません。
 ちなみに、上記の上村発言の後で、美馬委員、室伏委員は、次のように発言しています。

 
 「(美馬委員)語る会などに出席していると、年金生活者の方とか高齢者の方々からいろいろご意見をいただきます。特に受信料がかなり負担になっているというお話を伺います。そのような状況において、オリンピックがあるからという理由で、そういう方々に説明ができるのかということです。受益者負担ということをもし言うならば、その方々がオリンピックを見られるかどうか、そのために今新放送センター分を出しておくことについて、理解が得られるのかということ。それから、函館という地域に生活していますと、経済格差というのはかなり拡大している地域の状況を実感しています。例えば、この冬から北海道電力が20%値上げする。それはかなり問題になって、結局16%台に落ち着きましたけれども、生活がかなり厳しい方々が出てきている中で、NHKの今回のこういう話が出てくるとなると、全国、地域の人たちに対してきちんと説明ができるのかということですね。ぜひ考えていただきたい。・・・・
 
例えば、先ほどはそういうことで立ち行かなくなると、放送サービスの削減につながるというご説明がありましたが、それもいたし方ないのではないかとも思います。BBCはこれから1つチャンネルを減らすようですね。日本では人口があるところまで減少するというのが予測されているわけですし、労働人口が少なくなって、NHKも国内だけでは人材を確保できないということもあります。新放送センターも巨大な頑丈なものということですが、例えば今の技術を利用すれば、小さな組織で分散化するということだって考えられると思います。東京という、いろいろな課題があるところで、巨大な頑強なものを建てるということが、本当にそれが唯一絶対の最適の解決なのかということも踏まえてお考えいただければと思います。」

   「(室伏委員)建物について概算でこういう金額を出した。そして、それに設備費などをつけた3,400億円は既に公表している値だというご説明でした。私が危惧するのは、計算した根拠やNHKとしての方針などが明確ではないうちに、この数字を公表したことで、NHKの建て替えに、何とか参入しようとしている業者の方がたくさんいらっしゃるわけですから、数字が独り歩きしてしまうことで、いろいろな意味で課題が生まれてくる可能性です。皆さまがとてもご心配になっている数字の根拠については、こういう言い方をしては失礼ですが、NHKはやはり多少厳しくないという感じがします。私は別の企業で社外取締役をしていますが、やはり数字に関しては非常に厳しく詰めて、そしてこれでという確実な線を出していらっしゃるので、やはりNHKとしてもう少し考えていただかなければならないという気がします。世間で、NHKは受信料頼みで、のんびりしているということをおっしゃる方がいますが、そういう話を聞くたびに、いや、そうではありませんと申し上げていますが、今のやりとりを聞いていますと、やはり多少心配になります。ですから、こういう数字が公表される前に、もっと厳密な計算なども必要だったと思いますし、渡邉委員や石原委員がおっしゃったように、民放の建物の値段と比べてはるかに高いので、もう少し見直しをという話が以前にあったことを思い出しました。そういったことが、議論が進み、時間が経つと忘れられてしまうことがありますので、今後はしっかりと経営委員会での議論を生かしていただきたいと思っています。」

  ところが、上村氏は2人の委員の発言の後で、例によって自己流の「ガバナンス論」を持ち出し、次のような発言をして、議論を拡散させてしまっています。

 
 「(上村代行)今、各委員の方がおっしゃったことはそのとおりだと思います。ただ、当時はガバナンスと申しますか、経営委員会制度という監視監督機関がきちんと機能していなかった時代であって、そう言い切れるかどうかは別として、今のシステムでは大分違います。ですから、少なくとも当時は、今のような経営委員会制度、監査委員会制度のシステムはなかったわけです。総務省という役所があまり介入しない、これだけ公益性の高い組織で、会長に全部権限がある。そうすると、よりどころは経営委員会しかないです。その経営委員会のよりどころは監査委員会しかない私は思っています。・・・・」

  経営委員会のよりどころは監査委員会しかない、監査委員会をどうにかしなければ経営委員会はなかなか職責をまっとうできないというのが、上村氏の「NHKガバナンス論」の一貫した「専門的」見解のようです。
  しかし、大きな権限と責務を負った監査委員会がNHKの経営・財務に関して厳正な監査をするのは当然としても、経営委員会自身、放送法291項でNHKの事業計画、収支予算、資金計画など、NHKの経営全般に対する議決権を付与されています。こうした放送法の定めに照らせば、監査委員会の職務がどうという以前に経営委員会自身の職責、その遂行状況が問われるのは当然です。
 この意味で、上村氏が得意げに語る「NHKガバナンス論」は専門用語をちりばめた一知半解の机上の議論と言っても過言でないと私は考えています。
 その上で指摘しなければならないのは、上村氏の議論には、他の経営委員の発言と対比しても、視聴者目線が終始、欠落しているという事実です。それは上村氏の受信料収納目標に対する考え方にもよく表れています。

2)視聴者目線が欠落した上村氏の受信料徴収論

  今年の524日に開催された経営委員会で、外部法人委託の拡大、民事調停の活用等による受信料の徴収強化策についてNHK担当者から説明がされました。
  これを受けて、石原進委員(当時)は「支払率が76.6%に上がったというのは大変すばらしいと思います。九州では大分が非常に悪かったのが76.1%となったことは、こういった施策をいろいろと行った結果だと思います」とNHKの実績を高く評価する発言をしました。
  他方、美馬委員は、「民事調停の活用についての質問です。受信料をお支払いしていただけるのであれば、なるべく民事調停まではしたくないとお考えだと思います。予告文書は定型の文書をお送りするだけでよいと思いますが、申立文書を作成する際の経費や手間について教えていただけますか」と質問しています。


  さらに、佐藤友美子委員は次のように発言しています。

 
 「(佐藤委員)2つあります。外部法人委託により非常に成績がよくなっている一方で、この前の『視聴者のみなさまと語る会』でも、受信料徴収の対応についてのご意見がかなりありました。法人委託化することで、逆にNHKに対する不信感を抱くような方もいらっしゃるのではないかと思います。その対応策についてお聞かせください。これまでもいろいろと研修はしているということでしたが、なかなかそれでは納得していない方がいらして、NHKとして、きちんと対応しているというメッセージも送っておかないと、ご理解していただくことが難しいと思います。そのときは銀行振り込みについてのお話で、NHKの都合であるにもかかわらず高圧的であったというご意見でした。自分の成績のためにやっているような節があったというご意見でしたので、その対応策がきちんと行われているかどうか不安な気がしました。」

  目下、外部営利法人への集金委託、民事督促の裁判の活用を通じたNHK「対話なき」強引な受信料徴収に対して、各地の多くの視聴者から苦情・批判が出ています。その意味で、佐藤委員や美馬委員の発言は視聴者に目線を向け、NHKの高圧的な受信料徴収をチェックしようとしたものと言えます。
  上村氏は既に経営委員を退任していて、この日の委員会には出席していませんが、在任中の201499日に開かれた経営委員会で、NHKの営業担当理事が、平成27年度から3ヶ年の営業目標(ここでは受信料支払い率の達成目標)を80%とする計画を説明したのを受けて、上村氏は次のように発言しています。

  「(上村代行)それは自己矛盾というか、本来は全員支払う義務がありますね。仕方なく75%でしょう。それなのに目標は80%ということは、それは80%でよいのだというメッセージになりませんか。全員に義務があるのだから裁判をやってでも取ろうと言っているときに80%が目標ですというのは、何か違和感がありますが、だからこれは公表しなくてもいいのではないかと思いました。」

  このような上村氏の発言を聞かされると、上村氏は今のNHKによる外部営利法人への委託を通じた受信料徴収の実態、そこから報告される「収納率改善」の真相をどこまで理解しているのか、理解しようとする問題意識があるのか、疑問に思えます。
  とりわけ、美馬委員が「視聴者と語る会 in 函館」(2016514日開催)で語った次のような発言と対比すると、なおさら、上村氏の受信料制度論の薄っぺらさが際立ちます。

 
 「(美馬委員)受信料制度について『公平負担を徹底するために、税金のように全員から徴収するべきでは』というご意見は、これまでの『視聴者のみなさまと語る会』でも度々出てくるご意見ですが、公共放送の財源をこのような方法で徴収し、80%近い方々にお支払いいただいている国は他になく、イギリスやフランスやドイツの方と話をすると『税金のように徴収せずに、そこまでよく払ってくれますね』と言われます。このことを翻って考えてみると、それだけ皆さまとNHKの間に厚い信頼関係があり、その信頼関係の下に公共放送が成り立っているということを強く感じています。
  税金のように徴収することで徴収にかかる経費は削減できますが、一方で、現在のような形で受信料をお支払いいただいているからこそ、NHKに対して意見を言うことができたり、『視聴者のみなさまと語る会』のような場があり、意見交換ができるのではないか、と考えます。」 (前掲「語る会」実施報告より)

 以上のように受信料収納率目標、徴収方法に関する上村氏と他の経営委員の発言を読み比べると、上村氏の発言には、「対話なき」受信料の「取り立て」についての関心がいかに希薄か、視聴者目線がいかに欠落しているかが浮かび上がってきます。
 こうした視聴者目線の欠落は、上村氏が経営委員は国会で選ばれた、国会と共働でNHKをコントロールする使命を負っているという「国会目線」、政府によって任命された以上、いかに問題のある会長でも罷免しにくいという「政府目線」の強さに災いされたものであると思えます。

  
                    (以下、次回に続く)

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上村達男氏のNHKガバナンス論の真贋                ~赤旗編集局への書簡(5/7)

20161018

 

経営委員の人事制度と職責に関する上村氏の曲解


  では、上村氏の上記のような稚拙な釈明が生まれた原因は何かを考えていくと、経営委員人事制度と経営委員の職責に関する上村氏の歪んだ認識に起因するように思えます。

 
上村氏は経営委員選考制度を政府人事と見るか、国会人事と見るかという点にこだわり、国家公安委員、公正取引委員会委員、中央労働委員会公益委員、人事院人事官、日銀総裁、NHK経営委員等の「国会同意人事とは、時々の政府の意向に左右されてはならない独立性の強い人事」であるのに、「安倍内閣になって以来、NHK経営委員の人事は政府任命人事と同視され、NHK予算も政府予算と同等の扱いを受けるようになった」(上村達男「NHKの再生はどうすれば可能か」(『世界』20156月、p.95)と述べています。

 
つまり、上村氏は経営委員を選任する仕組みが、政府の意向で決まる政府人事ではなく、野党も含む国会人事としての実を備えるなら、NHK経営委員は国民の代表である国会で選ばれたという意味での独立性を担保できると考えているようです。
  上村氏が、「NHK予算に対して国会が審議するのは、国会が公益を代表して1年に一回、NHKに対するガバナンスの機能を果たしているのです」、 「国会が関与しない間は、そうしたガバナンスの機能は国会が同意した人物たちからなる経営委員会に委ねられているのです」((上村達男『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』2015年、東洋経済新報社、p.131)と述べていることからも裏付けられます。

  さらに、上村氏は、「言い換えると、NHKの放送・経営等に対するガバナンス機能という点では、国会と経営委員会はその使命を共有していると見ることができます。・・・・国会が果たす役割・機能を、日常的にNHKの経営に接することのできる経営委員会がその代替機能を果たさなければなりません。」(前掲書、p.131)とも述べています。これは経営委員が政府とではなく、国会とつながるのは経営委員会の独立性を脅かすどころか、経営委員会が職責を全うする上で当然の姿であるとみなしていることを意味します。

  確かに、政府が委員を指名するという形の政府人事(審議会委員など)と比べ、国会の審議を経る国会同意人事は、政府の独断的な偏った人選をチェックする機能が伴うことは確かです。
 しかし、現在の国会同意人事を上村氏の言うように、「政府の意向に左右されない独立性の強い人事」と評価するのは実態を無視した議論です。なぜなら、

  ①経営委員候補者名簿は内閣の一部門である総務省が作成し、野党はこれにYes, Noの意思表示をするだけで、候補者推薦権はありません。
  ②国会同意人事と言っても、多数与党の意思で議決されるのが通例です。また、かりに政党ごとの議席占有比で経営委員を割り振ることにしても、世論調査で無党派層が与党支持率に匹敵する現状では民意の分布に見合った人事とも言えません。
  ③そもそも、「国会=国民の代表」と言っても、言論・報道機関としてのNHKは多数決原理で決せられる国策を遂行する機関ではありません。むしろ、多数与党と同与党によって組織される政府の国策遂行を監視するのが言論報道機関の使命です。そのように政権を監視する使命を負った言論報道機関としてのNHKの予算、事業計画を国会の審議、議決事項にしていることが、NHKに対する政権与党の干渉の温床になってきたことは否めません。
  またNHKの監督機関(経営委員会)の委員を政府が選任した候補者の中から両院の同意を経て任命する国会同意人事を政府人事とは異なる独立性の高いものと評価するのは、制度の本質を見損なった曲解です。

  上村氏は多くのメディア研究者、ジャーナリスト、市民が経営委員の公募・推薦制の採用を求め、総務省に替わって放送行政を所管する独立行政機関の設置を求めてきた理由、運動の歴史をどう受け止めているのでしょうか?
  ここでは、政府人事と国会人事の違いを過度に強調し、言論報道機関の人事や経営決定に多数決原理がなじまないことを理解しない上村氏に対し、放送法制定当時に川島武宜氏が述べた見解を紹介しておきます。

川島武宜氏の経営委員人事論を顧みて

  「川島公述人 私は東京大学の法学部におります川島でございます。先ほど委員長から忌憚のない意見を述べろというお話でございましたから、私は忌憚のないことを申し上げます。
  この法律に対して私は全体的に反対の意見を持つております。私が問題にしたい点を簡單に申しますと、まず第一にこの法律は、日本放送協会に対して国会と政府とが、非常な力でもつて統制をし、監督をするという点に、大きな眼目があるように思うのであります。はたしてこういうコントロールをする必要があるだろうか、それでよいだろうかということを、私は非常に疑問に思うのであります。・・・・
  と申しますのは、たとえば一番大きな問題は、経営委員会というものは内閣総理大臣が任命いたします。そうしてその経営委員になつた人は、委員たるに適しない非行があるときにはこれは何どきでも総理大臣が首を切ることができることになつておりますが、これは一体どういう場合に委員たるに適しない非行があるのか、これは考えようによつてはたいへんなことになるのであります。・・・・
  それからもつとこまかに言えば、これを国会でコントロールするという問題もあるのであります。私は国会や政府が一種の言論機関であるところの、しかもほとんど独占的な言論機関であるところの日本放送協会に対して、これほど強大な監督権を持つているということに、私は疑問を持つのであります・・・・
  もちろんこういう議論が成立つと思うのであります。つまり国会において多数を占める政党は、国民が選んだのである。従つて国民が多数を支持したのであるから、その多数の政党が言論機関を自由にするのは、結局国民が言論機関を使つておるのである。だから多数政党が言論機関を支配してもよいのだという議論をお持ちになつておる方が、あるいはあるのじやないかと思います。私はその議論に対して根本的に反対したのであります。・・・・
  私は特定のある政党が、たまたまそのときに多数になつたら、言論機関及び学問というものを・・・・全部コントロールして、自分の支配下に置いて、自分の権力を使用して使つてよいというロジックは、全然成立たない。それを成立つとするならば、これは今までまさに全体主義国家がやつて来たことであり、今日日本はそれで苦労をなめておるのであります。私たちはこういう苦労はもうたくさんであります。・・・・
  政府及び国会が直接に干渉し得るというような地位に置かないで、もつと直接に民衆の監督統制のもとに置くようなことを、ひとつ考えていただきたいと思うのであります
 
195028日、衆議院電気通信委員会公聴会会議録)

 
つまり、川島氏は政府によるコントロールか、国会によるコントロールかをことさら区別せず、両者は多数者によるコントロールと言う点で実質に差はないとみなし、政府人事であれ、国会人事であれ、多数決原理で言論報道機関の人事を律することに強く反対したのです。こうした川島氏の見解は今日のNHK経営委員人事にも通じる卓見と思えます。

 

さいたま地裁のワンセグ判決の示唆

  2016826日にさいたま地裁が言い渡した通称ワンセグ判決は今日のNHK経営委員選任制度がNHKの性格に関して、どのような法解釈を導くかを示した判決として注視するべき箇所があります。
  さいたま地裁はワンセグ機能付きの携帯電話の所有者は放送法641項がいうNHKの「放送を受信できる受信設備を設置した者」に該当しないから、NHKと受信契約を締結する義務はない、したがって受信料を支払う義務もないという判決を言い渡しました。
 その理由として、さいたま地裁は放送法214号で「設置」と「携帯」が区別されている事実を顧みず、「設置」には「携帯」を含むというNHKの主張は文理解釈上、相当の無理があると判断したのです。

  問題は、さいたま地裁がそう判断した際に、憲法84条が定めた課税要件明確主義と財政法3条が定めた「国が国権にもとづいて収納する課徴金等」をつなぎ合わせた解釈をした点です。
  つまり、判決は、「被告〔NHK〕は、放送法16条により設立された特殊法人であって、・・・・内閣総理大臣が任命した委員により構成される経営委員会が、受信料について定める受信契約の条項(受信規約)について議決権を有しており(同法2911号ヌ)、受信規約は総務大臣の認可を受ける必要があること(同法643項)からすれば、受信料の徴収権を有する被告は、国家機関に準じた性格を有するといえるから、放送法641項により課される放送受信契約締結義務及び受信料の負担については、憲法84条(租税法律主義)及び財政法3条の趣旨が及ぶ国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解するのが相当であり、その要件が明確に定められていることを要すると解するのが相当である」という論を一気に展開したのです。

   こで注視しなければならないには下線の部分です。つまり、内閣総理大臣が経営委員を任命する現行の人事制度を根拠の一つにして、NHKは国家機関に準じた性格を持つ、受信料は国権に基づく課徴金等ないしこれに準ずるものと解釈されたことです。
 言い換えると、現在のNHK経営委員選任制度は、国会の同意という手続きを経るにせよ、実質は政府任命人事とみなされ、それを根拠の一つにしてNHKの政府からの自立を否定するに等しい法解釈が導かれたのです。

自民党調査会ならダメでも国会議員ならOKという浅慮
NHKを国政調査権の対象とみなすに等しい上村氏の危険な言説~

  私は、現在のNHK予算の国会承認制、国会の同意を経たNHK経営委員の政府任命制がこのような国権主義的法解釈を生む土台になっている、NHKの自主自立を求めるなら、こうした土台そのものを改革する視点と実践が求められと考え、これまで微力ながら、その方向に向けた運動を呼びかけてきました。しかし、上村氏の経営委員人事論がこうした運動の方向と相容れないことは明白です。

 こうした疑念は、上村氏が、自民党調査会によるNHK、テレビ朝日からの事情聴取(2015417日)について、放送の自主自立を保証した放送法3条の規定に照らして問題があると指摘しながらも、「国会が国政調査権に基づいてNHKを調査することは、その調査が放送法の基本理念との関係で許されるのかという大事な問題が残るものの」、「法律に定める権限に基づく場合と一応は言える」(前掲、『世界』掲載論文、96ページ)と記している点にも向けられる疑念と同根です。

 これでは上村氏は、NHKは国政調査権の対象だとみなしているのも同然ですが、その根拠は何でしょうか?国政調査権は、放送法3条でいう「法律の定める権限」に該当すると考えているのでしょうか? 自民党調査会ならダメでも国会議員(政権与党議員)としてなら、放送法3条に抵触しないとみなすのは危険なこじつけの解釈です。

                              (以下、次回に続く)

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