2008年7月12日 (土)

NHKの内的自由の抑圧の走狗と化した小林経営委員

小林経営委員による最高裁判決の「改ざん」
 さる624日に開催された第1071NHK経営委員会の議事録が711日に公表された。この日の会合で議題になったETV番組改編事件に係る最高裁判決をめぐって小林英明委員は次のように発言している。

 「(小林委員) 先ほどの「ETV2001」の最高裁判決についてです。勝訴したことは喜ばしいことですが、これはNHKにも重い責任があることを示したものだと思います。この判決は、「放送現場の職員が当初、企画・制作した番組について放送局内でいろいろな立場、いろいろな視点から検討し、意見を述べるのは当然なことであり、その結果、最終的な放送内容が当初期待されたものと異なったり、企画や番組自体が放送されなくなることがあるのも当然のことだ」ということを言っています。つまり、放送事業体、すなわち法人としてのNHKに編集権、自主的判断権があり、放送現場個々にあるものではないということです。したがって、NHKが放送する以上、法人のNHKとして、きちんと責任を持った体制で、内容を吟味して放送するようにということです。放送現場が独走して、法律や倫理に違反した番組を作らないように、しっかりした体制で、きちんとした番組を作っていただきたいという趣旨の判決だと思いますので、その点をよろしくお願いいたします。」

 この発言を受けて、福地会長は次のように発言している。

 「(福地会長) おっしゃるとおりだと思います。記者や制作者はそれぞれ個人としての思想があると思いますが、NHKとして放送する以上は、ニュースや番組の内容は不偏不党でなくてはいけないと思います。私も、報道担当の今井理事もそのように考えております。」

 しかし、上記の小林委員による最高裁判決の引用・援用には判決のどこにも記されていないNHKにおける編集権の解釈に関する意図的な脚色がある。最高裁判決は1審原告バウネット・ジャパンの訴え(取材協力者としての期待権)を退けたが、その際に挙げた論拠は次のとおりである。

 「放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上、番組の編集に当たっては、放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられるのは当然のことであり、その結果、最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる。」

 私はこのような論拠に大いに疑義があると考えているが(612日付けのこのブログ記事を参照いただきたい)、ここで最高裁が指摘したNHK内部での独自の編集とは「放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられる」ことを言ったにとどまり、小林委員がいうような「法人としてのNHKの編集権」という概念を使ったわけではないし、NHK内部での番組編集が上下の階層構造の下に成り立っているといった解釈を示したわけでもない。これらは小林委員による最高裁判決の「改ざん」にほかならない。

小林経営委員は誰の代理人なのか?
 さらに、小林委員は、「放送現場が独走して、法律や倫理に違反した番組を作らないように、しっかりした体制で、きちんとした番組を作っていただきたいという趣旨の判決だと思います」と発言しているが、小林委員は最高裁判決のどこからそのような「趣旨」を忖卓したのか、弁護士としての小林氏の判例解釈の資質を確かめたいものである。

 また、最高裁判決が、放送現場の番組制作にどのような法律違反や倫理違反があったとどこで指摘しているのか、上記のような重大な発言をする以上、根拠を示すのが弁護士としての小林委員に求められる議論の初歩的作法であり道義的責任である。

 今回の小林委員の発言は、もともと番組制作と関わりのない野島国会担当役員らが元「従軍慰安婦」や元日本軍兵士の証言などを快く思わない安倍晋三氏と面会したあと、番組制作現場に駆けつけ、安倍氏らの意向を忖卓して番組改ざんを指示した行為を、「放送現場の暴走を食い止めるための」「法人としてのNHKの編集権」なる修辞で言いくるめ、正当化しようとしたものといえる。これでは、小林経営委員は市民の知る権利の代理人たるべき経営委員として失格といわなければならない。

「編集権」なる概念とジャーナリズムにおける内的自由
 上記のような小林委員の発言が出る背景には、「編集権」なる概念とジャーナリズムにおける内的自由に関する認識の欠如があると考えられる。この機会にこうした概念の理解を正す必要があると思われる。NHKの職員OBが中心になって1989年に発足した「放送を語る会」の内部に設置された「私たちの提案」作業チームは2006626日付けで「“可能性としてのNHK”へ向かって(案)」と題する提案を公表した。その中で、NHKにおける「編集権」概念の意味が次のように記されている。

 「私たちは法的な根拠もないこのような〔NHKの編集権は会長の業務執行権の中枢であるという〕編集権概念を到底認めることはできません。編集権を、経営者である会長や放送総局長から番組制作局長に移せばよい、という見解もありますが、これも危険です。
 複雑で多岐にわたる現実を取材し、創造的な集団で集団的な作業と表現が要求される多数の番組について、たった一人のトップが適否を判断する、という体制は、番組制作・ニュース取材のように、精神的な作業を中心とする職場ではもともと不自然です。
 放送局の構成員ひとりひとりが、国民の多様な知る権利の付託をうけ、それを実現する任務を負っている、と考えるならば、企画の採否や、番組内容の適否については、できるだけ現場の民主的な合議によって決するのが健康な状態です。組織である以上、セクションのトップが決定するということは避けられませんが、その際も現場に対して説明責任が果たされ、判断の理由が局内で公開される必要があります。」

放送現場の自由を抑圧する走狗と化した小林経営委員
 言われてみれば、特に目新しいことはないかも知れないが、番組制作現場での長年にわたる実体験に裏付けられたこのような提言には説得力が伝わってくる。問題のETV番組の場合もある時点までは、制作現場のスタッフの間で時には激論も交えながら合議が続けられた。このような動きを指して「放送現場の独走」と咎める小林委員の発言はジャーナリズムにおける内的自由に関する無知無理解をさらけ出したものといえる。
 また、こうした小林発言に呼応して、ETV番組の制作にあたり、放送現場のスタッフの中にあたかも個人的な思想に固執した不偏不党の原則に反する行為があったかのように発言した福地会長の見識もNHKのトップに求められる見識とはあまりに懸隔が大きい。

 このような発言が平然と交わされるようでは、NHK経営委員会は放送ジャーナリズムの自由と自立のための砦どころか、脅威とさえいわなければならなくなる。視聴者はNHKの放送現場の良識ある人々と連繋して、このようにジャーナリズムの内的自由の抑圧の走狗と化した経営委員を厳しく監視し、経営委員としての適格性を質していく必要がある。

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2008年6月18日 (水)

視聴者コミュニティ、NHK番組改編事件判決に関する見解を最高裁裁判官ほかに提出

「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は617日、次のような見解をまとめ、今回の裁判を担当した最高裁第一小法廷の5人の裁判官(横尾和子、甲斐中辰夫、泉徳治、才口千晴、涌井紀夫の各氏)とNHK正副会長以下全理事、NHK経営委員全員に提出(手交または郵送)した。

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                           2008616

    ETV番組改編事件に対する最高裁判決についての当会の見解

             NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
                    共同代表 湯山哲守・醍醐聰

 さる612日、最高裁判所第一小法廷(横尾和子裁判長)はETV番組改編事件に対して第1審原告(VAWW-NET JAPAN。以下、「原告」という)の訴えを全面的に退ける判決を言い渡しました。判決の中で最高裁は原審東京高裁判決が挙げた2つの争点のうち、1つ目の番組改編にあたって政治介入があったかどうかにはまったく言及せず、2つ目の争点、すなわち、番組改編が取材に協力した原告の期待権、信頼を侵害するものであったかどうかを検討し、どのように番組を編集するかは放送事業者の自主的判断にゆだねられており、取材対象者の期待や信頼は原則として法的保護の対象にならないとして原告の訴えを退けました。
 しかし、私たちは以下述べる理由により、こうした最高裁判決は本件番組改編の本質から目をそらせた、まれに見る悪質な判断であると考え、最高裁を厳しく批判するものです。

1
. そもそも放送法第3条が定めた番組編集の自由、自律といっても、それは今回の最高裁判決も指摘しているように、「国民の知る権利に奉仕する表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にある」ものです。ところが、本件においてNHKが行った番組改編は、戦時性暴力の実態を被害者である「元従軍慰安婦」や加害者である元日本軍兵士が証言した場面をカットするなど、国民が日本の戦争責任を考える上できわめて重要な意味を持つ証言を切り捨てる改編にほかなりませんでした。このように国民の知る権利に背くことが明白な番組改編まで「表現の自由」を持ち出して免罪した最高裁判決は憲法の番人たる司法の使命を自ら投げ捨てたに等しい、稚拙かつ前後自己矛盾の判断というほかありません。

2
. 最高裁判決は、「放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上、番組の編集に当たっては、放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられるのは当然のことであり、その結果、最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる」(下線は引用にあたって追加)と記しています。
 しかし、本件番組改編は純然たるNHK内部での検討の結果ではなく、東京高裁判決も認めたように、安部晋三氏ら政権与党政治家の干渉、圧力を受け、それを忖度したNHK幹部が制作現場の抵抗を押し切って強行したものにほかなりません。また、NHK内部といっても、改編を主導したのは制作現場のスタッフではなく、安部氏らと面会したあと制作現場に戻った野島国会担当役員らでした。こうした異例な一連の経過を見れば、本件番組改編をNHK内部での様々な意見・検討の結果であるなどと一般論に解消して済ませようとした最高裁判決が問題の本質をはぐらかせた皮相な判断であることは明白です。

3
. 今回の最高裁判決は上記のように、本件番組改編にあたって行われた政治家の介入について一切言及しませんでした。しかし、このことを以て、NHKあるいは安倍晋三氏ら関係政治家が無罪放免されたとは到底みなせません。それどころか、本件をめぐる東京高裁法廷で番組制作スタッフが証言した政治家の数々の介入を示す証拠、それらも踏まえて東京高裁が認めた政治家の介入とそれを忖度した当時のNHK幹部の政治におもねる根深い体質は、当事者自らが非を認め、反省の意思を行動で示さない限り、恒久に消えることのないNHKの汚名として視聴者の記憶にとどまることは間違いありません。
 私たちは、この記憶を風化させることなく、今後もNHKの優れた番組には激励を送る一方で、政治におもねるNHKの体質を厳しく監視し、是正を求める行動を起こしていきます。

4
. 最高裁が今回の判決で、国民の知る権利に背く番組改編まで放送事業者の編集の自由の名の下に免罪したことは、今後、NHKが自らの「編集権」を盾に同様の番組改編を繰り返すのではないかという懸念を抱かせます。しかし、国民の知る権利に奉仕するためにこそ、メディアに編集の自由、表現の自由が与えられているという憲法の原点に照らせば、今回の最高裁判決が司法の良識に背くことは明らかです。私たちはこのような憲法の原点を踏まえて、今後も国民の知る権利に奉仕する公共放送としてNHKが再生するよう、視聴者主権の運動を続けていく決意です。

                               以上

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2008年6月13日 (金)

まれにみる稚拙で悪質な最高裁判決――ETV番組改編事件に対する最高裁判決への論評

 昨日(612日)、最高裁判所第一小法廷(横尾和子裁判長)はETV番組改編事件に対して原告(VAWW-NET JAPAN)の訴えを認めた(一部は棄却)東京高裁判決を覆す原告全面敗訴の逆転判決を言い渡した。公判の成り行きから原告に厳しい判決が出ることは予想していたが、27ページからなる判決要旨を通読して、予想を越える最悪に近い内容であると感じた。これによって司法判断は確定したが、この番組改編問題は私がNHKの放送に関心を持つきっかけになった事件だったので、判決要旨から理解できた範囲で今回の最高裁判決について論評しておきたい。

判決の要点
 原審である東京高裁では本件をめぐって2つの点が争われた。1つは番組改編にあたって政治家の介入があったかどうか、あったとしたらそれは番組改編にどのような影響を及ぼしたのかであった。もう1つは、番組改編が取材に協力した原告の期待権、信頼を侵害するものであったかどうか、改編についてNHKに原告への説明義務違反を理由とする不法行為責任があったかどうかだった。
 今回の最高裁判決は1つ目の争点には全く触れず、もっぱら2つ目の争点について判断を示している。その要点を摘記すると以下のとおりである(下線は引用にあたって追加)。

 「これら放送法の条項〔第1条~第3条〕は、放送事業者による放送は、国民の知る権利に奉仕するものとして表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることを法律上明らかにするとともに、放送事業者による放送が公共の福祉に適合するように番組編集に当たって遵守すべき事項を定め、これに基づいて放送事業者が自ら定めた番組基準に従って番組の編集が行われるという番組の自律性について規定したものと解される。」

 「そして、放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上、番組の編集に当たっては、放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられるのは当然のことであり、その結果、最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる。」

 (上記からすれば)「放送事業者又は制作事業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が、取材担当者の言動等によって、当該取材で得られた素材が一定の内容、方法により放送に使用されるものと期待し、あるいは信頼したとしても、その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。」

国民の知る権利に背く番組改編を憲法が保障した「表現の自由」の名の下に免罪した支離滅裂な判断
 そもそも放送法第1条が定めた放送による表現の自由、第3条が定めた放送番組への干渉の排除、自律は今回の最高裁判決自身も指摘しているように、「国民の知る権利に奉仕する表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にある」ものである。ところが、本件においてNHKが行った番組改編は、戦時性暴力の実態を伝えようと、被害者である「元従軍慰安婦」と加害者である元日本軍兵士が行った証言をカットするなど、国民が日本の戦争責任を考える上で貴重な意味を持つ証言を切り捨てる改編にほかならなかった。このように憲法21条の目的に反し、国民の知る権利を裏切る番組改ざんまで「表現の自由」を持ち出して免罪した最高裁裁判官の憲法と放送法解釈は稚拙というほかない。 

政治介入に起因する番組改編をNHK内部の検討の結果にすり替える歪んだ事実認定
 最高裁判決は上記のとおり、「放送事業者の制作した番組として放送されるものである以上、番組の編集に当たっては、放送事業者の内部で、様々な立場、様々な観点から検討され、意見が述べられるのは当然のことであり、その結果、最終的な放送の内容が編集の段階で当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組自体が放送に至らない可能性があることも当然のことと国民一般に認識されているものと考えられる」と指摘している。

確かに、本件番組改編はある時点まではNHKならびにNHKから番組制作を委託されたNHKエンタープライズ21(NEP)、ドキュメンタリー・ジャパン(DJ)の担当者内部での議論をつうじてなされたものであったといえる。そして、この段階(東京高裁判決によれば20001226日まで)の番組改編は東京高裁判決が指摘したように「本件番組の制作責任者としてより良い番組を作ろうとした純粋な姿勢によるも」と手放しに評価できるかどうかは別にして、政治介入を忖度したりそれにおもねたりしたものではなかったと考えられる。

 しかし、少なくとも本件番組の放送直前の2001129日の夕刻から夜にかけて行われた上記の証言場面の削除は、同日、安倍晋三氏(当時、官房副長官)と面会し安倍氏から本件番組を公平公正なものにするよう促された松尾放送総局長(当時)や野島国会担当役員らがNHKの制作現場に戻り、番組制作とは無縁な野島氏が主導・指示する形でなされたものである。これも「NHK内部での」検討の結果であるかのように描いた最高裁の事実認定は、番組改編の核心部分から政治家の関与をそり落とし、政治介入に煙幕を張る悪質なすりかえのレトリックといえる。

最高裁判決は政治介入と政治におもねるNHKの体質の免罪符にならない
 今回の最高裁判決は先に記したように、本件番組改編への政治家の介入について全く触れていない。しかし、そのことから、NHKあるいは安倍晋三氏ら関係政治家の不当な介入が免罪されたとは到底いえない。今回の最高裁判決も、番組制作に直接かかわった永田恒三、長井暁の両氏が東京高裁法廷で陳述した政治家の数々の介入を裏付ける証言の証拠能力を否定したわけではないから、それらも踏まえて東京高裁が認定した政治家の介入、それを忖度した当時のNHK幹部の政治におもねる根深い体質は消せない事実として記録に残る。さらに、こうした政治におもねる体質を象徴したかのような当時のNHK理事の「政治家への番組の事前説明はNHKの日常業務」という発言についてNHKは今なお、公式に非を認めていない。であれば視聴者は、こうした政治におもねたNHKのジャーナリズムとしてあるまじき行為を長く記憶にとどめ、NHKの優れた番組には激励を送る一方で、政治に弱いNHKの体質を厳しく監視し、視聴者主権の公共放送の実現を目指す行動を続けていく必要がある。

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2008年4月14日 (月)

ジャーナリズムとしてのNHK――その過去・現在・未来――

 さる44日夜、NHK問題京都連絡会主催の集会で「ジャ-ナリズムとしてのNHK――その過去・現在・未来――」と題して講演をさせてもらった。ジャ-ナリズムの門外漢の私におこがましいタイトルではあったが、大正15年に社団法人日本放送協会として設立されて以来、NHKが戦中、戦後、どこまでジャ-ナリズムたりえたかをNHK編集の放送史や専門文献を調べて私なりに整理してみた。それは放送史への関心からというよりは、NHKの国際放送を国策広報に変質させる動きがNHKのおひざ元の古森重隆経営委員長の言動として顕在化したというにとどまらず、NHKの外国人向け国際放送を「ソフトパワ-」と称して国家の情報戦略に組み入れ、国家イメ-ジ改善に活用しようとする動きが総務省作の「uJAPAN」政策として推進されようとしているからである。

 そこで、限られた関係者の間でしか知られていない、こうした情報国家戦略を視野に入れてNHKの国際放送、ひいては国内放送も含むNHKの放送全体の将来を展望する参考資料になればと考え、拙い内容ではあるが、京都での講演のレジメ(一部割愛)をこのブログに掲載することにした。以下はそのPDF版である。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/nhk_as_journalism20080404_in_kyoto.pdf

 全体の構成を概観していただくために、以下、目次を書き出しておく。

 「ジャ-ナリズムとしてのNHK――その過去・現在・未来――」

1
.国益を背負う国際放送――ジャ-ナリズムの終わりの始まり――
 11 古森発言の問題点
 12 古森発言の背景――国際放送のソフトパワ-論に要注意――
 13 国益を背負うことはジャ-ナリズムとしての公共放送の死を意味する
  (参考)スポーツの自立、国際親善を損なう国益――瀬古利彦と荻村伊智朗の国歌・国旗観――
 14 「要請」(命令)放送と放送の自主自律は両立しない

2
.「国策」にどう向き合うか――ジャ-ナリズムとしてのNHKの分岐点――
 21 NHKの宿罪としての国益
 22 国家の命令機関、公示機関としての放送(満州事変以降)
 23 放送は政府・軍部の意思を伝える通路にすぎなかった
 24 戦後もなお国策を清算できなかったNHK

3
.公共放送の価値を唱導した人々
 31 戦後放送法の初志を綴った荘宏『放送制度論のために』
 32 押しかけた自民党議員を一喝した野村秀雄会長
 33 視聴者に開かれた経営委員会となることを訴えた矢野初代経営委員長
 34 受信料制度「国営化を防ぐ砦」と言い放った原経営委員長

4
.自民党国会議員を励ます会に発起人として出席してスピ-チをした古森経営委員長

6.ジャ-ナリズムとしてのNHKの将来――国家主義的「公共性」と決別して市民的公共性の担い手として――
 61 2つの公共性のせめぎあい
 62 表現の自由の原点に立ち返って

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2008年4月11日 (金)

旧敵国条項を持ち出して国連憲章を排斥した古森経営委員長の時代錯誤の歴史認識

国連憲章の敵国条項を持ち出した古森氏の意図は?

 さる3月11日に開催されたNHK経営委員会で次のような議論が交わされた。

今井副会長)第1章(一般基準)第1項で、「国際連合憲章の精神を尊重し、自由と正義とを基調とする」としたところを、「日本国憲法および国際連合憲章の精神を尊重し、自由と民主主義とを基調とする」と変更します。この基準ができたのが昭和34年です。昭和32年に日本が国連に加盟しており、その時の国内の考え方を反映したものと理解しています。それを今日的に、日本国憲法と民主主義という言葉を使って表現したいと思います。
古森委員長)第1章第1項で、日本国憲法および国際連合憲章の精神を尊重とありますが、国際連合憲章はよく吟味されましたか。これには確か今でも日本などを対象とした敵国条項が入っているのではないでしょうか。
今井副会長)日本についての敵国条項については、日本国政府もかねてから改正の要請を出し、そのうえで、国際連合憲章に基づく外交を進めています。
古森委員長)要請を出してはいますが、敵国条項がまだ消えていません。
今井副会長)国際連合憲章の精神を尊重するということです。


 このやりとりで問題になっている「敵国条項」とは、
2次世界大戦における連合国の対戦国だった日本・ドイツ・ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・フィンランドらが国連憲章に違反する軍事行動を起こした場合、国連憲章第53条に定められた安保理の許可なしに軍事制裁を課す事が出来ると定めた国連憲章第107条のことをいう。

 しかし、今日、こうした条項は時勢に合わないとして、
1995年の国連総会において、同条項の削除を求める決議が圧倒的多数で採択されている。ただ、安保理改組問題が難航したため、国連憲章の改正作業が遅れ、同条項の削除はまだ実現していない。これについて、1990611日の安全保障特別委員会で外務省条約局長(当時)の福田博は次のように答弁している(下線は醍醐の追加)。

日本政府も実効性を否定

 福田(博)政府委員
 ・・・・我が国は旧敵国条項はもはや我が国に適用される余地はないという解釈を従来とっておりまして、一貫して国会でもその旨お答えをしておるところでございます。その理由を法的に申し上げますと、国連憲章の旧敵国条項というのは、先ほども説明がありましたが、第二次大戦後の経過的な規定として挿入されているものでありますが、我が国は国連憲章第四条に言う平和愛好国として国連に加盟を認められております。したがいまして、国連加盟国としての権利義務を持つことになるわけですが、その国連加盟国、ほかの国と我が国との関係というのはいろいろな条文がございますが、例えば憲章第二条、なかんずく主権平等の原則によって規律されることとなっております。したがいまして、法的にももはや我が国に対しては適用がないという考えでございまして、これは非常に多くの国がそういう考えを持っているということが言えると思います。」

 また、2005年6月3日、国連総会のビン議長は日本などが長年要求していた国連憲章から「旧敵国条項」を削除することなどを盛り込んだ「結論文書」の草案を公表した。これはビン議長が敵国条項を削除することについて加盟各国の合意が得られる見通しが立ったと判断したことによるものだった。このニュースを伝えた『産経新聞』2005年6月4日付の記事は、これで「同条項が既に『時代錯誤』であることが国連加盟国の共通の認識となったことを確認したといえる」と記している。

 国連憲章にも問題点がないわけではない。また、旧態の「敵国条項」はすみやか削除される必要がある。しかし、上の資料からも明らかなように、旧敵国条項は今日、国際政治の世界では死文とみなされ、日本政府自身も、もはや、わが国に適用される余地はないと断言している。にもかかわらず、古森氏はこうした歴史的経緯を知ってか知らずか、敵国条項をことさら持ち出して、国連憲章の精神の尊重をNHKの国際番組基準に明記することに異議を差し挟んだのである。

 このことは、古森氏が、2度にわたる世界大戦の惨害の反省に立って、「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し」(前文)て、平和的手段による紛争の解決を訴えた国連憲章の精神を理解する知性を持ち合わせていないことを告白したに等しい。かくも一知半解で時代錯誤の歴史認識の持ち主が公共放送NHKを監督する機関(経営委員会)の委員に選ばれた不幸を改めて感じないわけにはいかない。

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2008年4月 8日 (火)

古森NHK経営委員長への公開質問書―ー政治家を「励ます会」への出席とスピーチについて―ー

47日、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」はNHK経営委員長、古森重隆氏に対して下記のような公開質問書を提出した。全文のPDF版は次のとおり。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/komori_situmonsho20080407.pdf
**************************************************
【挿入】
 古森重隆氏のNHK経営委員からの罷免を求める署名にご協力をお願いします。(下記の署名用紙にご記入の上、「視聴者コミュニティ」の事務局までFAX075-642-5354)でお送りいただけると幸いです。
 古森経営委員の罷免を求める署名用紙
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/komori_himen_yokyu_shomei.pdf
**************************************************

                  200847
NHK経営委員長
古森重隆様

 公開質問書:
   
国会議員を「励ます会」への貴殿の出席について

      NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
            共同代表:湯山哲守・醍醐 聰

 古森重隆様にはNHK経営委員長としてご多忙の毎日をお過ごしのことと存じます。
 去る331日の参議院総務委員会で古森委員長は委員の質問に答えて、本年226日に国会議員を「励ます会」の発起人を務め、会に出席したことを認められました。このことは不偏不党、自主自立の立場で公平な放送を行うことを責務とするNHKの監督機関の長として極めて由々しい行動です。そこで、視聴者が問題の経過と貴殿の認識を正確に理解するため、以下の質問をいたします。
 ご多忙の折とは存じますが、後掲の方法で誠意のあるご回答をいただきますよう、お願いいたします。なお、回答は一括形式ではなく、必ず、各質問事項ごとにお願いいたします

〔質問1〕 私どもの調査では、古森委員長が発起人の一人として出席された国会議員を「励ます会」とは、本年226日夜、東京都千代田区のルポ-ル麹町で開かれた「衆議院議員武藤容治君を励ます会」となっていますが、これに間違いないでしょうか? 確認をお願いいたします。

〔質問2〕 古森委員長がこの「励ます会」の発起人を引き受けられた経緯をご説明ください。

〔質問3〕 私どもは経営委員(会)も「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること」という放送法第1条第2項の定めに服すべきものと考えますが、古森委員長はどのように認識されているでしょうか? 

〔質問4〕 上記の「励ます会」に古森委員長は富士フイルムホールディングス社長として出席されたとのことですが、あいさつでは、「NHKの経営委員長を仰せつかっている」と自己紹介された上で、「皆さんの応援をぜひともお願いします」と話されたと伝えられています。これに相違ないでしょうか? 

〔質問5〕 NHK経営委員長の職にある貴殿が、たとえ、かつての職場の上司としてであれ、特定の国会議員を「励ます会」の発起人を務め、その会に出席して上記のような発言をされることは、経営委員も服すべき放送法第1条第2項の定めに反し、NHKと政治の距離をわきまえない不見識な行動であることは明白です。これについて貴殿はどのように認識され反省されているか、お聞かせください。

〔質問6〕 武藤容治議員の公式ホームページに掲載された「GIFU39ニュース」Vol.2には「9.NHK放送産業を考える議員の会に参画」と題した次のような記述があります。

「おりしも不祥事が立て続けに発覚し、昨年からの論議で民営化の議論もあり、党内の部会では喧々諤々の議論がありました。国営放送の位置付けが必要であるという認識から西川公也先生(栃木県選出)にお声をかけていただき『放送産業を考える議員の会』を立ち上げ、47日NHK本社を訪問し、現場を視察しながら意見交換を実施いたしました。今後国営放送のあるべき姿や国際放送問題や受信料のあり方等提言していくことになりました。」(下線は引用に当たって追加) 

 このようにNHKを<国営放送>と呼ぶ国会議員を「励ます会」に出席した人々に向かって「応援」を求めるのは、公共放送の何たるかに関する無知、無理解をさらけ出したものであり、NHKの経営委員として失格であると私たちは考えます。貴殿はどのように認識されているか、お聞かせください。
                      以上

 ご回答送付先: ×××

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古森NHK経営委員長の罷免を求める署名運動、開始

 古森重隆氏はNHK経営委員長に就任以来、「選挙期間中の歴史ものの番組は慎重に」と番組内容に干渉する発言をしたり、国会議員を「励ます会」に発起人として出席し、NHK経営委員長と断ったうえで、「応援をよろしく」とあいさつするなど、不偏不党を原則とする公共放送の監督機関の委員長としては言語道断の言動を繰り返してきた。そして、さる311日の経営委員会では、「国益がぶつかりあう国際放送ではNHKも国益を主張する覚悟が必要」と語り、NHKを国策放送機関に変質させるかのような常軌を逸した発言を行った。

 そこで、各地の市民団体は、かくも公共放送の役割に無知・無理解な発言を繰り返す古森重隆氏をNHK経営委員から罷免するよう求める署名運動の準備を進めてきたが、このほど4団体の共同で署名運動を開始した。以下は署名用紙のURLと全文である。
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/komori_himen_yokyu_shomei.pdf


 署名の第一次集約は421日。趣旨に賛同くださる方々は上の署名用紙にご記入のうえ、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の事務局(電話&FAX0756425354)までFAXでお送りいただくか、氏名、住所を記入のうえ、会の窓口アドレス(shichoshacommunity@yahoo.co.jp)までメールをお送りくださるよう、お願いしている。

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                               2008
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内閣総理大臣 福田康夫様
衆議院議員 参議院議員 各位

   
古森重隆NHK経営委員長罷免の申し入れ

     NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
     NHK問題京都連絡会
     NHK問題を考える会(兵庫)
     NHK問題を考える大阪の市民の会

 公共放送であるNHKの最高責任者・古森重隆経営委員長は、就任以来数々の「政治的」発言を繰り返し、氏の資質が問題とされてきましたが、最近になって、「政治的」言動をいちだんと強めています。このまま進めば、NHKが放送法の定める「放送の不偏不党」「自主自律」「表現の自由」が侵され、「国営放送」に変質させられるのではと危惧さえします。以下簡単に同氏の言動を列挙します。
 古森氏は昨年911日の経営委員会で「選挙期間中の放送については、歴史ものなどの放映はいつも以上にご注意願いたい」と発言し、経営委員会の職責を逸脱した「放送内容に対する政治的発言」として国民的な批判を浴びました。この発言はあまりにも重大であったため、改正放送法で、「経営委員は個々の放送番組の編集その他の協会の業務を執行できない」との条文(第16条)の新設をもたらしたほどです。
 次に古森氏は就任前から参加していた安倍前首相を囲む財界人の集まり「四季の会」から退会すべきだとの批判に対しても退会を拒んでいます。同氏の「政治家への接触の鈍感さ」の表れが2月26日、自民党衆議院議員武藤容治氏を「励ます会」への出席と発言にも見られます。そこでは「NHKの仕事もしておりまして、経営委員長を仰せつかりまして昨年6月以来、苦闘しております。みなさんの応援をぜひお願いいたします」と発言しています。
 古森氏は129 日の経営委員会において、上記の新放送法第16条への無理解を露呈し、「経営委員会はNHK全体の監督責任を持っている。その責任を負う立場としておよそ全く関与できないことについては少し違和感を覚える。」と発言し、同席した他の経営委員等からたしなめられ「解説」を受け、なお執拗にこの種の発言を繰り返しています。
 そして311日の経営委員会での「国際放送における国益擁護報道」発言となりました。さらに国連憲章に対して疑義を呈し、「国際放送では国益を主張せよ」と執拗にNHK経営陣に迫っています。
 以上の古森氏の言動から次の申し入れを行うものです。

           申 し 入 れ

一 NHK経営委員長古森重隆氏は、政治から独立し自主・自立を堅持するNHKの先頭に立つべき責任者としての適格性を疑わせる一連の行為・発言を繰り返しており、それらは放送法第20条に規定される「委員に職務上の義務違反その他委員たるに適しない非行」に該当すると考えられるので、内閣と国会の名において経営委員を罷免すること

                     以 上
取り扱い団体 NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
専用ファックス 075-642-5354へお送り下さい。

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2008年3月28日 (金)

公共放送の多様性、非国家性を理解できない古森経営委員長は即刻退場を

「国際放送では国益の主張を」という古森発言

 さる311日に開催された第1064回NHK経営委員会で放送法改正に伴う国際番組基準の一部変更が審議された際、経営委員長の古森重孝氏が、「国際放送では日本の国益を伝えるべき」と発言したことが波紋を広げている。そこで、公表されたこの会合の議事録で発言の脈絡・論点を確かめ、論評していくことにする。(以下、発言は関係する部分の摘記。全文は下記をご覧いただきたい。)